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紅彩の瞳  作者: 王理友恵
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7

「自分が見たキノコを食べると元の地上に戻れる。それもきっと一瞬で。多分、口にキノコを含んだその瞬間には元に戻ってるんじゃないかな。鷲峰さんが中学生の時食べた黄色いキノコが無味無臭だったって言ってたから、もしかしたらそういうことなんじゃないかと思って。つまり多分、僕はカエンタケを食べても、何の問題もない! 以上。杜撰(ずさん)だけど証明終了。でも」

 美晴は次の言葉を予想できた。

「これがたちの悪い悪戯なら、笑い事では済まないね」

 正子はグーっと伸びをして息をついた。

「二回目に飛ばされた時見ていたのは真っ白なキノコだった。天使の羽みたいな色をしていたわ。私はそれを齧って両親の元に戻った。あとで図鑑を見てみたら、どうもあの白いキノコは猛毒のドクツルタケだったかもしれない、と思うようになったの。でも記憶が定かでなかったから、確信は持てなかった。今安積くんの話を聞いて、おそらくそれが正解じゃないかって思ってる。体が毒を感じる前に元に戻れるのね」

 正子は指を振った。

「一つだけ、悪戯かどうか判定する手段があるわ。私がタマゴタケを口に含んだ瞬間消えて行くのを見届ければいいのよ。どうかしら?」

「なるほど、順番の話か。そうだね、確かに」

「あの、じゃあ……」

「鷲峰さんも、疑いがあるなら今はやめておいていいわ。まず、私のタマゴタケを探しましょう」

 三人の意見が一致したところで、上空からポツリと雨が降ってきた。雨は見る間に大粒になっていく。

「あちゃー、一雨来たか。ちょっと今ツェルト出すから待っててね」

 安積は自分のリュックに取り付くと、巾着に入ったツェルトを取り出し設営し始めた。

急拵え(きゅうごしら)だし、狭いけど……」

「あっ、私、折り畳み傘持ってます」

 美晴が言うと「そっちの方がいいかもね」と返事があった。ツェルトに身を寄せ合った正子と安積を見てから、美晴は視線を楢内湖に向けた。いつの間にか黒い雲が湖を覆っていた。湖は空を反射して灰色に沈んでいる。ざざざざ、と風が吹くたび水面がのたうった。二人が何か言い合っているのが見えたが、もはや聞こえなかった。美晴は、家族たちがいる地上では、天気はいいのだろうか、と考えた。考えても仕方のないことなのだろうか。迷っているのは美晴たちだけで、家族の方には正しい時間が流れているのだろうか。だとしたら、この時間は何……? 美晴は虚無感に囚われる。家族を想う。想う、という言い方は強すぎて、美晴らしくはなかったけれど。あの紅葉に見惚れた数時間前がずっと遠くに行ってしまった気がした。お父さん、ママ、修二。修二……。美晴は目を瞑った。瞼に雨粒が数粒落ちた。口をぽっかり開け、垂れてくる雨粒を飲み込む。そうだ、トイレに行きたい。どうしよう。

 十五分もすると、次第に雨足は弱まってきた。ツェルトから二人がのそのそと出てきた。美晴は羞恥心を抑えてトイレに行きたい旨を告げた。森の丘のようになったところの裏側に行って用を足す。これが明日も続いたら嫌だな、と思った。なんとしてでも今日中に帰らないと。そのためにはタマゴタケを見つけるしかない。

「雨上がりの森は艶々してていいね〜」

 安積が呑気に言う。美晴は夢中でタマゴタケを探した。一応三人で探す場所はなんとなく分けていたが、そろそろもっと遠くを探すべきではないか、という話になった。

「じゃあ、あの標識まで行きますか」

「こんなに見つからないのは初めてだわ」

 正子は自信なげに呟いた。

 問題の標識は「あと10年」という文字のままだった。安積はまた思案げな表情をした。

「これさ、思うに、キノコの足で街まであと10年ってことじゃないかな。なんて……」

「あら! そうよ。なんで気づかなかったのかしら。キノコの足! それだわ!」

「いや、キノコ足ないけどね……」

 正子が束の間当初の明るさを取り戻して、美晴は少し嬉しくなった。三人は標識の周りを木の棒で、あるいは自分の足で探し回った。すると、積もった色とりどりの落ち葉の下から、それは見つかった。

「わあ、真っ赤ですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫。私でも分かるわ。傘の裏は真っ黄色でしょ、ほら。これがタマゴタケ。じゃあお二人とも、この後は大丈夫かしら? 二人でどうにかできる?」

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