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王子、悪魔の胸で男泣きする

―――く、苦しい、体中が痛い……


 ハーラルトはそれでもなんとか動かせるところを見つけようとした。


―――だめだ、動かない、体が重く沈んでいく……


「あああ……」


 苦し紛れに出した声はほとんど声にならず、単なるうめき声となった。

 彼は助けてくれと叫びたかった、しかし、国を背負っている自分が安易にそれを言ってはお終いだとも思った。自分が助けを求めたらそれはこの国が終わるということに思えたのだ。だから最後まで藻掻かなければならない、無様な姿を晒してでもそうしなければいけないと思った。


「あああ……ぐはっ」


 ハーラルトの口から血が吹き出た。焼かれた内臓が体中を覆った毒に抗しがたく次々と崩れていく。彼は死にゆく中、それでも最後の力を振り絞って片腕を上げた、自分は国を背負うものとして最後までそれに抵抗しなければと動かしたのだ。しかし最後のそれは彼の信念とは反対に下へと落ちていく……


 ―――だが、その片腕は下まで落ちることは無かった。彼の信念は無惨に消えることはなかった、なぜなら誰かがその落ちる手を支えたからだ。ハーラルトはこの苦しみの中でなぜかそれに温かいものを感じた。


「あああ……ぐ」


「どう? まだその信念は死んでいない?」


「あああ……」


 ハーラルトはその温かさに冷え切った体が急速に回復していった。そして再び信念を宿した体が自分の意志に従って動くと、彼の動いた両腕は思わず目の前にいる人を力いっぱいに抱き寄せた。魅惑に光る黒髪がサラリとハーラルトの顔にあたる。彼はその白い頬を両手で優しく覆うと、それを決して離してはいけないのだと気づいたのだった。


「あああ……デルフィナ……すまない」


「死なせはしないわ、私がここにいるんですから」


「そうだ、わ、私には……あ、あなたがいるんだ、消えるはずがない、この信念は……」


「そうね、私たちは一緒ですもの」


「う、う、ああ……柔らかくていい匂いだ……私の中にある黒い魔力が……蘇っていく……」


「ヘンリクが慌ててこちらに向かっているわ、ハーラルト私は行くよ」


「だ、だめだ! 行かないでくれ! このままあなたを抱きしめていたい」


 回復したハーラルトは朦朧としながらも、涙を流してデルフィナを抱きしめ続けた。


「大丈夫よ、わたしはどこにもいかないわ、でもあなたの父は死んではいけないのでしょ? さあ、もう行かなければ」


「う、う、もう少しその胸の中で……」


―――バタン


「ハーラルト様!」


 ハーラルトに急いで近寄ったヘンリクの目には、壁際で凭れかかっている彼だけがそこにいただけだった。


 第一棟、パストルの隠し部屋……


「ぐァ……」


 ダフネが放った黒魔法が寝台の上にいたパストルの胸に直撃する。それによってパストルは後方へ勢いよく転がり落ちた。


「さすがに今ので死んだかしら? まったくしぶとい男だったわ、向こうで倒れているルフィノも殺しときましょうか、今後邪魔になるだけでしょうし」


 そう言って魔力を放出させようとした時……


「ん? なに?」


 ダフネはなぜか視線を感じた。この部屋にはパストルとルフィノ以外誰もいないはずだ。だがダフネはなぜか自分を見ている視線を感じるのだ。


「なにこの視線は……」


 彼女は不意に顔を上に向けた、なにかの視線を上から感じたためだ。そして彼女はそこで異様なものを見てしまう。そこには赤い目をした黒い蛇が魔法灯に体を絡めて頭を下へと垂らし、ひたすらダフネをジッと見ていたのだ。


「え? な、なにあれ」


―――クスクス


 そう言った次の瞬間、ダフネは後ろから突然聞こえた声に慌てて振り向いた。


「は? だ、誰? あ、あなた……いつから……」


 後ろの扉付近に置かれていた椅子にその者は足を組んで座っていた。


「ダフネ、私の頬をビンタして平気でいられると思う?」


「あ、あんた、あの時のメイド? どういうこと? 毒で殺すように言ったはずだけど、死んだんじゃないの?」


「毒? そうなの、わたしには美味に感じたけど」


「な、何者なのあなた!」


「どうでもいいでしょ、あなたは私のことなど興味もないでしょう? それは私もよ、あなたのことなんて興味ないわ。ただ……私の頬にビンタしていいと思ってるの?」


 デルフィナは椅子から立ち上がってズカズカとダフネに近づいてきた。


「あ、あんたなんなの? メイドでしょ?」


 ダフネは突然のメイドの登場に呆気に取られてデルフィナが目の前まで来ることを許してしまった。そして―――


―――バシン……


 デルフィナの強烈なビンタにダフネはパストルがいた寝台まで吹っ飛ばされた。


「あ……あが?」


 今のビンタで口を切ったのか、ダフネの口からドバドバと血が流れ落ちている。


「な、な、な」


 それでもデルフィナは容赦なくダフネに近づいてくる。


「ち、ち、近づかないで!」


 ダフネはそう言うと、自身に埋め込まれた黒い魔力を発動させた。


「こ、このくそメイド! 私に何をしたか!」


「クスクス、いい物見つけたわ、そこにある黒の宝玉はステラにお願いしてお茶にしてもらいましょうか。あなたには過ぎたものだわ」


「この!」


 ダフネは両手を前にしてそこから自身に溜め込まれた黒い魔力を押し出すように一気に放った。

 それをデルフィナは片手をあげて手のひらで受け止める。


「アハハハ! 馬鹿なのあなた」


 向かってきた黒い魔力はデルフィナの手のひらに吸い込まれて消えていく。


「く、黒の魔力が消えた?」


「私に力を与えてどうするのよ」


「な、なんなの? 黒王の魔力が効かない?」


「ちょっと、それあんまり使わないでよ、お茶にするんだから」


「だからなんなのよ! あんたは!!」


「黒ちゃん」


 デルフィナがそう言うと、魔法灯に絡まっていた黒蛇がスルスルと下に落ちてきた。そしてちょうど下にいたダフネに落ちると、彼女の首に絡みついて締め付けはじめる。


「あ! ぐぐぐ……」


 締め付けられたことにより、ダフネの口から血が溢れて飛び散った。


「う~ん、殺したらまずいかな、まあ、その宝玉を分捕ればいいか」


 デルフィナはダフネに近づくと、彼女の心臓に手を当てて吸い取るようにダフネが持っている黒の宝玉を分捕った。そして倒れようとするダフネをデルフィナはガシっと髪を掴んで自分の顔に引き寄せる。


「わたしはあなたがしようとしてること理解できなくはないわ、でもしょうがないでしょ、ハーラルトはこの国が存続していくことを望んでいるのだから。あなたはザーム国に帰るべきだわ」


「あ……」


 気を失う瞬間ダフネは見た、目の前にいる者の目が赤い魔力でグルグルと流れていることに。デルフィナはダフネが気を失ったことがわかると、もう用はないとばかりに横へ放り投げたのだった。


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