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悪魔、会議に出る

 フリート国とザーム国の話し合いには体が弱いパストルも参加し、ずらりと両者、主要な仕官達が対面に座った。その端ではクリスタたちメイドが忙しなくテーブルにお茶の用意をしている。


 ところがもうすぐ開始時間だというのにまだ着席していない者がいた。デルフィナとマルセルである。


「マルセルの奴はどうしたのか?」


 バルブロはマルセルが来ないことに首を捻っていた。今日の打ち合わせには今も牢へ収監されているダフネのことも話し合う予定であることから彼にとってはなによりも優先することだと思われたのだが、どうしたのか誰も彼がどこにいるのか知らなかった。ちなみに寝坊すると思われたヴェロニカはすでに中央に座っていた。


「ハーラルト、デルフィナ嬢はどうした? ちゃんと呼んだのか?」


「ええ、おかしいですね、伝えたのですが……」


 パストルの言葉にハーラルトが探してくるかと立ち上がろうとしたその時、扉付近にいたセリカたちが小さな悲鳴を上げて慌てて逃げ出した。


「なんだ?」


 そこへデルフィナが現れたのはいいのだが、彼女は右手にズルズルと何かを引きずっている。


「ひっ!」


「え!」


 デルフィナが右手で鷲掴みにしていたものは姿がすっかり変わってしまったマルセルだった。頭部を持ちながらズルズルと引きずられてきたマルセルは骨の皮のみの姿になっており、彼女はそれをバルブロの隣の空席に上からドカリと座らせてみせた。ヴェロニカはそれを見てにやにやと笑っている。


「あああ゛あ゛あぁぁ……」


 干からびたマルセルからは不気味な声しか聞こえてこない。


「遅れてしまいました、さて、はじめましょうか」


 そう言って、デルフィナは何事もなかったかのようにヴェロニカの隣に座った。


「ちょっと待ってくれ! なんだこれは! マ、マルセルなのか!」


「デ、デ、デルフィナ、これは……」


「え? ああ、これ? なんか干からびていたのでここまで運んできました」


「……それ噓でしょ、ぜったい」


 それ以上デルフィナは何もしゃべらなかったため、ハーラルトはとりあえず進行役として会議をはじめることとした。


「そ、それでは話し合いを始めます、デ、デルフィナ、そこのお方は話している声が聞こえているのかい?」


「ええ大丈夫よ。あなたの声は聞こえているわ、ただ喋ることはできないわね、それで十分でしょ? こんな奴は」


「そうよ、生きてるだけ幸せ者ですわ、どうせ何か粗相をしたのでしょう。まったくお優しいからね、デルフィナ様は」


「そ、そうですか、わかりました」


 マルセルのあまりの変わりようにザーム国側はバルブロを筆頭にみな顔が青白かった。


 それからはじまった会議の内容は、大まかにアルト、フベルの領地をザームが統治すること、フリートは不可侵領域としてオーア国にもザーム国にも属さない中立国家になることが決まった。オーア国とは何も話し合いは行われていないが、近いうちにザームと取り決めたことや悪魔召喚の報告をしなければならないだろう。


 それから会議も終盤になって最後にハーラルトがヴェロニカに意見を求めると彼女はこう言った。


「わたしはここに残りますわ」


 ザーム国側もフリートはともかく中央二か国分の領地取得とダフネの解放が決まったことでとくに波風を立てることなく終わるはずだったのが、最後にヴェロニカがさらりと言った言葉にバルブロは叫んだ。


「そ、そんな! ヴェロニカ様はここに留まると仰るのですか!」


「ええ、だってデルフィナ様がいらっしゃるのですもの、離れる意味がないでしょ?」


「し、しかし! あなた様は私どもが何百年と研究してやっと召喚した悪魔、皆納得できません! それに一万人の命もあなた様がいらっしゃるから報われるのであって……」


「だったら籍はザームでいいわよ、なにか私の力が必要な時は言ってくれれば協力しますから」


「しかし……」


「ザーム暑いしね」


「……」


「ヴェロニカ、それではあまりにもザームが可哀想だわ」


「そんなこと言わないでくださいよー、デルフィナ様ぁ」


「でしたらあなたのペットをザームにおいておけばいいのでは? あなたの分身なのですから一応かたちにはなるでしょ?」


「あ! さすがデルフィナ様、その手がありましたわ、そう! そうね! そうしましょう!」


「ぺ、ペットですか?」


「ええ、おいでキャロリーナ」


 ヴェロニカが手のひらを開くと小さな赤い蜘蛛が現れた。


「キャロちゃん、お願いできる? まあ私とあなたはどんなに距離が離れてても一心同体だから寂しいってことはないけどね」


 ヴェロニカがそう言うとキャロリーナは赤い糸をピッっとバルブロの禿げた頭に伸ばしスルスルと近づいて張り付いた。


「うわ!」


「バルブロ、なにかありましたらこの子に言いなさい、ただキャロを決して軽んじてはダメよ、あなたの国など容易に滅ぼせる力を持っていますからね、くれぐれもぞんざいに扱わないこと。私の魔力の一部ですから性格も私と同じで気が短いところがあるわ、気をつけてね」


「いや、自分で気が短いって、直しなさいよ」


「そればかりは無理ですよ」


「この蜘蛛に一国を滅ぼす力が……」


「バルブロ、蜘蛛ではないわ、キャロちゃんと呼びなさい、何度も言いますが機嫌を悪くしたら大変よ、あなた」


「は、はい、気をつけます。キャロ……ちゃん、い、一緒に行ってくれるかい?」


「ピイ!」


 しかし数年後、ザームに事件が起きた。マルセルと共に強制送還されたダフネが、「こんな蜘蛛になに媚びへつらってるのよ!」と我慢の限界に達し、なんとキャロリーナを蹴ってしまったのだ。それに激怒したキャロリーナは瞬く間に建物大に大きくなり、ザーム国王都を蹂躙し始めた。赤く燃える糸は火属性を帯びていて至る所を破壊、焼き尽くし数時間で王都を焦土に変えてしまった。このザーム始まって以来の大災害でマルセルとダフネは命を落としている。それでもキャロリーナの怒りはこれに留まらず、その後もザームの国土の約半分を破壊してまわった。キャロリーナを大切にしていたバルブロはなんとか生かされたのだが、この事件をきっかけにザーム国は小国家からスタートしたのだった。悪魔の力は破壊、破滅を象徴している、上手く付き合わなければこのように衰退の道を辿るのだ。


 会議が終わると、バルブロたちザームはもうここに留まる理由がないため、速やかに帰り支度が整えられた。ぞろぞろと王城を出たザーム軍は来た時の勢いはどこへいってしまったのか皆肩を落としているように見える。


「デルフィナ様、あらためてダフネを釈放して下さってありがとうございました。これでマルセルも大人しくなるでしょう」


 帰りの挨拶にバルブロが神妙にそう言った。


「別に気にしないで。あなたもヴェロニカとの契約は続いているのですからそう落ち込まないことね」


「はい、キャロちゃんが来てくれるだけでも今はうれしいです。あ、そうでした……あの……マルセルの奴は元には……」


「あー! 忘れてたわ、ごめんなさい。干からびてるだけだから一週間ぐらい水に浸して置けば元通りになると思うわ」


「そうでしたか、わかりました、水に浸してみます。マルセルの奴が大変無礼を働きましたこと重ねてお詫びいたします……」


「いいよ、もう気にしてないわ」


「ではキャロちゃん、いこうか。帰ったらキャロちゃんのために神殿を作らんといかんな、楽しみだわい、それではヴェロニカ様、今後もよろしくお願いします」


「ええ、あなたもがんばってね」


「はい」


 バルブロは人が変わったように大人しくなってフリートを後にしたのだった。

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