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紅彩の瞳  作者: 王理友恵
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8

 美晴と安積は目を合わせる。お互いの目に不安が過ったのが分かった。

「ちょっと、そのタマゴタケはキープしておいて……一応、最後に、僕のカエンタケ探しをお願いしたいな。人数は多い方がいい」

「ああ、それもそうね。もちろんよ。とりあえずこれ、取っていくわ」

 正子はタマゴタケを根本からもぎって顔の前で振った。艶々と雨に光る赤い傘を見つめていると、不思議な気分になってくる。こんな赤が自然にあるのは奇跡だ、と唐突に美晴の胸のうちに声が降ってくる。タマゴタケの赤も、ドクベニタケの赤も、おそらくカエンタケの赤も。血液のように。脈を打って。赤い。赤い……。修二の握るカッターには血が付いていた。

「須賀野さん?」

 美晴はハッとして、笑顔を作った。

「いえ、ぼうっとして、すみません」

 私の家族がそんなわけがない。でも信じられない。

 正子はじっとこちらを見ていた。

「ここらならありそうだね、カエンタケ」

「ええ、そうね。ところで、安積くん。さっきの話の続きを聞かせてくれない。BGM代わりにするわ」

 キノコ探しの時も、ツェルトの中でも、二人は何か話していた。その続きだろうか。美晴はまた気まずくなった。遠くへ行って探そうか。

「え? いいけど……こんな話聞いても面白くないと思うけどなぁ」

「いいのよ、BGMだからね」

「あの、私……」

「須賀野さんもいていいのよ。黙ってキノコを探すのも大分飽きてきたでしょう。ここらで、というか、最後に、お互いのことを話してみるのもいいかと思ってね」

「じゃあ、まず言うと、僕がはぐれた女の人ーーパートナーは彼女でも奥さんでもないんだ。よくある話だけど、彼女にはちゃんと家庭がある。最低って思うかもしれないけど、僕が勝手に恋してるだけ。彼女は大学で知り合った、ただの登山仲間」

 美晴はびっくりした。高校一年生になったばかりで、何かにつけて奥手気味の美晴には、かなり刺激が強い話だった。

「片想いして、もう五年になる。馬鹿らしくなってくるかと思いきや、想いはなかなか消えなくてねぇ。彼女の仕事の休みに合わせて、登山ルートをあれこれ考えては悦に浸り、彼女の元へ飛んでいく……インドア派の彼女の夫はどう思っているのか、実はずっと怖かった。で、ある時決定的なことが起こっちゃってね」

「修羅場かしら」

「うーん。というより、彼女の夫が、急に『山でのトイレはどうするんだ』って僕にメールしてきたんだよ」

「メールアドレスを知ってるなんて複雑だわ」

「で、僕が『大は穴を掘って埋めます。小はそのへんでします。』って普通に答えたんだよ。そしたら、逆鱗に触れちゃったみたいで。『俺の妻に何をさせるんだ! ふざけるな!』って本当に急に切れたメール文が送られてきたから仰天。いや、じゃあ何、携帯トイレでも持参させるの? ……って思って、ハッとしたんだ。多分これは、彼女の夫なりの抗議文だったんだって。それから僕に忸怩(じくじ)たる思いが疼いてね、どうも、こんなやつに凛子さんを預けて置くわけにはいかないな、と」

「論理の飛躍ね」

「でも、そんなもんじゃないかなぁ。恋って変なところにスイッチがあって、勝手に電気が付いちゃうみたいな、そんな感じだよ。だから、まあ、今は凛子さんを洗脳している最中なんだ。インドアの〝ヤツ”では、狭い狭い人間界の常識に囚われたままだよ、もっと広い世界に連れ出して行けるのは僕なんだよ、ってね。以上、三十路手前だからまだ時間はあると思っている久嗣でした」

 安積は吐き出すように言葉を連ねた。美晴は何度も目を丸くした。大人の世界を垣間見た気分だった。

「と、いうわけだから、確実に帰らないと困るんだ。よかったよ、一人じゃなくて」

 美晴にはそれが、よかった鷲峰さんがいて、というふうにしか聞こえなかった。自分は数のうちではないだろうと。

「鷲峰さんには感謝してるよ、もちろん。でも、須賀野さんがいてくれてホッとしたよ。一緒に不安になってくれる人は絶対必要だから」

 美晴は驚いた。私が必要? 私が? 思わず首を振ってしまう。そんなふうに他人に思われたことはおそらく一度もないのではないか。美晴は両手を組み合わせた。そうしないと震えてしまいそうだった。

「ほら。特に内容のない独白文だったろ。さて、じゃ、次は鷲峰さんが話しなよ」

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