悪魔、王子を監視するためメイドになる
(ふふ、人間なんてちょっと脅せばすぐに震えあがるわ、王子と言えどもそこらの人間と大して変わりはないのだから。まあ、つまらない願いだったらこんな国滅ぼしてやる。さてと! どうしようかしらね)
王城の廊下から外を見ていたデルフィナの耳に、下の方からキャキャと楽しそうな声が聞こえてきた。
(あれは……メイドたちね、そうだわ! あの王子を見るためにメイドに化けてみましょうか)
一方、ハーラルトの方はルードルフ伯爵の召喚魔術が成功したことを結局、誰にも言えてなかった。本来なら国を挙げてお祭り騒ぎになるところを、それを誰にも言えないことにハーラルトは唇を嚙み締めていた。
(よりによってなんで悪魔なんだ! あれが天使だったら歴史に残る事象だったにちがいない、なにせ召喚術はここ数百年成功した事例がないのだからな。だがあれは間違いなく国を破滅させる、なんとかして追い返さなければ!)
「殿下?」
「……」
「ハーラルト殿下? 大丈夫ですか?」
「ん? なんだ? ヘンリク」
「いえ、なにか思いつめたお顔をされていたもので」
「なあ、ヘンリク、オーア国とザーム国はほんとうに召喚魔法を成功させたことはないのか?」
ハーラルトの側近であるヘンリクがその質問に首を傾げた。
「それはどういう意味ですか? 両国は召喚魔法に成功していることを黙っていると?」
「そうだ、相手に探らせないために黙っている可能性を聞いているんだ」
「その可能性も否定できませんが、普通であれば召喚に成功したら進んで他国に言うでしょうね。他国へのプレッシャーと優位に立つために黙っている利がありません」
「まあ、そうだな」
「それにしてもルードルフ伯爵は生きていたら大罪人でしょうね。魔力を暴走させてオイゲンを死なせてしまったのですから……それに殿下の身も危険にさらしましたし」
「ああ」
その後、父であるフリート国王パストルになんとか魔力の暴走による事故であると報告したハーラルトは、今日の執務をすべく仕事部屋へと向かう。途中、一人で歩いている彼に声をかける者がいた。
「ハーラルト様!」
後ろには青いドレスに身を包んだ令嬢が立っていた。
「おお、エミーリア、このような所で珍しい」
「はい、父の付き添いで伺いまして、その……父がハーラルト様にお会いしてきなさいと……」
「ハハ、歓迎しますよ、エミーリア」
「あのー、ハーラルト様、魔力の暴走のこと父からお聞きしました。ケガなどなかったでしょうか」
「ああ、もう伝わっているのか、幸い私は無事であった」
「それを聞いて安心しました」
「エミーリア、せっかくですからこの後お茶でもどうですか?」
そう言ってハーラルトはダンスを誘う様に肘を彼女に差し出した。
「ふふ、お誘いありがとう、ハーラルト様」
「ハハハ、かっこつけすぎたかな」
「いいえ、あら……」
「どうした?」
「今、何か背中がぞくりと……後ろから視線を感じたもので」
「ん? 誰もいないよ、さあ、行こう」
「はい」
後ろではシュルシュルと出窓の所にいた黒い蛇が隠れるように消えていた。
ハーラルトは宰相の娘でもあるエミーリアに好意に持っていた。当然、その魔力の多さから父や宰相の勧めもあるのだが、ハーラルトにとって彼女はまるで高所に咲く花のように逞しく美しい女性であった。
「エミーリア、カニス夫人の具合はどうだい?」
「はい、あまり体調は良くありません」
「そうか、カニス夫人には子供のころから世話になっている、今度見舞いに伺ってもいいだろうか? 父は忙しい身であるからあまり顔を見せていないだろう? その代わりにはならないが自由に動けるわたしが見舞いに伺いたい」
「ありがとうございます、ハーラルト様。母も喜びます」
そうエミーリアが言ったところで二人は応接室の扉の前まで移動して来た。そしてハーラルトがその扉を開けようとした瞬間、部屋の中から不穏な声が二人の耳に入る。その声にハーラルトは扉を開ける手を止めた。
「ちょっとあなた、誰なの! 勝手に!」
「え、わたしメイドのデルフィナよ、よろしくね」
「よろしくねじゃないわよ! メイド長から何も聞いていないわ、どこの所属なの!」
「本日よりハーラルト様専用侍従になったの、だからそんなに怒らないで」
「いえ、聞いてないし、見たことないし、それになによりも茶の葉が多すぎるわ! お湯の方が少ないじゃないの!」
「え? いっぱい入れた方がおいしいんじゃないの?」
「適度な量というものがあるのよ、高級な葉をこんなに使って! あんたみたいのがいるから御代わりの制限なんて命令がでるのよ、みんなアーバル産の茶の葉を頂くのを楽しみにしていたのに! わたしたちに回って来なくなったじゃない!」
「何を言っているのかわからないけど、それ私のせいなのかしら?」
「ええ、あんたのせい!」
ドアの外まで聞こえてくる会話にハーラルトは扉の取っ手から手を離して言う。
「……エミーリア、今立て込んでいるようだ。上司としてわたしは彼女たちを仲裁しなければならない、申し訳ないが今度カニス夫人を見舞う時にゆっくり話そう」
エミーリアはクスクスと笑って言う。
「わかりました、お仕事の邪魔をしてはいけませんのでまたお会いできる日を楽しみにしております」
「ああ、すまない」
ハーラルトはエミーリアを見送ると扉の前で一息吐き出した、部屋の中から聞こえてくる声は明らかにあの悪魔だ。その声は悪魔とは思えないたまを転がすような声であることに彼は渋面を作る。
「こらこら、おまえたち、外まで聞こえていたぞ」
「ハ、ハーラルト様」
「まったく、エミーリアを帰すことになった、もうお茶の用意はいい」
「も、申し訳ありません、あ、あなたも頭を下げなさい」
「どうして?」
「どうしてって!」
「あー、もういい、その者はわたしが採用したのだ、言ってなかったね。田舎から出てきたものでなにも知らないんだ。今回のことはわたしから言っておくから、わからないことがあったら教えてやって欲しい、あ、私はこの者と確認することがある。すまないが席をはずしてもらえるか?」
「わ、わかりました、失礼しました」
侍女が出て行ったことを確認すると、ハーラルトはドカリと椅子に座り、足を組んでデルフィナを睨めつける。
「で? どういうことだこれは、あなたは何をやっているんだ?」
「あなたが悪いのですよ」
「俺が?」
「そう、だってわたしはあなたの願いを聞くのよ、だからあなたの側にいないといけないし、監視もしないといけない」
「なんで俺が監視されるんだ」
「もたもたしてるあなたが悪いのです」
「だから願いって、戦争を起して領土を拡大することだろう? そんなことはできないし、この国の誰もそんなことはしたいと思っていない」
「別に願いはそれだけじゃないわ、正直領土拡大なんて興味があるわけじゃないし、王子だからそうじゃないかと思っただけ。だったらちがう願いを言いなさいよ」
「ない」
「は?」
「今のところ何もない、何も浮かばない」
「ふざけてるの? 次期王でしょ? あなた王失格ね」
「なんだと! わたしだって一生懸命やっている、失格とはなんだ! 私の何を知っている? 何も知らないくせに失格ってなんだ!」
「あー、もー、大きな声出さないでよ」
「……どうしたらあなたが戻れるか調べよう、あなただってこんなこと嫌だろう」
「そうね」
そう返事をしてデルフィナはもう何も言わず出て行ってしまった。
デルフィナが出て行くと、ハーラルトは誰にも言われたことがない、失格という言葉につい感情を露わにしてしまったことを後悔した。
(くそ! わたしがメイドに怒鳴るなんてな、いや悪魔か……まさか彼女がメイドを……なんか想像していたことと違うな、しかしだ、彼女をこのまま放置はできない、彼女の存在がバレるのはやはりまずい、魔力を調べられたら大変だ。なんとかしなければ……)