食べ歩きか?
「どこ、連れて行くんですか。私、仕事しに来たんですよ」渋々、車に乗せられてきた成田は不満をことごとく口にする。
「俺は仕事扱いになるが、成田さんも今日は研修扱いになる」
「研修ってなんの?」
「…あ、もうすぐだな」私の問いには答えずナビをしきりに見ている。
「ここと、あと2件ほど行くつもりだから食べ過ぎないように。いや、ここは食べる気もおきないと思うが…」意味深な言葉をはいて、運転に集中する。
(なんだか自分だけ悪者扱いで面白くないけれど、花村さんに謝りにいくことは避けられた様子だし。まあ、食べ歩きで研修扱いになるなら。いいか)
「あっ、ここだな」看板にニッコリバーガーと書いてある駐車場に止める。
「えっ、ここ?! 本当に店やってるんですか?」
駐車場には、タイヤのない放棄自転車が数台も所々に捨てられていて。他にも不燃物などが積み上げられている。まるでゴミ捨て場だ。
目立つ縦看板はあるが字が擦れて所々が剥げている。
「ああ、スマホで確認したから大丈夫だ」入口の花壇らしき所も、瓦礫やら空き缶が捨てられている。
店内に入ると当然ガランとしているが、正面の受付にもスタッフはいなかった。
2人して一瞬、立ちすくんでいると奥まった店内から若者たちの声が聞こえてくる。のぞいてみると、5人ぐらいの若いヤンキー風の男女がにぎやかにお喋りをしている。
その中の何人かがこちらに気づき、他の子たちに伝えるといっせいに5人の視線がこちらを向く。その中の1人が立ち上がり近づいてくる。
「い、いらっ しゃい ま せ」言い慣れていないのかテンションの低い小さな声をかけながら、レジ前のカウンターに入る。
「あのー。ご注文はどうしますか?」と、最低限の声掛けをしてくる。
「えっと、サイダー」帰りたいのを、こらえて佳代子は一番無難そうなものを選ぶ。
「シンプルハンバーガーとホットコーヒー」店長は、成田の食い入るような視線を避けて普通に注文する。
「持ち帰りますか?」
「いや、食べていくよ」
「席でお待ちください」と、言われ2人は移動する。
埃でうっすらと覆われたテーブルと椅子をハンカチで綺麗にふき取り座る。
「店長、客に掃除させる店って初めてですよ。それに、あの接客。でも、食べるまで出る気はないんですよね?」先ほどの若者たちの視線を感じながら、成田は顔を寄せて小声で話しかける。
「こんな汚い店、絶対賞味期限だってあやしいですよ。カウンターにも雑誌やらガラクタが載っていて埃まみれだし」
「心配なら見に行ってくれば?」
「な、なんで私が。しかも知らない店の教育をしなくちゃいけないんですか」
「別に強制じゃないよ。何をだされるか気になるなら、見にいって来たらって言っただけで」
「別に。気になりません」まさか、サイダーでは大事にはならないだろう。
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「遅いなー」我慢強い店長も口に出す。
周りにいた若者たちも、スタッフルームに行ったようだ。
「遅すぎです。こんな客のいない店で30分以上またせるなんて。しかも飲み物と、基本のバーガー1個ですよ? もう、出ましょうよ」
「いや。見に行ってくれる?」
「さっきからなんなんですか。でも店長も一緒なら…」これ以上またされてこの店にずっといることを考えると、嫌々ながらも店長に委ねることにする。