黒王の出陣
ザーム国王城ではダフネと音信不通になったことから彼女の恋人であるマルセルが国王バルブロに訴えていた。
「陛下、フリートでなにか起きたようです! ダフネ様はおろか側近のアルビンとも連絡が取れません! 何卒、私に一軍をお貸しくださればダフネ様を救出して見せます!」
「まあ、まてまて、小国家など戦をして奪うのはその労力と損害を考えれば下策だ。なにせ我が国は召喚で一万人が消失してるのだからな。……ふむ、ただダフネも放置できない、そうなればマルセルよ、小国家を手に入れる計画を早めねばならんな」
「で、では! 黒王様に!」
「ああ、ヴェロニカ様を前にすればもはや戦など必要ないだろう、その威風で小国家などただただ膝をつくだけだ、そうだろう、マルセル」
「まったく仰せのとおりです。とうとうヴェロニカ様の前にすべての国家がひれ伏す時がきたのですね」
「そうだ、動くとなればもう隠し立てる必要はないだろう、まずはフリートを含めた小国三国を手に入れる、動くぞ! 黒王の出陣だ!」
「はっ!」
王城内、黒王ヴェロニカの私室……
大きなベッドの上に体を横にしながらペラペラと本を読んでいる女性がいる。その周りには二十人程のメイドが全員ヴェロニカを囲むように団扇を持って中心にいる主に風を送っていた。
その緩やかな風に美しい黒髪が静かに揺れている。そこにいるのは悪魔とは思えない美しい顔立ちをした女性であり、長い黒髪に勝ち誇った好戦的な目つき、唇は真っ赤に染まり、肌は白く輝いている。その女性は飽きたと言わんばかりに持っていた本を後ろに投げ捨てると言った。
「あー熱い! この国熱すぎるのよ、食事もまずいし、困ったものだわ」
その言葉に侍従長が返事をした。
「申し訳ありません、ヴェロニカ様。この国は通年気温が高い地域でして……」
「過ごしやすい所はないの?」
「そうですね、大陸の中心に位置している小国家群やオーア国でしたらここより気温は低いと聞きます」
「なら快適にすごせる国をはやく奪えばいいのに、もう耐えられないわ」
「申し訳ありません」
「それに食べるものがマズすぎるのよ。わたしに口に合うものはないのかしらね?」
「申し訳ありません、料理長がいろいろ食材を集めてはいるのですが……」
「ハァー、南のその小国家だっけ? そこに行けばまた違うものがあるのかしら」
「どうなのでしょうか、この国とはちがう食文化が成り立っていると聞いたことがありますが……」
「ハァ―、なら早くいきましょうよ、気晴らしにぐらいにはなるでしょうよ」
そこで、ヴェロニカ専用についている仕官が訪ねてきた。
「失礼します、我らの主、誇り高き美しき人、黒王ヴェロニカ様」
「なに」
「陛下からご連絡が、小国家をいよいよ我が国の一部とすべく行動を起こすとのことです」
「そう」
「明日、ヴェロニカ様のもとで大々的に発表いたしたく、ぜひその時に黒王様のお言葉を頂きたいと」
「それはかまわないけど、それで? オーア国に天使はいないということで間違いないのね?」
「はい、我が国の間者が三年に渡り調べ上げた結果、オーア国は今現在、召喚に成功していないそうです」
「そう、なら余裕だわ、わたしに歯向かう愚か者はいないわね」
「はい、そのような者いるわけありません」
ザーム国が悪魔の召喚に成功したのはデルフィナよりも前の時間になる。ザーム国は悪魔の召喚に成功すると、国王であるバルブロは念願であった小国家三国の奇襲攻撃を計画し始めた。その計画を実行に移す日までバルブロはヴェロニカの存在に箝口令を敷き、彼女を国宝級の待遇で迎えた。その間、ヴェロニカの言葉や要望に注視し、機嫌を損ねないようあらゆる手を尽くしてもてなしている。その中でバルブロが一番に頭を悩ませたのは彼女の食事だった。なぜならヴェロニカはどんな豪華な食事を用意しても美味しいとは言わなかったからである。それによって王宮料理人たちはヴェロニカが召喚されてから毎日心休まる時がない。ヴェロニカの口から「まずい」という言葉が出てしまえば、国王バルブロは激怒して料理人を罰することもあったからだ。
バルブロはなんとかヴェロニカに美味しいと言わせるために国中から料理人の面接を行い、ありとあらゆる食べ物を作り上げた。しかしそれでもヴェロニカの口からいまだ美味しいという言葉が出ることはなかった。
ある日、王宮料理人たちは秘境の地まで行って手に入れたレシピを彼女に出した。
「ヴェロニカ様、今日の料理は北方の山人たちが作っている煮込みスープです、中には希少なウンベルト山で採れた薬草を入れてあります。山人たちでも一年で一回食べられるかどうかだそうです、ぜひご賞味くださいませ」
「ふん」
ヴェロニカはその言葉を軽くあしらって、黄金のスプーンでそれを掬い上げる。その希少なスープはヴェロニカの赤い唇へスーッと消えていった。
「あー、だめ、だめ、まずい」
「料理長!」
「も、申し訳ありません! お口に合わないものをお出ししてしまいまして」
「ハアー、もういいわ、わたしもう寝るから」
「ヴ、ヴェロニカ様! 申し訳ありません! 次こそは必ずお口に合うものを!」
国王バルブロにでも黒王の足を止めることはできなかった。
「料理長! いつになったらヴェロニカ様のお口に合うものをお出しできるのだ!」
「も、申し訳ありません!」
そこで、ヴェロニカの後を追った文官が急いで国王の下に戻ってきた。
「陛下!」
「なんだどうした?」
「ヴェロニカ様が小国には美味しい食べ物があるらしいからそれを期待しているとのお言葉を頂きました」
それを聞いたバルブロは笑みを浮かべた。
「そ、そうか、よかった、ヴェロニカ様は小国占領に前向きであられる。ならば……」
その彼女の言葉をきっかけにバルブロは小国家攻略を現実のものとしていったのだった。
そしてザーム国、黒王の出陣式当日……
一万の軍勢の前で国王バルブロは吠えた。
「我が国はいよいよ念願だった小国家三国を手中に収める! この国は一万の魔導士の命と引き換えに神と契約を交わした。それは我がザーム国こそが大陸の覇者になれとの神からの神告に他ならない! ならば我々の使命は黒王ヴェロニカ様のもとでこの使命を速やかに遂行していくことである! よって心して傾聴せよ! これより黒王様から出陣のお言葉を頂く! ヴェロニカ様、よろしくお願いします」
バルブロの言葉にヴェロニカはだるそうに椅子から立ち上がると皆に言った。
「えー、涼しく過ごしやすい所を、美味しいものを求めて南に行きます」
「「おおおー!」」




