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悪魔、上機嫌に毒杯をあおる

 不穏な影が一つ、侍従専用宿舎を歩いている。その者は階段を上がり目的のドアの前まで来ると、持っていた手提げ袋からポットを取り出し、それをドアの前に置いてあったポットと入れ替えた。慣れているのか周囲に目を光らすこともなく、堂々と当たり前のようにそれを行う。そしてその者は用を終えるとスーッと消えるように階下へと消えていった……


◇ 


 侍従専用の食堂ではハーラルト所属のメイド達が集まって打ち合わせをしていた。


「明日はハーラルト様がエミーリア様のところへご訪問されます。よって側付きとして二、三名付いて来るようご指示を承りました」


 皆がそのことに目を輝かせた。先日の王妃のところへの派遣とはえらい違いである。


「ハーラルト様はエミーリア様と一緒に昼食を召し上がられます。そこでの給仕の手伝いと、エミーリア様のお母様であるカニス様のお見舞いもするため、必要であればそこでも手伝って欲しいとのことです。そういうわけで二名ほど行ってもらう予定です」


「クリスタ様、ぜひわたくしめを」


「いえ、わたくしを」


「わたしに仰せつけください」


「みなさん、一名はすでにハーラルト様よりご指名を受けましたのでお伝えします。デルフィナ、ハーラルト様よりお願いしますとのことです」


「ちょっと待ってください、クリスタ様」


「なに? セリカ」


「デルフィナは先日のダフネ様の手伝いで失態をしました。これ以上は……」


「セリカ、それと明日のことは関係ありませんよ。ハーラルト様のご指名にわたしたちが反対の意を言うことは分不相応になります」


「はい……」


 セリカは渋々返事をしてデルフィナを見ると、なにがどうしてそうなるのか得意満面な表情をしていた。


(クスクス、とうとう来たわね、ハーラルトからの指名。まあ、当然だけど。「側にいて欲しいんだ」クスクス、彼も本音が出てしまったようね、まったく強情張ってないではじめからそう言えばいいのに、クスクス)


 皆が一人でにやけているデルフィナを見て引いていた。


 あともう一人はセリカに決まってクリスタが解散と言うと、デルフィナはルンルン気分で小休憩のため部屋へと戻ろうとする、するとドリスが声を掛けてきた。


「デルフィナ、この前ダフネ様のところへ代わりに行ってくれたことには感謝しているわ、でも私はあなたを認めたわけではないからね」


「ドリス、ふふ、あんたも強情ね、素直に認めたら私のこと」


「何を認めるのよ」


「もうー、わかってるくせに」


 そう言ってデルフィナはドリスのほっぺに指を突き刺している。


「あなたは王子から指名されてない、わたしは指名された、ね?」


「どんな手を使ったのよ」


「だから素直に受け取りなさいよ、あなたと私とではちがうということをね。まあ、あなたもそろそろデルフィナ様って呼ぶべきじゃない」


「はあ? あ、頭おかしいのあんた」


「ドリス、もういいよ」


「セリカ先輩」


「ふふ、そうだね、デルフィナ先輩でもいいよ、ドリス」


「ふ、ふざけないで!」


「ドリス、相手にしちゃだめよ」


「クスクス」


 デルフィナは上機嫌で食堂を出て行った。


「ドリス、あれはヤバいわ、たぶん……」


「なんなの先輩?」


「王妃に目をつけられたと思う」


「え? それって……」


「そういうこと、かわいそうでしょ?」


「そんな……」


「もうあまり関わるとうちらもどこで目をつけられるかわからないから気をつけたほうがいいよ」


「……」


 食堂を出たデルフィナは鼻歌を歌いながら自室の扉の前まで来ると、いつものように支給されて置いてある湯が入ったポットを手提げごと取って部屋へと入る。


「あー、なんだろう、王子のご指名ってなんだか急に上に立ったような気分だわ、ドリスの顔ったら、クスクス、あの悔しそうな顔を想像したら、まずい茶でもおいしくなりそうだわ」


 部屋の中で一人、大声で独り言をいいながら、まずいアーパル産の茶葉をポットに放り込み、棚からカップを取り出してドバドバと注いだ。

 そして、すり替えられたお茶だとは気づかず、彼女は一気にそれを飲み干した……


 毒師ステラはアルビンからの依頼に心から歓喜した。彼女はいままで人生をかけてあらゆる毒を生み出してきたのだが、そんな彼女もアルビンが差し出した毒物を見て目を輝かせた。なぜなら今まで彼女がどんなにこの世の物を組み合わせても到達できない毒物がそこにあったからだ。ステラはたった九十ミリリットルの瓶に入ったその黒い液体を両手で落とさないように受け取ると、思わずその毒を魔法灯に照らして見てみた。照らして見た黒い液体はまるで生きているかのようにグルグルと瓶の中を回っている。ステラはそれに釘付けになって見てしまった。そんな彼女にアルビンは言う。「これを使うのはこの国でお前が最初だ。光栄に思え、あーただこぼすなよ、一人馬鹿な奴が手で直に触った奴がいてな、その場で即死だ」それを聞いてもステラは恐ろしいという感情よりも嬉しいという感情が上回った。


 そしてこれも因果か、ステラはいつもと違うその毒に、職業柄相手がどんな死に方をするのか興味が湧いた。暗殺者はその場に戻ってはいけないのに、その欲求を抑えられず、あろうことか戻ってきてしまったのだ、扉の前に……


 そしてステラは扉の前においたポットがないのを確認すると、廊下に誰もいないのを見計らって、大体にもドアに片耳をつけて聞き耳を立てた。どんな苦しい声を聞かせてくれるんだろうと想像しながらその音を待った。ところがステラの予想に反して部屋の中から聞こえた声は……


「美味しいい!!!」


 予想していなかった声に、思わず彼女はドアの前で転んでしまう。


―――ガタンっ


 その音にガチャリとドアが開く、ステラは予想外の声を聞いてしまったせいか、咄嗟に立つことが出来ず、驚いて部屋の主を見上げた。そんなステラをデルフィナは手に取って立ち上がらせると言う。


「いつもご苦労様、あなたね、手提げ袋を交換してくれてるのは、あーでも今日の茶葉間違えたでしょ? こんなおいしいお茶はこちらに来てから飲んだことなかったわ」


 ステラは恐ろしいものを見たように顔が強張っていた。

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