悪魔ヴェロニカ、死の食卓を所望する
ザーム国王バルブロは敵兵が一瞬で消滅したことに目を輝かせた。
「ハハハ、信じられん」
「とんでもない力です」
「マルセル、一万も兵はいらなかったな」
「はい」
その後、自国の兵を一瞬で消し飛ばされたフベル国王は早々と白旗を上げ、ザーム国王を城へと招き入れた。
玉座の間でバルブロは王の椅子に座るとわざとらしくフ~っと息を吐いた。その椅子の前には敗戦国の王が両膝をついている。
「フベル王よ、まさか楯突くとは思ってもいなかったぞ」
「も、申し訳ございません」
「我が国に勝てると思っていたのか? 二千の兵を無駄死にさせたな、おまえは」
「……」
「まったく私を外で一泊させるとは偉くなったもんだこの国も」
「……」
「この国にはまだ兵がいるだろう? 今後もおまえに楯突かれても困るからな、我が国の至宝を紹介しとこうか」
「?」
「マルセル、ヴェロニカ様をお呼びいたせ」
「はい」
それからしばらくすると王の間の正面扉が開いた。
「フベル王よ、我らが黒王、悪魔ヴェロニカ様をお呼びした、よく崇めるがいい」
「あ、悪魔だって! ……噂は本当だったのか」
「ククク」
開いた扉からマルセルにエスコートされて姿を現したその人は赤いドレスに身を包み、スルスルと裾を引きずらせながら歩いてきた。バルブロはすぐに立ち上がり玉座の席を譲る。
その者が席に座ると輝く赤い双眸がフベルを見下ろした。
「あなたがフベル国王?」
「は、はい」
「わたしは悪魔ヴェロニカ、まずは其方に聞く、悪魔に楯突くとはどういう了見なの?」
「め、滅相もございません! そのようなつもりは……」
「そのつもりじゃなくてもだめよ、あなた。砂で汚れちゃったじゃないの」
「も、申し訳ありません」
「まあいいわ、それで? この国に美味しいものはあるの?」
「お、美味いものでございますか?」
「そうよ、二度言わすでない」
「は、はい……こ、この国には独自の食があります」
「それは楽しみだわ、今夜の晩餐にそれを作って見せて頂戴」
「こ、今夜の晩餐にですか……は、はい」
「私が美味しいと感じたならば其方の命は取らないと約束しよう、ただ不味いものを出せばおまえは悪魔に楯突いた罰として死を与える。それは二千の兵を無駄にした罪よ」
「……は、はい……」
それから夜になるとヴェロニカのために豪華絢爛な晩餐がテーブルに並べられた。出された食事はこの国独自の食文化とフベル王は言ったが、正直ザーム国とそう変わり映えしたものはないように見える。中央奥に座ったヴェロニカは用意された晩餐を見てそう思った。
そんなヴェロニカの表情を敏感に感じ取ったバルブロは、供応する側であったフベル王を無視してヴェロニカに言う。
「ヴェロニカ様、どうぞ頂いてください」
「……ええ、そうね」
(ククク、この食事ではダメだな、我が国より落ちるではないか、フベルもこれで終わりだな)
バルブロやマルセルは出された食事を見てニヤリと笑っている。それをよそにヴェロニカは出された食事を一口ずつ口に運んでいた。そして……
「あーダメだわ、どれもまずいまずいまずい!」
そう言って、彼女はフォークをテーブルに投げ捨てた。
その言葉にフベル王は顔面蒼白になっている。
「もういいわ、白の宝玉をこちらへ持ってきて頂戴」
「はい」
あらかじめ用意させていたフベル国が所有している白の宝玉をヴェロニカは無造作に手に取るとしばらくひらで転がした後、ギュッとそれを握りつぶした。ポロポロと床に落ちた欠片は白い輝きを失ってただの屑へと変化した。
「ほ、宝玉が……」
「バルブロ」
「はい、ヴェロニカ様」
「わたしもう休むわ」
「はい! これ! すぐに部屋にご案内しなさい」
その言葉に控えていたザーム国の侍女たちがいそいそと動く。そしてヴェロニカがフベル国王の後ろを通り過ぎてしばらくするとガシャリと静かな部屋に音が響いた。
「ひっ」
ヴェロニカが通り過ぎた後ろではフベル国王が食卓に頭を落し絶命していた。
その後、ヴェロニカはあてがわれた部屋に戻るとそのまま天蓋付きのベッドにその身を飛び込ませた。
「はあー、ダメだわ、少しは美味しいものを食べられると思ったんだけど」
「申し訳ありません、ヴェロニカ様」
「この分じゃ、次の国も期待できないわね、次はどこだっけ?」
「このまま西へ行くのでしたら隣はアルト国、その先がフリート国になります」
「どれも変わり映えなさそうなものだわ、南のオーア国は広いわよね、期待できるのかしら?」
「オーア国はザームと同じぐらい古い歴史がある国です。申し訳ございません、わたしも行ったことがありませんので詳しくご説明できません」
「いいわ、行ってからのお楽しみということにしましょう」
そうしてフベル国がザーム国に占領されたという知らせは隣国のアルトにも伝わっていた。アルト国王はフベル国が一日にして敗北したのを知っているせいか、兵を出して戦うという選択をとることは無かった。
しかし、国に忠誠を尽くしてきたアルト国仕官達はどうしても城を明け渡すことに納得がいかず、どうしたものかと喧々諤々の状態であった。
「このまま城を明け渡すなんて納得できない、戦った方がいいのではないか?」
「無理だ、二千の兵を一瞬で焼き殺したんだぞ」
「だがフベルを占領した後、兵の約半分は自国に帰還させたというではないか、今のザーム国は五千もいないはずだ」
「意味がわからん、どうしてだ?」
「半分でもこの国に勝てると思っているんだろう、ふざけている!」
それを静かに聞いていたアルト王が口を開いた。
「皆の者、我々が戦って勝てる相手ではない、それでオーア国は動きそうか? 宰相」
「残念ですが、今のところ動きはありません」
「ならば仕方がない、降伏しよう」
「待ってください、陛下」
「何か策でもあるというのか?」
「今回の軍にはザーム国王バルブロが同行しております」
「それがどうした」
「陛下、こんな機会はありません、この機に奴を暗殺するのです」
「バルブロを暗殺しても結果は変わらんぞ、兵が減るわけではあるまい」
「陛下、わたしは黙ってこの国を明け渡すつもりはありません、国王が暗殺されれば軍どころか国も混乱するはずです、そこに賭けるのです」
「む……」
アルト王は仕官の言葉に揺れ動いた。




