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紅彩の瞳  作者: 王理友恵
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 正子は木の棒を動かして、数歩前に出る。美晴はその姿を目に収めた。ガサガサと地面を探しているようで、集中し切れていない感じだった。

「私の話ね……そうね、話半分で聞いてほしいわ。そして、元に戻ってからも忘れてほしい。そういう話ならあるわ」

 土が跳ねる。さっきから土しか探していない。もっと木の根元とか、探せばいいのに。

「私ね、一応楢内湖のある式川市内に家があるのよ。だからこんな軽装で気軽に来れちゃうわけ。知っての通り、楢内湖は人気の観光スポットで、紅葉シーズンはそこら中に人がいるから、正直地元民でも近寄りたくなくてね」

 正子は人間が好きそう、と美晴は思っていたので意外だった。

「でも両親が、私をここに連れてきたがるの。なぜなら大好きだった兄の骨が散骨してあるからよ。この湖に」

「えっ?」

「違法かどうかはさておき、兄の骨を少し持ち出して、ボートに乗って湖の深いところまで行って、湖上から撒いたの。湖は対流しているから、きっと骨もぐるぐる湖を巡っているでしょうね」

「それ、お兄さんはいくつで亡くなったの?」

 黙って聞いていた安積は口を挟んだ。キノコを探す手が止まっている。

「兄は十歳で亡くなったわ。夜、布団の中で、私と話していて突然。急性心不全とか、一応の名前はつけられたけど、つまり原因不明の突然死。それで、兄と最後に交わした会話はなんだったかというと……はっきり覚えているわ。『パパとママは僕を監視しているんだ。大人たちは大人の都合で物事を決める。僕たちは支配されてるんだ。僕は明日、この家を出ようと思っている。一緒に来るか』って本当に真剣にそう言った。ちょっとませた子供だったからね。その言葉を最後に突然黙り込んで、私が話しかけても答えなかったから、てっきり寝たのかと思っていたの。死んでいたんだけどね」

 正子はなんでもないように続ける。

「そして、私の両親は兄の最後の言葉を聞きたがった。私は嘘をついた。兄が本当に言ったことを答えられるわけがないでしょう。他愛もない家族についての思い出話をしていた、と伝えたわ。兄が楽しい気分のまま死ねてよかった、両親はそう言って涙を流した。そんなの嘘よ。私は今も嘘をつき続けている。両親の心は浮かばれたかもしれないけど、私はどうすればいいのかしら? 私の気持ちはどこへやればいいの? だから、キノコを見つめていて、誰もいない楢内湖に飛ばされた時、やっと一人で紅葉を思いっきり眺めることができてーー私の瞳はやっと涙を流したの」

 安積と美晴は無言だった。美晴は急に、この場が特別な熱を帯びたように感じた。本当の正子はこれだったのだ。キノコを見てはしゃぐ、その底の部分は悲しみで満たされていた。美晴は涙こそ出なかった。出なかったけれど、深く共感していた。そして、おそらく、次は私の番だ。美晴はわざとらしくしゃがみ込んで、キノコを探した。話しかけられまいとするように。

「きっと、ずっと一人で悩んでたんだね」

 安積がボソリと呟く。

「悩んでたんじゃないわ。ずっと悩んでる。早く大人になりたいわ。悩まないようになりたい」

「ごめんね。三十路近くてもまだ悩んでるよ」

 正子はクスッと笑った。気が抜けた、というような笑顔だった。

「皆さん、聞いてくれてありがとう。本当にこの話、私初めて他人にしたのよ。キノコが見つかるまでの関係だからかしら」

「あとぐされないもんね〜」

「そうね。時にはそういう関係も便利だわ。で、どう? 須賀野さんは何か言っておきたいことはない?」

 美晴は空気を求めるように口をパクパク動かして、

「私は……中学生の時、学校から家に帰ると、弟が玄関口に立っていて……カッターナイフを握っているのが見えて……それには赤い血がついていて……」

 我ながらたどたどしい、美晴は思った。思わず二人の表情を窺うが、特に変化はない。最後まで静かに聞いてくれる、美晴はそう信じた。二人なら。

「それで……弟はカッターナイフをさっと隠したんです。それで、何も聞いちゃいけない気がして……。

 でも、その日の夜、弟の部屋の机の上に、扉を開けるとすぐそこにあるんです、その机。その机の上に。昨日亡くなった飼い猫のマロの、純金の首輪が置いてあったんです。それ、死んだマロと一緒に土に埋めたはずのものなんです。首輪はマロが小さい時につけたもので、金具が壊れていて簡単には取り外せないんです。だから、母と私で、マロの亡骸(なきがら)と一緒に庭の楓の木の根元に埋めたんです。それが、どうして弟の机の上にあるんだろうって」

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