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紅彩の瞳  作者: 王理友恵
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6

「三時……」

 美晴はまた焦ってくる。ここでこうしていていいのだろうか、という思いが込み上げてくる。すると、その様子を見ていた安積が話しかけてきた。

「須賀野さんって何歳なの?」

「あ、十六です」

「若いね〜。今日一日二日は僕の荷物で何とかなるから、あまり深刻にならなくても大丈夫だよ」

「あ、ありがとうございます」

 気を使ってくれたと気づいて、美晴はびっくりしたあと、やっぱり大人だなぁ、と思った。肝心の年齢は聞き返さず仕舞いだったが。

「あら、安積くん、用意がいいのね。楢内山を登るにしては、なかなかの重装備だとは思ったけど」

「あ〜、あれね、体を鍛えるために無駄なもんいっぱい詰まってんだ。本当は今シーズンは雪山を登るつもりでね。そのトレーニング」

 安積が自分が背負ってきたリュックサックに目をやって答える。

「でも」と安積が続ける。

「肝心のパートナーがいなくなってしまったものだからなぁ……何とか再会しないと」

「パートナーって、彼女かしら?」

「彼女って言い方は微妙に正しくないね」

「じゃ、奥さん」

「それも微妙だな」

 何やら問答が始まったぞ、と美晴はじっと聞いていた。二人ともキノコ探しに飽きて喋りたいみたいだった。それでも美晴はじっと耳を傾けるだけで、口を挟むことはできなかった。聞きたいことはいくらでもある。でも、自分たちは偶然会って、上手くいけば、今日でお終いの関係なのだ。気になるけど、そんなことより帰りたい。

 同じ落とし穴に嵌った三人……何か意味が……。おそらく、ない、と美晴も思う。人が何人いても、自分はいつも一人なのだ。こんなふうに自然と取り残される。美晴は一人キノコ探しを再開した。今度は森の少し奥の方へ向かった。歩いて行くと巨大な水溜りがあり、その周辺に朽ちて苔むした木が並んでいる。周囲には楢や樫の木が生えている。その一帯が揺れる木漏れ日に照らされる。幻想的な風景だった。美晴は水溜りに近づいて、水面に顔を寄せた。澄んだ水だ。底に溜まった茶色い枯れ葉。黒い粒のような水生昆虫。水の(あぶく)が浮かび上がってきて、美晴はそれをじっと見つめた。いくつもいくつも。何かいるのかな……と興味津々に覗いていると。

「須賀野さん!」

 正子が慌てたように駆けてきた。心配されるのは余計窮屈だからやめてほしい、と思っていると、

「あったわよ! ドクベニタケ」

「えっ?」

 美晴は拍子抜けしてしまった。

 慌てて二人でそのドクベニタケの元に向かう。

「って言っても、正直ドクベニタケって識別が難しいのね。だから、あなたが見つけたのがこの〝ドクベニタケ”か、確証はないんだけど……。先に言っておけばよかったんだけどね。あまり不安にさせるのもどうかと思ったものだから」

 そのキノコは楢内山の入山口を少し外れた場所に生えていた。傘が赤く、柄は白い。傘は3センチくらいで小ぶりなキノコが、積み重なった枯れ枝の下にひっそり生えていた。

「この図鑑によると……毒はあるわ。だけど、少量なら口に含んだ人もいて、辛みがあるということも分かってる」

 いつの間にか安積も近くにいて、思案に耽っているようだった。

「食べる?」

 正子が言った。美晴は躊躇していた。これを食べれば、戻れるかもしれない。でも毒がある。もしかしたら、全部嘘で、ただ苦しむだけかもしれない。それを見て正子が笑う、とか……だけどそれは、自分のイメージする正子ではやはりなかった。

「あのー、ちょっと前提の話をさせてもらっていいかな」

 黙っていた安積が組んでいた腕を解く。

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