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天使か悪魔か

「は、伯爵、なんかいるぞ!」


「な、なにも見えませんが」


「オイゲン! おまえには見えるか!」


「い、いえ何も!」


 ハーラルトだけが捉えたその何から、いきなりそのものを起点として膨大な魔力が放出された。その魔力は部屋の中を四方八方に飛んだ。


「ぐっ」


 線状に飛んだ魔力の一部が偶然か、オイゲンの心臓に突き刺さってしまい、ばたりとその場に倒れた。


「オイゲン!」


 ハーラルトは咄嗟に叫んだがその呼び声に先ほどと違って彼が反応しないことに焦った。しかし、ハーラルトの心はオイゲンに気を回す余裕を与えてくれない。なぜなら後ろを向いた彼の耳に明らかに前から歩いてくる足音が聞こえたからだ。


「まさか嘘だろ、成功したのか」


 前からハーラルトに近づいてきたその者は、魔力に当たって倒れているルードルフに近づくとハーラルトを見てニコリと笑う。


「はじめまして召喚主様」


「あなたは……天使様……」


 ハーラルトは希望を込めてそう問うたものの、自分で言ったその言葉に違和感を感じていた。なぜならその者は、倒れていたルードルフの頭を片手で掴んで持ち上げており、その食い込んだ爪から血が流れていたからだ。


「て、天使様ですよね?」


「いいえ、違います。私は悪魔です」


 そう言ってその悪魔は微笑んだまま、ルードルフをぽいっと横へ放り投げる。


「は、伯爵!」


「わたし、はじめてこちらに来たの。嬉しいわ、ワクワクする。せっかく来たのですからあなたの願いを叶えて差し上げましょう。それが契約ですから」


「待ってくれ、なぜ伯爵を……オイゲンの命を……」


「なぜって、そこの者はわたしに白の魔力を流し込んだからよ。それは私を攻撃したのと同じこと、それとあちらで死んでいる方は単なる不運でした」


「……いきなり失礼を承知で言うことを許してほしい……こ、こちらが召喚して言うことではないが、これは何かの間違いなんだ。呼び出してすまないが帰ってくれてかまわない」


「まあ! びっくりだわ、そんなことを言われるなんて、あなた大丈夫? もしかして気が動転されているのね。でもしかたがないわ、わたしだって初めてのことで驚いているもの。これをなんていうのかしら? そうそう、心が踊っているというのかしら。あなたもそうでしょ? あ、自己紹介がまだでしたね。わたくし三代悪魔を統べるデルフィナと申します。もう一度言います、あなたの願いを叶えて差し上げます。わたしは黒魔力の系統のため、攻撃魔法を得意としているのよ。あなたはこの国の王子でしょ? ほんと幸運な人だわ、私と出会えるなんて。王子でしたら、そうね、領土を拡大していきたいと考えてるんでしょ? でしたらわたしが力を貸してあげるわ、わたし、他の悪魔と違って節度を心得ております、無意味に人を殺したりはしません、よい協力者となるでしょう」


「いや、ま、待ってくれ! たしかにこの国は両大国の顔色を窺ってばかりで頭が上がらない、それを日頃、わたしが不満に思っているのも確かな感情だ。しかしわたしはこの大陸を混乱に落とすような気はないし、気が狂った王子だと歴史に名を残す気もない。いや、野望がないわけではない、この国を安全に存続させていかなければいけない立場なのだからな。でもだ、戦争はだめだ。だから悪いがあなたに命令するようなものはないし、あなたが活躍するような場もないんだ」


 ハーラルトがそう言うと、デルフィナから静かに魔力が放出される。黒い目が真っ赤に変化し、表情があった美しい顔は、無表情になって目を細くしている。ハーラルトはそれを見て怒らしてしまったと内心冷や汗をかいたが、一国の王子としての培われた品格が、冷静さを装って対峙することを後押しした。


「わたしたちから見ればあなたは神に等しい、礼義に反していることはわかっている、ただあなたが願いを叶えると言うならば、これもわたしからの願いだ。わかってくれ、この国はあなたにそぐわない」


「何を言ってるの? それが願いなわけないでしょ、その願いは無効だわ。それは願いに入らない」


「だったら、ど、どんな願いなら契約が履行されるんだ? どんな願いなら帰ってくれる?」


「知らないわ、それをわたしに聞かないでよ。とりあえず、いまの願いはダメね」


「あなたは悪魔だろ、そんなことを破棄にすることなど容易いんじゃないのか」


「あー、あなたわたしを人の先入観で決めつけたわね、そういうこと言われると余計反発したくなるわ、あーなんか嫌だわ、すっきりしない、わかりましたって帰れるわけがない、わたしにもプライドがあるし」


「……」


「頭が混乱してる人とこれ以上話せない、まあいいわ、日を改めましょう」


「い、いや、ちょっと待て!」


 前に立つ悪魔はそのまま消えていった……


 それからハーラルトは、伯爵邸の事後処理をなんとか冷静を装って終わらすと、連れてきた刑務官と共に王城に帰った。城に着いた頃には夜も遅かったため、ハーラルトは父への報告は明日にしてさっさと自室に戻り、二人の死亡という悪夢から逃げるように眠りについたのだった。



 翌朝、朝の身の回りの世話をする侍女が起きる時間だと、いつものようにドアを数回ノックして知らせている。


(ああー、もう朝か……まったく昨日の悪夢をどう父上に話そうか……夢だといいのだが……どうする? オイゲンとルードルフが死んでしまった……あー、なんて報告すればいい)


 そんなことを考えて彼は腕を寝具の中から外へ出した。


(ん?)


 気のせいか、腕に何かが当たった感触がした。それは明らかに寝具の柔らかさではない、硬い物だ。寝ぼけたままもう一度、気のせいだとそれを触ってみる。やはりなにかある。


(髪の毛? 人? いやそんなはずは……)


 しかし、次第に覚醒して彼が感じたその感触が、たしかに人の髪の毛であることがわかると、ぎょっとして飛び起きる。


「うわ! なんだ!」


「……」


「だ、誰だ! いつの間に」


 王族に見合った広いベッドで寝ていたハーラルトは、隣にいた人にびっくりして飛び起きた。そこにいたのは美しい黒髪に、まるで着飾っているかのように長いまつげが下へと流れている。そして異様に白い肌が唇の赤い色を一層際立たせていた。黒い服から見える細い首も彼女の肢体が細身であると理解させている。そしてなによりもその顔立ちは魅了魔法でも放っているかのような美形……


「……どこかで会ったような……」


 ハーラルトは硬直してしまう。


「ま、まさか……」


―――コンコン


「わ、私は起きている、支度は自分でやる、さがってよい!」


「はい、承知いたしました」


 侍女がドアから離れて行く気配を確認すると、彼は前にある現実と向き合うため、一息吐き出しこちらを見ている黒い目と目線を合わせた。


「……」


「……」


「もしかして天使様?」


「いえ、悪魔ですけど」


 ハーラルトは希望を乗せて言ってみたのだが、彼女から返ってきた返答にやはりかとため息をついた。なぜなら彼女の開かれた目は昨日のような赤い目はしていないものの、ここにいるのはたしかに伯爵邸で見てしまった人だ。彼はあれは幻ではなかったと思うと同時に、予想通り天使ではなかったことに自然と眉間に皺を寄せた。


「ひどいわ、まるでわたしでは不満のようだわ」


「……」


「何か言ったらどう?」


「なぜここにいる?」


「はい?」


「なぜ横で寝ているんだ」


「なぜって、あなたが召喚主だからよ」


「ちがう、おまえを召喚したのはわたしではない、ルードルフ伯爵だ」


「ん? あのおじいさんのこと、あー、あれはダメだわ。わたし白魔法が嫌いなのよ。私を召喚できるはずがない」


「自分がなにをしたのかわかっているのか、彼とオイゲンは死んだのだぞ。今の私は殺人事件に巻き込まれてるところだ」


「それはしかたがないわ、死んで当然。私に白魔法を流し込んだ罪は大きいの、その代償は死以外考えられない」


「いいかよく聞け……この国では人を簡単に殺めてはいけないと言っているんだ、それは悪魔であってもだ」


「私に向かって面白いこと言うのね、でもそれはできない相談だわ。わたしは命を刈り取るのが仕事でもあるのよ」


「悪魔なんだからそうだろうが、でもだめだ。あー待った、とりあえずその話は後だ。それで何故俺が召喚主になっている?」


「それはあなたの魔力で私が来たからじゃない、あなたの魔力は黒いわ」


「そんなわけない、わたしはこの国の白宝典を管理する者だぞ、私の魔力は白い魔力のはずだ」


「どうしてかしらね、あなたには白の魔力が感じられない、ほら、私の手を触ってみなさい」


「よ、よしてくれ、わたしはこれから妃となる者以外女性と接触しないと決めている」


「ふふ、真面目な方ね」


 そう言うと、悪魔はハーラルトの手を掴んだ。


「なにをする! な、こ、これは……」


 悪魔の手から魔力がハーラルトに流れ込み始めた。


「ほら? 私の魔力と親和性を示している、同じ魔力だわ」


「どういうことだ? 俺は王族の中でもほとんど魔力を持ち合わせてはいなかったがまったくゼロではなかった。それは僅かではあったが白の魔力だったはず……」


「ふふ、僅かだったからわからなかったのかしらね、まあいいわ、そんなことは。それでわたしにどうして欲しいの?」


「どうして欲しいって、ザーム国だったら飛び上がるほど嬉しがることだろうが……生憎この国は白のオーア国と同盟関係にある。悪魔が召喚されたなんて知ったらまずいことになるんだ。だから呼び出して悪いがやはり帰ってもらえないだろうか」


「ひどいわね、私に用がないから帰れだなんて、私じゃなかったらあなた無事じゃ済まされないところよ」


「俺だって悪魔を召喚するなんて聞いてない……ならわかった! この通りだ、ほんとにすまない、この国を代表して謝る、この通りだ!」


 そう言うと、ハーラルトはベッドの上で悪魔に対して深々と頭を下げた。


「……ダメなの」


「は? 何が?」


「だからダメなのよ」


「だから何が?」


「召喚主の願いを叶えないと私はここに拘束されたままになってしまうのよ」


「昨日言っていた契約のことか? 何なんだその願いというのは。聞いたことがない、まあ、大昔の文献からしかわからないが、そういう契約なのか? 召喚魔法とは」


「そうよ、天使側の契約はわかりませんが、わたくしとの契約はそうなっているわ、だから願いを叶えれば私は帰ります」


「しかしあなたの力は攻撃魔法を使って争いを生むことだろう? それはダメだ、オーア国に攻め込むなんて許されないことだ、私は悪魔に魂を売った大罪人となる」


「だったらザーム国を攻撃すれば?」


「……ちがうんだ、わたしは確かに二大国に思うところはある、でもこの大陸に戦火を上げることが願いなんかじゃない、そうだ、戦争を起すことなんて俺は願ってなんかいない、これは父である陛下も同じだ」


「じゃ、どうするの? 願いを聞かないと私はここを離れることができないのよ。いい? 召喚魔法は一方が強制的に呼び出すことではないの、私も了解してここに来たのよ。それに私は願いを聞く立場であってそもそもあなたと対等ではない。生半可な意思で呼んでは相手に失礼なのよ、わかるよね? あなた王子でしょ? 天使じゃないから帰れだなんて無責任すぎるわ、脅すわけじゃないけど私たち悪魔を軽んじるならばこちらも黙ってはいない。何度も言うけど、私だから穏便に済ませてるけど他の者だったら大変なことよ」


「そうだな、確かに私が言ったことは礼に失していた。わかった、なら願いを叶えるのだろう、だったら、なんでもいいということだ。内容は問わない、そうだよな? 私は願いを考える」


「まって、願いとは嘘偽りない願いでなくてはならない、些末な願いは相手を侮辱していることと同じ、そのぐらいあなたにもわかるわよね?」


「わ、わかってる、だから考える時間をくれ」


「……わかったわ、ただ、嘘であったらこの国は滅ぼすことに決めたわ、そうでもしないと私は帰れないし、私たちにも尊厳というものがあるからね。遠い昔には私の同族が多くの人間を殺したこともある、天使と戦って、奴らを殺したこともある。いい? 王子様」


「ああ、だが勝手に暴れないでくれ、それは約束してくれ」


「どうかしね、わたしは天使様ではないから」


 その言葉にハーラルトは一人頭を抱えたのだったが、何よりも腑に落ちないことを最後に聞いた。


「で? 俺が召喚主だからってなんで一緒に寝てたんだ?」


「さあ? なんでかしら」


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