表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

5

 午前六時十二分。無事に起きることができた。この時間でも日差しが入る夏には感謝したい。てきぱきと朝の準備をして階段を下りる。

 母は既に起きており、朝ごはんは食べるの、と聞かれ、食べると返す。今日みたいな日にご飯を抜くと、お昼まで胃が持たない。朝ごはんと諸々の準備を終え、母からお弁当箱を受け取り、大きめの声で行ってきますと告げて、家を出た。

 

 予定では家の前にタクシーが来るはずだが、俺の『行動』が上手くいったと信じて愛車という名の自転車にまたがり、花屋へと向かった。


――


 時刻は午前六時五十三分。百メートル先の花屋は開店準備に取り掛かっているためか、卯守さんらしき人影が見える。既に数人の女性が様子を伺っているが、人だかりというほどではなかった。ここからおよそ三十分後に事故が発生する予定だった。万が一のことも考え、卯守さんの母であろう店員の女性に声をかけて人だかりが出来ないようにするべきだったか。自転車を押しながら歩道を歩き、もう少しだと、心臓がドキドキし始める。


 そんな心配も束の間、スマートフォンが振動した。


「……はい」

『あ、もしもし! 配車センターの佐々木と申します! 今日配車のご予約をしてくださった泉野さんのお電話でお間違いないでしょうか?』

「はい、泉野です」

『実はですね、配車のご予約をしてくださった運転手の山根なんですけど、先ほどセンタ―内で意識がなくなりまして、救急搬送されました!』


 焦る電話主の声とは裏腹に、良いのか悪いのか、俺は一安心した。


『山根からはぜひ自分でと言われたとお伺いしておりますが、別の運転手を向かわせた方がよろしいでしょうか?』

「いえ、結構です。すみません。それよりも山根さんは無事でしょうか?」

『申し訳ないのですが、まだ搬送されて間もないのでわかりません……また事態がわかり次第ご連絡いたしますね』

「お願いします」


 電話を切ると、力が一気に抜けて、現実に戻ってきた気がした。自動販売機で五百ミリリットルの水を買い、すぐに飲み干した。夏の日差しを感じる。生きててよかったと、当たり前のことながら、いつも考えてしまうのだ。


 軽い足取りで花屋の前に立った。店の前はいつの間にか女性でいっぱいになっていた。時刻はちょうど午前七時。花屋が開店する時間だ。ガラガラ、と大きなガラス戸が引かれ、卯守さんがひまわりの入ったバケツを外へと運び出す。動き始めた朝に、きゃあと、黄色い悲鳴が鳴り響く。


 悲鳴を他所に、店内にいた店員の女性は俺に気が付いた途端、ひまわりよりも明るい笑顔でこっちこっち! と手招きをした。そこには小さなひまわりの花束が置かれていた。


「絶対来ると思っていたのよ! これ、持って行って。おばさんがまけておくから。あなたの気持ち、届くといいわね」

「あ、ありがとうございます」


 半ば強引に渡された花束を持ち、申し訳ないなと思いながら五百円を手渡す。その横では卯守さんが女性に囲まれながら、困った表情を見せていた。


 店を出てすぐに、淡い水色のタクシーが花屋の前に停車した。中から降りてきたのは、クリーム色のタクシーに乗るはずだったあの女性だ。一礼をしてタクシーを見送ると、卯守さんに目くばせをして、女性群に見つからないように店の奥へと向かって行った。


 その時、困り顔の卯守さんの顔は、いつの間にか太陽と同じぐらい真っ赤で、きっと大切な人は彼女だったのだと、思った。


――


 無事に一仕事終えた俺は、自転車のかごに花束を入れ、チラッと腕時計を確認する。午前七時十四分。学校には十分間に合う。高校の場所は花屋とは逆方向のため、一度家に寄って花束を置いて帰ろうと自転車を漕ぎだした。


 自宅が視界に入ると、家の目の前に人影が見えた。その背丈には身に覚えがある。間違いなく悠李だろう。視界の中で次第に大きくなる悠李を確認して、キキ、とブレーキをかけて家の前に止まる。


「おはよ? 朝からどうした? 俺の家寄ったら遠いだろ」

「お、おはよう……なんだか不安で」

「そう……?」

「ね、ねえ! そのひまわりどうしたの?」


 花束を見た途端、悠李は動揺を隠せないような様子で自転車のかごに詰め寄った。俺には花束が似合わないということだろうか。中々に失礼な奴だ。


「何、そんなに欲しいならやるけど」


 ほら、と花束を手渡すと、彼は泣きそうな顔でありがとうと言い、しっかりと握って受け取った。結局何でも似合ってしまうその姿に、俺は何一つ嫌味を言えなかった。これぐらいのプレゼント、悠李ならいくらでももらえそうなのに。


「大切にする。いつかまた見れるように」

「重すぎじゃない?」


 よっぽど嬉しかったらしい。今度から誕生日には花束でも送ろうか……いや、恥ずかしいからやめておこう。俺にとっての罰ゲームになってしまう。

 悠李が愛おしそうにひまわりを眺める。その流れで俺の方に視線を送ってきたため、俺はドキ、として生唾を飲んだ。太陽の下では彼の色素の薄い髪の毛がより明るく見え、コントラストも高くなり、より一層、白い輝きを持つ肌を美しく見せる。

 俺はハッとして視線をそらし、早く学校に行こうと、ペダルに足を乗せた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ