悪魔、王子をビンタする
王城前広場の戦いは朝方には決着がつき、そこは生死を賭けた戦いが繰り広げたとは思えないほど、朝日は今日も平等にその光を投げかけた。
「生きている者は殺すな! ケガしている者は白法院別棟へ連れていけ、拘束した者は地下牢へ収監するんだ!」
ハーラルトが一身に朝日を浴びながら事後処理に声を上げている。
ダフネが捕らえられたという事実は、瞬く間に王都に知れ渡り、まさかの結果に民衆や貴族たちからは驚きをもって迎えられた。その中には涙を流して喜んだ者もいる一方で、その身を危惧して蜘蛛の子を散らすように王都から逃げていく者もいた。
その後、王城、パストル寝室……
「黒の宝玉は回収できたのだな?」
パストルは何がどうしてあのダフネ一味に勝てたのか訳が分からず、推測の内にハーラルトに質問した。王の側にはルフィノ宰相や上級文官たち、戦功を立てたサヴァリオやレオポルドの顔も見える。
「黒の宝玉は破壊しました」
「破壊? それはダフネが取り込んでいた物か?」
「はい」
「白の宝玉を使ってか?」
「いえ……申し訳ありません、白の宝玉はアルビンによってその輝きを失ってしまいました」
「そうか、では宝玉なしで勝ったということか?」
「はい」
そこでルフィノがハーラルトに質問した。
「あのハーラルト様?」
「なんだルフィノ」
「牢にいた黒髪の女性は……」
「……女性が牢にいたことはいままで知らなかったが、なにか?」
「いえ、娘から代わりに連れていかれたメイドがいたと聞いたので、もしかしたら私の隣にいた者ではないかと……」
「デルフィナのことかな? その者だったらすでにメイドの仕事をしているが」
「そうですか、あ! 陛下申し訳ありません、話を遮ってしまいまして」
「いやいいんだ。そういえば……わたしがダフネに襲われたとき意識が朦朧としていたが……誰かダフネとはちがう女性がいたような気がしたんだ、ルフィノは気づいたか?」
「いえ、恥ずかしながら早々に気絶してしまったもので……」
「そうだったな、まあよい。それとハーラルト、第一騎士団団長アルビンの行方が知れてないようだな、白の宝玉は彼が破壊したということだが、彼がダフネを置いて逃げるとは思えない、彼は死んだのか?」
「……いえ、今調査中です」
「そうか、まあいいだろう、それより一日も早く王都を通常に戻さねばならん、この通りわたしは体が不自由の身だ。なのでハーラルト、おまえにしばらく王権を移譲したい、やってくれるな?」
「はい、わかりました。ルフィノ、皆の者、至らない所があると思う、どうか助力をお願いしたい」
「はい、微力ながら」
「もちろんですよ、ハーラルト様」
皆の声にハーラルトは真剣な顔つきで頷いた。
(デルフィナのこと、もうあまり隠しておくことはできないな、彼女がいなければここに皆はいなかった。機会を見計らってまずは父上に相談してみよう)
その頃、デルフィナはステラの部屋にいてダフネから分捕った宝玉の魔力でお茶を作らせていた。注いだポットに黒い液体を数滴入れる。ちなみにこのポットはデルフィナ以外に使用すると即死してしまうことから、外側には大きくデルフィナ様専用ポットと書かれた紙が貼り付いていた。
「どうぞデルフィナ様」
「ありがとう」
「ああ、美味しいわ」
「本当に美味しそうに飲まれますね、そんなにですか?」
「ええ、アーバル産なんてこれに比べたら雲泥の差だわ」
「そ、そんなに美味しいのでしたら、わたしも、ち、ちょっと飲んでみようかな?」
「あなたも飲んでみなさいよ、美味しいよ」
「はい、ちょっと味見ぐらいなら……」
そう言って、ステラはあまりにもデルフィナが美味しそうに飲むものだらつい味見をしたくなってしまった。彼女は毒づくりで使っている小さなコップを取り出してそこに少し注ぐ。
「どれ……」
ステラがそれを口に含んだ瞬間、熱いものが口の中を刺激した。そして……
「がは!!!」
口の中の粘膜がすべて根こそぎ持っていかれるような感覚がしたあと、ステラはそれを下に吐き出した。粘膜と一緒に大量の血液がドバドバと下に落ちる。終いには下を向いたことから、まるで顔全体が液状になったように目玉も脳も何もかもがドロリと下に落ちた。
「ガアアアアアア!」
脳も心臓も何もかもが無くなったステラは、最後に残った思いだけが自分が死んだことを理解させた。しかし……次の瞬間、「はっ!」となって彼女は我に返った。心臓や脳が無くなって残った思いだけがそれらを代用しているかのようであったが、次第にその意識が現実となって体の感覚を取り戻した。
「あああああ!! ……あ?」
「大丈夫? あなたには合わなかったようね」
「ヤ、ヤ、ヤ、ヤバい毒物じゃないですか!」
「人にはやっぱり毒物になっちゃうのかな」
「わたし今死にましたよ! 絶対死んだ!!」
「うるさいわね、死ぬ寸前で助けたのよ、正直間に合ったのは奇跡だったわ」
「ううう……うああ! デルフィナ様!!」
ステラは死を垣間見たことからまだ錯乱しているのか、泣きながらデルフィナに抱き着いた。
「これはあなたには無理みたいね、うーん、それならその紫ムカデならどうなの?」
「それも死にますから!」
それから翌日、デルフィナたちメイドは、クリスタから戦闘で荒れた広場の清掃をするように指示された。しかしそこにデルフィナの姿はなく、彼女はメイドたちが汗を流して作業している姿を王城内バルコニーから見下ろしていた。そんな彼女に後ろからハーラルトが声を掛けてきた。
「ここにいたのか? デルフィナ」
「あら、よくここがわかったわね」
「まあな、クリスタが怒ってたぞ」
「広場なんてメイドを借り出して清掃させるものではないでしょうに」
「ハハ、そうかもしれないが、クリスタが手伝うと言うもんでな、まったく真面目な人だ」
「付き合いきれないわ」
「それで……デルフィナ、あらためてお礼を言わせてくれ。あなたに力は借りないと言った手前、恥ずかしい限りだが、今となってはあなたの力がなければ今日、この国の景色は全く違うものになっていただろう」
「そうでしょうね」
「すまない」
「謝ってばっかりね」
「そうだな」
「で? これからどうするの?」
「ああ、君のことを黙っていることはあなたを侮辱していたのではないかと気がついた。あなたもそれに思うところがあっただろう? だから今さらだが俺をビンタしてくれ、それで目を覚ます」
「クスクス、何言いだすのよ」
「俺はこの国を愛している、ザーム国に取られる訳にはいかない、今後もまだまだ油断はできないだろう、気合いを入れて臨まなければいけないんだ、頼む!」
「面白い人だこと、クスクス」
そう言ってハーラルトは殴りやすいように片膝をついてデルフィナの前に直った。
「しょうがないわね、じゃあ、いくわよ!」
「おう! やってくれ!」
デルフィナは右手を振りかぶってハーラルトの左頬に正確にビンタして張り飛ばした。それによってハーラルトの首は回らない所まで回ってしまう。
「ぐが!」
しかし、彼は後ろに倒れるのを気合いで踏ん張り、わざとなのかデルフィナの胸に向かって倒れた。
「ヤバい、力入れ過ぎたかな」
その後、ハーラルトは誰にも首痛の原因を言わず、三日間寝て過ごしたのだった。




