悪魔デルフィナ、メイドに戻る
ガタゴトと揺れる馬車の中でヴェロニカは疲れたと言って両足を前に放り投げた。
「まだなの、フリートは」
「もうすぐです、地図からしてそろそろ王都ヴァンヒルデが見えてくるはずです」
「あー、あれね、見えてきたわ、それにしてもここもフベル、アルトに劣らず田舎だわ」
「国の面積も前の二か国とほぼ同じだそうです」
「そう、で? 涼しいのはいいけど、何か特徴があるの? この国は」
「申し訳ありません、とくにこれといっては……」
「そうなの、なら前の二国と同じで期待しない方がいいわね、でもこれより南はオーア国でしょ? さすがにこのまま乗り込むわけにはいかないわよね」
そこで馬車が止まった。どうやらフリート国から使者が派遣されてきたようだ。
先頭でバルブロの護衛の任に就いていたマルセルは、フリート国の使者を見るや否やいきなり走り出して胸倉を掴んだ。
「おまえら! ダフネ様はどうなっている! 小国風情が! ザームに楯突くとはわかっているだろうな!」
「ひっ!」
「ダフネ様をどうしたか言え! 返答によってはこの場で斬り殺す!」
「うわ!」
「まあ、まてマルセル」
「陛下」
「使者殿、このまま王城まで案内してくれるんだろうね、まさかここで待機しろとは言わんよな?」
「は、は、はい、現在パストル国王に変わって王政を取り仕切っているのは王子であるハーラルト様です。ハーラルト様からご案内するように仰せつかりました」
「それはダフネの息子よな? よろしい、案内しろ」
「は、はい」
それから王都を通って王城前まで到着するとバルブロは軍をそこで待機させた。自身はマルセルを連れてそのままズカズカと王城内へと入って行く。
「あ! こ、ここでお待ちください、ハ、ハーラルト様がいらっしゃいますので」
「なんだと? 失礼ではないか、わたしをここで待たせると言うのかお前らは。いいか、よく聞け、滅ぼされたくなければ早く玉座に案内しろ、二度は言わせるな」
「そうだ、この方はザーム国王バルブロ様であるぞ、おまえが指示していいお方ではない」
「ひっ!」
マルセルが剣の柄を掴んで使者にそう言うと、前からハーラルトが現れた。
「バルブロ様、申し訳ありません、何卒お許しを」
「貴様がハーラルトか! おまえダフネ様をどうした? おまえにとっては母親であろう! 返答によっては容赦せんぞ!」
「落ち着いてください、そのことも含めてお話させてください、ここではなんですからこちらへ」
「落ち着けだと! おまえ! アルトとフベルが辿った運命を知らんのか? この国なんぞいますぐ滅ぼしてもいいのだぞ!」
「まてまて、マルセル」
「は、はい、陛下」
「マルセル、やるべきことは同じだ。とりあえずハーラルト、今夜の晩餐を用意してくれないか? そこで話を聞こうではないか」
「え? ば、晩餐ですか? わかりました」
「それまで部屋で休ませてもらう、あーそれと一番良い部屋を用意しろ、そこへご案内するお方がいらっしゃるのでな、よいか、わたしよりも良い部屋をだぞ」
「は、はい」
いきなり乗り込んできたザーム国王バルブロは、晩餐の用意をしろとの意外な要望にフリート国、王城では皆が忙しなく動かざるを得なかった。料理人たちは突然のことでも豪華とは言えないができる限り食材を搔き集めて晩餐に即した料理をなんとか作り上げている。
「デルフィナ、このカートを控室に運び入れて!」
「……」
デルフィナの不機嫌は顔に出ていた。それもそうだ、エミーリアとルフィノからの招待に気分を良くしていたところ、急ぎ切り上げて王城に戻れとの指示であったからだ。そして戻ってみたらなんてことはない、クリスタから晩餐の用意を手伝えと言われ、急いでメイド服に着替えて指示のまま忙しなく動いているところだった。聞けばザーム国王が軍を引き連れて乗り込んできたということで、どうなるかと思いきや、相手は食事の用意をしろとの一方的な命令をしているということだ。
「まったく! エミーリアのところで優雅にお茶でも飲んで過ごそうと思ったのに! 何なら今日は泊っていかれてはなんて言われてエミーリアとおしゃべりに花咲かせただろうに!」
「デルフィナ!」
「なに! ……あ、クリスタ」
「そのカートを運んだら、次はこれをお願いね」
「……」
クリスタからの指示に返事をせずにデルフィナはひたすらカートを押した。普段なら注意されるところだが、あまりにも忙しいのか、クリスタも何も言わずに急いでどこかへ行ってしまった。
(クリスタもザーム国の一方的な命令にさすがにイラっとしているわ、ふふ、だって忙しすぎて目の色が少し白くなっているもの、今日一笑えるところだわ。だけど……ザームはダフネの仕返しに来たのかしら、それにしては仲良く晩餐なんて意外だけど)
「デ、デルフィナ……さん」
「あら? セリカ」
セリカは侯爵邸での一件を見て以来、デルフィナに対して一歩引いた態度を見せていた。
「そのカートはそこを右にいったところ、です……」
「ああ、ありがとう、セリカ」
そして二人でカートを押し出したところで廊下角からザームの者か、大声を上げながらぞろぞろと歩いてきた。
「まったく! 一刻も早くダフネ様をお助けしなければならんというのに陛下はなにを悠長に!」
「デ、デルフィナさん! 止まってやり過ごした方がいいわ」
「え? あ、そうお?」
「ふん! こんな小国があのお方を満足させられる物を出せるはずがない、見ておれよ!」
マルセルはカートに乗せられている品を見て鼻で笑った。そのままドカドカと足音を立てて通り過ぎていく。
「こ、怖いわ……」
セリカが思わずこぼした。
「クスクス、もしかして今のがダフネの想い人かな」
デルフィナが恐怖するどころか前で笑っているのを見て、もうセリカはどちらが怖いかわからなくなるのだった。




