悪魔ヴェロニカ、暴走する
ザーム国軍が撤退した後のフリートは穏やかな時間が流れていた。争いの原因だったダフネはザームに強制送還され、町に蔓延っていた篝火集団もどこかへと消えた。さらにダフネ派だった貴族も手のひらを返したように次々と国に忠誠を誓っている。そして何よりもこの小国家には悪魔が二人もいる。そのことからこの国に手出しするような国も輩ももういないだろう。
デルフィナは丸テーブルの上に用意されたカップをゆっくりと持ち上げた。黒い液体がそろりと小さな口元へ流れた。
「デルフィナ様、いままでの無礼、心からお詫び申し上げます。私たちにできることがあればなんでもしていくつもりです」
悪魔であることがバレてしまったその後のデルフィナは王城所属の上級貴族として迎えられていた。
「あーいいの、いいの、気にしないでパストル陛下」
パストルとハーラルトがデルフィナの部屋を訪れて頭を下げている。部屋はもちろんメイド部屋ではない、豪華に装飾された部屋へと引っ越していた。そして侍従にはデルフィナの推薦でコリンナとステラが配属されている。
「カニスのことも本当に感謝します」
「あーいいの、いいの。エミーリアがかわいくてね、ついね、つい」
その後ろではヴェロニカが我関せずな態度で窓から外を眺めていた。
「オーア国にはこのことを包み隠さず報告することにしました。その上で今後の私どもの立場をはっきりさせるつもりです」
「ええ、それはまかせるわ、わたしはオーア国と争う気はないし、そもそも興味もないわ」
「ご寛大なご配慮、感謝いたします」
パストルはそろそろ退出しようと横にいるハーラルトを見たが、彼がまだなにか言いたそうな雰囲気を出していることに気づいた。
「ではデルフィナ様、ご要望があればなんでも仰ってください。……ハーラルト、わたしは先に行くよ」
「はい、父上」
謝罪を終えたパストルが先に退出していくとハーラルトはそのまま部屋に残った。それを見たヴェロニカは察しよくそそくさと部屋を出て行こうとする。
「デルフィナ様、天気がいいので外へ散歩にでもいってきますわ」
扉へと向かうヴェロニカはハーラルトに近づいて耳打ちした。
(あなた甲斐性ないんだから頑張ってデルフィナ様を喜ばせないとダメよ)
「え? あ、はい」
ヴェロニカが出て行ったことでコリンナとステラも退出し、部屋でハーラルトとデルフィナは二人で向き合った。
「もういいわよ、謝らなくて。わたしもよい経験ができたからよかったと思ってるわ」
「そう言ってくれると助かる。父やルフィノから責められてしまってな」
ハーラルトは今でも召喚魔法とは結局なんなのかイマイチわからなかった。滅びと破滅の力を有しているという悪魔召喚。ただその昔話の印象が先行してその者の本質を見ることもなくただ遠ざけてしまっていたことに彼は後悔した。
「デルフィナ、少し二人で歩かないか?」
「ふふ、いいわよ、暇だし」
ハーラルトは廊下を歩きながらチラリとデルフィナを見た。美しい黒髪から白い横顔が見え隠れしている。
(振り返ってみれば今までなぜか一度もデルフィナのことを怖いと思ったことがなかったな……ザームの連中は皆ヴェロニカを恐れていたようにみえた、だがデルフィナは……そういえば私たちの契約は願いを満たすことで終了できるのだと言っていたな……)
ただその願いは当然、些末事であるはずがなかった。ザームはその願いを悪魔の力に求めた、それはなにも間違ったことではないとハーラルトは思う、しかしデルフィナは力を誇示しない、むしろ隠しているようにハーラルトには見えた。
(ヴェロニカを見てはじめてデルフィナが異質な悪魔だとわかる。そんな彼女が聞き届ける願いとは一体何なんだろうか?)
「……」
「どうしたの?」
「あ、いやなんでもない」
「クスクス……そう」
窓から流れ込む陽光が隣を歩く彼女を優しく包んでいる。ハーラルトは初めてその笑顔に心臓が早鐘を打った。
「まあ、なんだ、一件落着したことだし、少しゆっくりしよう」
「そうね」
「そうだ、どこか出かけてみるか? ずっと城の中じゃつまらないだろう?」
「つまらないことはないけど……町とか?」
「そうだな、今度時間を調整しよう」
ハーラルトは立ち止まってデルフィナに一歩近づき真剣な表情を向けた。
「なあ、デルフィナ」
「なに」
ハーラルトは下ろされていた彼女の両手を握った。
「あらためてありがとう、わたしのもとへ来てくれて」
「あら、あら、クスクス」
二人は自然と笑顔になっていた。
ハーラルトが純粋に自分の気持ちをデルフィナに向けていた頃、ヴェロニカは城の中庭をぞろぞろと侍女を引き連れて散歩していた。
(デルフィナ様をこちら側に召喚できたのは白と黒の魔力を混合したからだわ、ザームもオーアもそんなこと考えもしないでしょうし。でもデルフィナ様があの王子に望んでいるものは何かしらね……あの方がまさかそんなことないわよねー、ん? なに眩しい?)
ヴェロニカがそんなことを考えながら歩いていると目に眩しい光が当たった。その眩しさに彼女は忽ち機嫌を悪くしてしまう。
「なによ、この花」
ヴェロニカは不機嫌そうに日傘を持たせている侍女に言った。
「あ、はい、ここはわたしたちが自由に使っていいと陛下からお許しを頂いている区画になります、なのでみんな野菜を植えたり、花を植えたりしているんです。みんな張り切って育てているんですよ。あ、こちらの一段と輝いている花はクリスタ様が育てている花になります。さすがクリスタ様と皆噂しています」
「ふん、くだらないことね、この花なんだか不快だわ」
「え? あ、も、申し訳ありません!」
「よくもまあ、こんなに植えたもんだわ、眩しくてたまったもんじゃない」
「こ、このクリスタ様の花は……わ、わたしたちの自慢の花なのです。パストル様も美しい花だとお褒めていただいて……」
「どこがよ、まったくセンスの悪いこと、わたしは不快よ、目に悪いわ。こんなの燃やしてしまいましょうよ」
「え? ヴ、ヴェロニカ様、な、何卒お許しください!」
日傘を持っていた侍女は傘を投げ捨てその場に跪いた。
「別にあんたが植えたものでもないでしょ? なら別にいいでしょうが」
「そ、そういうわけには……どうかお許しを! パ、パストル様のご許可を……」
一人の侍女が地面に両膝を突けたことにより他の侍女たちは何事かと顔を青ざめた。しかしヴェロニカはそれを無視して目の前の花を一本もぎ取ってボウっと燃やして見せた。
「どう? 燃えて消えるときの方が美しいと思わない? そうだわ! ここの区画全部焼いて私の花壇にしましょう」
「ヴ、ヴェロニカ様! そ、それでしたら陛下がもっと広い区画をご用意してくださると思います」
「ここで十分よ、広い場所なんていらないわ、それはそれで面倒なことよね」
「お、お待ちください! ど、どうか」
他の侍女たちも事情を察し、みんな両膝を突いて懇願した。
「いやよ、わたしは一度決めたことは取り消さないわ」
そう言いながら、ヴェロニカが花壇の一画を一気に焼いてしまおうと手を伸ばした時、侍女の声とは別の声がヴェロニカを制止させた。
「なにをしているのです!」
いきなりの大声にヴェロニカはイラっとした。
「あ? うるさいわね、何あんた?」
ズカズカとその者が一気にヴェロニカの目の前までくるとそのままの勢いで上げられていた彼女の腕を掴んだ。
「ちょっと、あんた、誰の腕を掴んでると思ってるの? メイド風情が、自分の立場をわきまえなさい」
「あなたが今やろうとしていたことをまず言いなさい、それによっては許しませんよ!」
「ク、クリスタ様!」
ヴェロニカとクリスタは至近距離で睨み合った。




