悪魔、幽霊に出会う
その後もデルフィナに対する嫌がらせは続いていた。侍従の仕事をしたことがない彼女ではそれもしかたのないことなのだが、結局、目的のハーラルトに近づくことができずになにかと下働きをさせられている。
「デルフィナ! 二番地下倉庫から新品のテーブルクロスと二本ワイン瓶を持ってきて頂戴」
「……」
「返事は! 返事ぐらいして頂戴、伝わったのかわからないわよ」
「わかりました」
そう返事をすると、デルフィナは地下倉庫部屋に向かって歩いていく、そんな彼女に後ろから一人のメイドが声をかけてきた。
「デルフィナ」
「なに」
声を掛けてきたメイドはいつだったか頬を張り合ったメイドだ。
「二番地下倉庫の場所わからないでしょ、教えるから一緒にいきましょう」
「行けばわかるから平気よ」
「あなた時間が掛かってまた怒られるわよ」
「なんとも思ってないから別に平気」
「いいから」
「……」
デルフィナは気づいていた、彼女の目が揺れている。それはこれから何かをすることが察知できた。
「ねえ、デルフィナ、今日もサヴァリオ様と何を話していたの?」
「サヴァリオ? 聞かない名だわ」
「名も知らないで話していたの? お互い知り顔のようだったけど」
「ああ、あの人」
「そう、あの人」
「そういえば、最近よく会うわね」
「そんなわけないじゃない、あの人騎士団長よ。侯爵家を引き継ぐお方よ。そんな方が私らが仕事で使う裏庭に来るわけないじゃない」
「しらないわ」
「……教えてよ、どうやってすり寄ったの?」
「私があの人に?」
「汚い女ね、あの方は身元もわからないあなたが付き合える人ではないの。誘惑してること侍従長に言うわよ」
「何を言っているのかわからないけど、一つ言えることは私はあなたと違って安っぽい女ではないわ、私はウンベルト山に咲く高貴な花、あなたたちは誰にも気づかれることがない路傍の汚い石。違いを知ってから人にものを言いなさいよ」
「あ! デルフィナ、ここよ二番倉庫は」
そう言ってメイドは勢いよく扉を開け、デルフィナの背中を押して部屋に入らせた。デルフィナが完全に中に入ったのを確認すると、メイドは急いでドアを閉め外から鍵を掛けてしまった。
「ふざけないで、路傍の石ってあなた自身のことよね? だったらそれらしくここにいなさいよ、お似合いだわ。いい? この部屋は死んだモーリ夫人の遺品が保管されているわ。ふふ、出ると言う噂よ、あなたにお似合いの部屋だわね」
そう言うと、メイドはさっさと引っ返してしまった。
「小さいことをネチネチと……いつか殺す」
真っ暗になってしまった倉庫でデルフィナはすぐに設置されている明かりを探す。彼女が地下倉庫に来ることははじめてではない、最近はなにかとそこから物の出し入れを指示されている。なので大体の明かりを起動させる場所は分かっていた。
「ここら辺ね」
デルフィナはなんとか暗闇の中、スイッチにたどり着くとカチリと魔法灯を起動させる。しかし魔力切れなのか、本来なら白い光の魔法灯は青い光を照らし出した。そして……
「うお!!」
不覚にもデルフィナは条件反射でびっくりしてしまった。明かりが灯った瞬間、目の前にそれがいたからだ。
そこにいた者は茶色いドレスを纏い、顔は青白く、落ちくぼんだ目は淀み、骨と皮だけになった体からは生気が感じられない。その者は険しい表情をしてデルフィナを睨んでいた。
「あなた脅かさないでよ! わたしを誰だと思っているの、久々にびっくりしたわ」
「……う、うう、許せない、あいつへの恨みは……出ていけ……殺してやる」
普通のメイドたちだったその声を聞いただけで踊り出すように急いで逃げるところだが、生憎悪魔であるデルフィナはそれの謂わば上位互換である。その幽霊は強い怨念の言葉を口にすると、部屋から出て行かないデルフィナに向かって突然襲い掛かった。
「出ていけ!」
しかし、向かってくるそれに対しデルフィナは「ふん」と言って逆に幽霊であるモーリ夫人の首を片手で掴んだ。
「ぐあああ! な、なんだお前は? なぜ私に触れる」
「あなたと私は同じ性質だからよ、といっても挌が違いますけどね。私は高貴な花、あなたはその花を育てる肥やしかしら。あ! そうだわ! あなただったら日頃の私のストレスを発散しても問題ないでしょう。さて、どうしてしまおうか」
「ぐあああ、待って! 私はまだ死ぬわけにはいかない……恨みを晴らさなければ……ぐああ」
「いや、死んでるから、あなたは」
そう言って、デルフィナは両手でモーリの首を絞めつけはじめた。
「や、めて……わたしはこの恨みを晴らさなければ……いけないの、た、助けて……」
「恨みねえ、あ、わたしもあったわ恨み」
「あ、あなたもあるの? だ、だったら協力しましょうよ……」
「協力? その言い方は気に入らないわ、わたしに向かって」
「す、すみません、協力させてくだ……さい」
「よろしい」
そこでやっとモーリ夫人は解放された。
「あ、あんたなんなの私に攻撃できるなんて」
「私は悪魔デルフィナ、召喚されてここにいるのよ」
「し、召喚、この国が……悪魔を」
自分で言った悪魔という単語にモーリは、はじめは驚いたが次第に笑みを浮かべた。
「悪魔なのならわたしの願いを聞いてくれるのよね、殺して! あいつを」
「いきなりなことね、私が願いに応えるのは召喚主だけ、それは特別な契約だからよ。あなたのような者に一々反応していたらキリがないでしょ」
「そ、そこをなんとかお願い! 私は人を殺してほしいだけだ、あいつを、王妃を……」
「王妃? この国のよね、知らないわ」
「知らなくてもいい、殺してくれれば……」
「何言ってるの、わたしが無条件であなたの要望に応えるわけないでしょ。なんの利益があるのよ」
「利益……く、なら目的を果たせたら私はどうなってもいい!」
「うーん、ダメ、それでは弱いわね、わたしにはどうでもいいことだし」
「なんでなの!」
「そんなんじゃ、動く気力が起きないということ」
「じゃあ何だったら!」
「うーん……あ、そうだわ! ここに来るメイドを脅かしてほしいわ! 涙が出るぐらい」
「……そんなんでいいの?」
「ええ、わたしに悪いことをしている悪魔のような奴らだわ」
「……」
その後、デルフィナはモーリにドアを開けてもらい、二番倉庫から忘れずに目的の物品を取りにいった。モーリは悪魔だったらドアなんて蹴破ったらどうなのと不思議がられていたが、「同僚のあいつらに揚げ足取られたくないのよ」と返事したことで幽霊のモーリはデルフィナが本当に悪魔なのか疑うのだった。
「待って、あなたが悪魔であるという証拠は?」
「証拠なんてないわ、わたしを信じてないの?」
「……いえ、そういうわけではないけど」
「ああ、ワイン瓶二本は重いわ、モーリ、そこにある籠取って頂戴」
「え? これ?」
「そうよ、早く!」
「は、はい!」
デルフィナはテーブルクロスとワイン瓶を、モーリの部屋にあった籠に放り込むと、もう用はないとばかりに出て行ってしまった。
背中では、「あ! そ、それは私の遺品」と言っていたがデルフィナは聞こえないふりをして足早に地下の階段を上がっていった。
階段を上り、地下への扉を勢いよく閉めて駆け出そうした時、後ろから急に彼女の腕を掴む者がいた。
デルフィナは突然掴まれたことに不機嫌な顔を作って振り向くとそこに立っていたのはハーラルトだった。
「おい、なにをしている? 最近見かけないが?」
「あら久しぶりね、メイドになってあなたの近くに行くつもりだったけど、あなたの近くで仕事をする者は少数だったのね。おかげで下働きだわ毎日」
「おい、正気か? 姿を消せばいいだろう? 初日にそうしたように」
「それが正式に契約が結ばれたから自由に”裏道”にいけなくなったのよ」
「何度も聞くが、お前本当に悪魔なのか? なんだそのワイン瓶は、もしかしてこれから晩餐に出す酒じゃないよな」
「下働きには知らないわ」
「一体、ど、どこに向かってるんだ、あなたは」
「西棟の三階、大広間だったかしら?」
「ち、ちがう! 場所を聞いているんじゃない!」
「そうなの? それより考えたのでしょうね?」
「まだだ、考えてる」
「ダメな人ね、王子のくせに」
「だからその言い方! 気をつけろ!」
「ああ、もういいわ!」
そう言ってデルフィナはハーラルトの手を振り切って走って行ってしまった。
(各国が命を削って召喚しようとしている者とはなんなんだ?)
ハーラルトは美しく揺れる黒髪を見ながら首を傾げるしかなかった。