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王子、カニス夫人の見舞いに行く

 翌日、ハーラルトが乗る王家専用馬車は侯爵家に向かっていた。その馬車に誘導されるようにデルフィナたちが乗る一回り小さい馬車が後続についている。


「「……」」


「なによ、セリカ。ずいぶん静かじゃない、らしくないわね」


「あまり話しかけないで、わたしもうあなたのすることに巻き込まれたくないの」


「人聞きが悪いことを、クスクス」


「エミーリア様は、ハーラルト様の将来のお相手になるかもしれない人なの、失礼のないようにしなさいよ」


「へー、そうなの、でもそんな感じはしたわ、一度だけ見たことあるけどたしかにいい感じだった」


「あんたがどこでエミーリア様と会うのよ、嘘ばっかり」


「見たわ、黒ちゃんの目を通してだけど」


「……意味わかんないわ、もう話しかけないで」


 それからしばらくして侯爵邸に到着すると、ハーラルトを出迎えていたのは小麦色の髪に茶色い目、そして控えめな菜の花色のドレスに身を包んだ令嬢であった。このエミーリア嬢は侯爵家の令嬢としては珍しく質素倹約家で、貴族だけでなく民衆からもその信条のせいかよく慕われている女性である。また彼女の父はパストル王と友人の間柄であり、フリート国宰相として長年、王を手助けしている。だが母であるカニス夫人は、ダフネと対立したことで暗殺未遂に遭い、その時の後遺症でいまだに体が不自由であった。


「エミーリア、夫人の見舞いが遅くなってすまなかったね、父は最近忙しいだけでなく、体も弱っていてね、あまり外へも出られないんだ。代わりにはならないが私が伺わせてもらったよ」


「代わりだなんてそんなことはありません、ハーラルト様が来てくださって母も喜ぶことでしょう、さあ、こちらへ……」


「ありがとう」


 ハーラルト達がまず向かう先は夫人が養生している部屋であった。

 カニス夫人がいるその部屋は陽射しが差し込む明るい部屋で、開けられた窓からは庭の草木をいっぱいに吸いこんだ新鮮な空気が部屋を循環していた。ここに病人がいるとは思えないほどそこは穏やかな空間だった。


 ハーラルトが部屋に入るとやせ細ったカニス夫人がベッドで寝ていた。毒殺未遂に遭ってからの彼女はもう長いことベッドの上での生活を余儀なくされている。ハーラルトは夫人が寝ているのがわかると、起してはいけないと静かに近寄った。昼夜ほとんど目を閉じている彼女であったが、ハーラルトの気配を感じ取ったのか、その目は静かに開いた。


「……カニス夫人、すまないね、起してしまったな」


 その言葉にカニスの口がパクパクと開く。今のカニスは毒の後遺症で声も発することができなかった。しかし、ハーラルトにはそんなカニスが笑ったように見えた。


 ハーラルトがまだ幼い頃からカニスは彼のことを優しい眼差しで見ていた。実の母であるダフネがあのような性格からかハーラルトは母から愛情を受け取った記憶がない、けれどそれを補ってくれたのがカニスであった。彼女の存在があったからこそ、道を間違えずに正しい選択をすることができたのだとハーラルトは思っている。

 ところがそのハーラルトの思いにダフネは激しく嫉妬した。息子が自分のところよりもカニスから愛情を受け取っていたことにメラメラと憎悪をそのうちに宿したのだ。そしてその憎悪を一身に受けたのがカニスであった。


 口がきけない、満足に動かすこともできない今のカニスであったが、ハーラルトを見る眼差しはそれでも変わらずに母性が宿っている。それを感じ取ったハーラルトは目に涙を溜めてカニスの手を両手で包んだ。


「カニス夫人、すまない、不甲斐ない王子で……あなたをこんな姿にしたのは私だ……」


 ハーラルトの言葉にカニスは首を横に振ったように見えた。今の二人の間には会話をせずとも互いになにを思っているのかわかっているようだった。そんなカニスの目は静かに閉じていっている。そして完全に閉じるとまた眠りについたのだった。


「よかった、丁度母が目を覚ましてくれて」


「……カニス夫人の目は幼い頃の私を見る目となにも変わることがなかった」


「ええ、そうです、言葉が喋れなくても母は変わらず元気なのです」


「……わたしは王子としての役目を果たさなければならない、今はもうあの頃守ってもらっていた幼い自分ではないのだからな」


 この部屋には過去のハーラルトと共に静かな時間が流れている、彼はその温かい想いをこの部屋の中に仕舞い込むようにそっと部屋を後にしたのだった。


「ハーラルト様、よろしければご一緒に昼食でもいかがですか?」


「ありがとう、エミーリア、いただくよ」


 ひたすら後ろをついて回っているセリカとデルフィナは昼食の用意を手伝うため執事の案内でその場を離れた。


「ねえ、セリカ、知ってたの?」


「何が?」


「今の夫人のこと」


「城に勤めてる者なら知らない人はいないわよ」


「そうなの」


 それから二人は滞りなく侯爵邸での昼食の手伝いを終え、食後の茶の準備に取り掛かると、突然、この木々に囲まれた穏やかな侯爵邸に場違いな大声が響いた。


―――我らは第二騎士団のものだ! 反逆罪のためルフィノ宰相は拘束された! よって連帯罪によりエミーリア、カニスを拘束する!


「え? なになに!」


「外からだわ!」


「行こう!」


「だ、だめよ! デルフィナ!」


「どうして?」


「だいたいわかるでしょ? 巻き込まれたらまずいよ」


「うちらも一緒に拘束されるというの?」


「第二騎士団ということはこれは王妃様関連だわ、ダフネ様にはほんと関わらない方がいいのよ、ハーラルト様がいるんだし、私らは出ない方がいいわ、怖い」


―――両名出て来い! 出てこなければ踏み込むぞ!


 その不穏な言葉に慌ててハーラルトが外へ飛び出してきた。

 騎士アルビンはハーラルトを見ると、すかさず礼の姿勢を取る。


「アルビン! どういうことだ! 何のまねだ!」


 ハーラルトは眉間に皺を寄せてアルビンと対峙した。


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