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異世界恋愛ファンタジー 【短編】

史上最強の魔術師は、まだ、恋を知らない

 ◇◇◇ 


「偉大なる大魔術師様、どうかお助けください。娘がっ!聖女に選ばれた娘のミラが恐ろしい魔人に攫われてしまったのです!もう、魔塔の主であり、国一番の魔術師と評判のアレク殿にお縋りするほかなく……」


 真夜中に魔塔に駆け込んできた迷惑な客は、小太りの体をゆすってわんわん泣き出した。普段なら容赦なく追い出すところだが、魔人と聞いて少し興味が湧いた。


 最後に魔人が現れたのは約八十年前。災厄の夜に現れたのを最後に、パッタリと見なくなった。全部滅びたかと思ったがまだ生き残りがいたらしい。


「魔人ねぇ……まぁ考えてもいいけど。要するに魔人に攫われた聖女様を連れ戻せばいいんだね?対価はそうだなぁ……金貨百枚ってとこ?」


「なっ……!い、いや、必ずお支払いします!ですからどうか、ミラを助けて下さい!」


「その言葉、嘘だったら死ぬから覚悟して」


 契約の魔法陣が青く光を放つ。口では何とでも言えるが、後になって支払いを渋る客は後を絶たない。だから、この塔で発した言葉は全て契約となって魂を縛る。


「これは……」


「大丈夫だよ。嘘をつかなきゃいいだけだから。僕、嘘つきは嫌いなんだよね。君の自慢の娘を取り戻してあげるよ。相応の金貨と引き換えにね」


「ぐぅ……だが、ミラさえ戻ってくれば……」


 この男、クラーク伯爵の次女ミラは、大小様々な奇跡を起こしたことで一躍「奇跡の聖女」と評判になり、今日は大聖堂で聖女の認定式が行われるはずだった。しかし、姉のクロエと一緒に乗り込んだ馬車が群衆の目前で忽然と消え大騒ぎになったのだ。皇太子が陣頭指揮を執って行方を追っているらしいが夜になっても一向に行方はつかめず、結局こうしてアレクに泣きついてきたというわけだ。


『大金と引き換えにあらゆる願いを叶える大魔術師』


 この国の貴族でその名を知らぬものなどいない。


(悪女と評判の長女に聖女と評判の次女。攫われたのは二人だというのに、養女である長女のことはどうでもいいみたいだな)


 姿も分からぬ魔人を探すのは一見骨の折れる作業に思えるが、アレクにとっては造作もないこと。更に今宵は月夜。しかも、魔力が最大に高まる満月の夜だ。


 アレクは窓から空に舞い上がると、ついでに伯爵を魔塔の外に放りだしておく。一応客なので死なない程度に衝撃を抑えて。


「そこで待ってて。ああ、死にたくなければ勝手に動くなよ」


 どこからともなく現れた豪奢な馬車に乗り込むと、馬車ごと転移陣が発動する。


 (何やら喚いているがまぁ、罵詈雑言であることは間違いないな。ついでにハゲる呪いでもかけておくか)


 ◇◇◇


 ドラゴンの眠る魔の森の奥深くにそびえる、朽ちて荒れ果てた魔神の神殿。誰一人足を踏み入れる者などいないその場所に、二人の少女は囚われていた。


 まるで一対の絵のような、明るい金の髪の少女と銀の髪の少女。泣き疲れて放心した金髪の少女と、静かに顔を伏せる銀髪の少女は、どちらも目を見張るほどの美しさだった。


「それで、どっちが予言の聖女なの?」


「知らないわ。分からないから両方殺したら良くない?」


「それはいいアイデアね。さすがルナ」


「当然よ、ソーレ。これで魔王様も復活できるわね」


 白と黒のドレスに身を包んだツインテールの幼女たちがクスクスと笑い合う。


「「あなた達の魂を魔神に捧げて、私達の魔王様を復活させるの。ありがたく思いなさい」」


 愉しげに歌うように宣言すると、囚われた少女たちの足元に描かれた魔法陣が眩い光を放つ。


「「魔王様!極上の魂を捧げます!清き魂を贄に、どうぞ現世(うつしよ)にお戻りください!!!」」


 幼女たちの甲高い声が誇らしげに響いた直後、


「やっぱりお前たちか」


 嘘のようにシュンッと魔法陣が消え、月明かりの射し込む暗闇に静かな声が響いた。


「貴様、何者だっ!」


「どうしてここが分かったの!?」


 キーキーと煩い二人を無視してクロエとミラに近付くと、アレクは首を傾げた。


「ねぇ?どっちがミラ嬢?」


 金色の髪の娘はすっかり正気をなくしており、ヘラヘラと微笑んでいる。銀色の髪の娘は感情を見せない紫水晶のような瞳でじっと見つめ返してきた。


「もしかして喋れないのかな?困ったなぁ。これじゃあどっちを連れて行っていいか分からないじゃないか。仕方ない。二人とも連れて行ってあの豚に選ばせたらいいか」


 アレクは二人をひょいっと小脇に抱えると、まるで荷物のように次々に馬車に放り込む。


「待ちなさいよ!!!」


「邪魔するならあんたも殺してやるからっ!!!」


 アレクは幼女たちの繰り出す攻撃魔法を器用に避けると軽く指を鳴らした。


「迎えに来るまでいい子にしてろって言ったはずだよ。ルナ、ソーレ」


 アレクの言葉に目を丸くする二人。


「悪い子には、お仕置きだ」


 次の瞬間、白と黒の二匹の子猫が、アレクの足元にひっしとしがみついた。


「「にゃにゃっ!!!」」


「ちょっ、こら。爪を立てるな。いいか、僕の名前はアレク。史上最強の魔術師にして魔塔の主だ。分かったな?」


 目に涙をいっぱい浮かべてこくこくと頷く子猫たち。その様子を見ていたクロエが、思わずポツリと呟いた。


「魔王……」


 にやりと微笑んだアレクの瞳が月の光を浴びてキラリと金色に光る。


「……私たちをどうする気?」


「ん~?別に?僕はただ君たちの父親からの依頼を遂行しにきただけだけど。今から転移するから、舌を噛まないようにね」



 ◇◇◇


 魔塔の入り口まで転移したアレクは、まだ庭に座り込んでいたクラーク伯爵に二人をずいっと差し出す。


「君が必要なのはこの金の娘?それともこっちの銀の娘?」


「ミラ!ミラ!良く戻ってきた!……これはっ……」


 クラーク伯爵は金の髪の娘の手を取ると、光のない瞳に息を呑んだ。


「アレク殿!ミラは!」


「僕が行ったときはすでにその状態だったよ」


「そんな……治すことはできないのですかっ!?」


「それは対価次第だけど」


「ならば!この娘を差し上げます!お好きにして構いませんから、どうかミラを元通りの姿に!」


 クロエをアレンに差し出す伯爵。


「本人の意思は聞かなくてもいいの?」


 呆れるアレクだったが、プイっと横を向いたまま何も言わないクロエを見て、ふとあることを思いついた。アレクはクロエをじっと見つめると、ニヤリと微笑む。


「いいよ、クロエと引き換えだ」


 契約の魔法陣が二人の娘を包み込むと、ミラがはっと我に返った。


「お父様?……私はどうしてここに……」


「おおミラ、本当に良かった。さあ、家に帰ろう。もう何も心配しなくて大丈夫だ」


 首を傾げるミラを伴い、そそくさと魔塔を後にする伯爵親子。アレクは一人残されたクロエに右手を差し出す。


「というわけで、君は今日から僕のものになったみたいなんだけど、異存はない?」


「……好きにすればいいじゃない」


「あと不思議なんだけど、どうして聖力の欠片もない娘が聖女のふりをしているのか聞いても?」


「あの子は皇太子妃に選ばれるために聖女の肩書きが欲しかったのよ」


「ふうん、皇太子の嫁にねえ。まあ、他人の好みをとやかくいう趣味はないよ。じゃあ君は、皇太子妃になりたくないから力を隠してるってこと?」


「……そうよ、あんな馬鹿皇太子の嫁になるくらいなら死んだほうがましよ」


 クロエの左手の薬指にくるりと銀の指輪が巻き付く。


「君がミラ嬢じゃなかったのはラッキーだったよ」


 くすりと笑うとアレクはクロエの手の甲に口付けを落とした。


「僕、今生ではのんびり暮らしたいと思っているんだよねえ。恋もしてみたいし。人ならざる力を持つ僕たちは案外似たもの同士だろう?君となら素敵な恋ができそうなんだけど、どお?」


「何も持っていない私を選ぶなんて、酔狂な男ね……私も別に聖女になんてなりたくないもの。悪くないわ」


「じゃあ、君との契約も成立だね。あ、嘘ついたら死ぬから気を付けてね」


「なっ!?」


 ◇◇◇


 後日、魔塔からクラーク伯爵家に金貨百枚の請求書と、王宮から一通の書簡が届いた。


『クラーク伯爵家の正統な後継者であるクロエは婚姻により成人したとみなし、爵位とともに、クラーク伯爵家の全ての財産を相続することとする』


「なっ!!!クロエが結婚だと!?そんな馬鹿な……」


「ど、どうするの!お父様!お父様の持つ男爵の爵位じゃ、王妃になれないわ!せっかく皇太子殿下にプロポーズされたのに!」


「大丈夫だ!お前には聖女としての力があるじゃないか!」


「そんなの嘘に決まってるでしょ!」


「なっ!」


 クラーク伯爵を名乗る男は正確にはクロエの叔父で、亡くなった前伯爵の弟だ。馬車の事故で兄夫婦が揃って亡くなったため、クロエの後見人として一時的に伯爵を名乗ることを許されたにすぎない。クロエがまだ爵位を受け継ぐ成人前なのをいいことに、今まで好き勝手に伯爵家の財産を横領してきたのだ。


「呆れたわ。最初から伯爵家の全ての財産を奪おうって魂胆だったのね」


「おや、僕は君の正統な権利を取り戻してあげただけだけど?」


「ふふ、いまさら財産には興味はないけれど、叔父たちが焦ってるかと思うといい気味だわ」


 一年中薔薇の咲き乱れる庭園で、アレクと共にお茶を飲むクロエ。二人の足元では白と黒、二匹の猫が追いかけっこをして楽しんでいる。


「君も大概いい性格をしてるよね」


「あら、嫌ならいつでも契約解除してくれて構わないわ」


「いや、見てて飽きないよ。これが恋ってやつかな?」


「違うと思うわ」


 史上最強の魔術師は、まだ、恋を知らないらしい。けれど、目の前のこのふてぶてしい聖女を一目見るなり自分のモノにしたいと思う程度には、恋に堕ちているのだけど。


 おしまい



読んでいただきありがとうございます

(*^▽^)/★*☆♪

下のほうにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして、応援して下さるとすっごく嬉しいですっ♪ポイントがたくさん貯まると作者がニヤニヤします。

広告の下に読み周り用にリンクを貼ってあるので、ぜひ、色々読んでみて下さいね。

皆様の感想、お待ちしてま~す。

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― 新着の感想 ―
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