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正子は一度空を見て、美晴に向き直った。
「それでも、分からないことはまだまだあるわ。はぐれた後の家族はどうしているか、という質問だけど、現実に戻って喋ってみたら、何事もないようだった、という他ないわね。私がいなくなる寸前の状態で、何ら変わることなく、戻っていたわよ」
「あの、つまり」
声を上げたのは安積だった。
「何?」
「いやーー、何だろ、僕たちは一緒にキノコの作った落とし穴に嵌っちゃったって言い方もできる、のかな? つまりーー」
「キノコの落とし穴。なるほど、飛ばされるよりイメージが湧きやすいかもね。私たちはキノコを見ていたところ、足元の落とし穴に嵌ってしまった。その穴は地上と違う時間が流れる世界で、キノコを見つけて食べると、地上に戻され、家族たちはついさっき別れたかのように話しかけてくる。我ながら脈絡はないけど、この方が分かりやすいかもね」
「それで、一緒に、ってことに、何か意味があったりは?」
「そうね、確かに複数人いるのは初めてよ。まあ大方偶然だと思うわ。見たところ共通項もキノコを見ていた以外なさそうだしね」
安積は何か考えているふうだった。「何かあってもいい気がする……」という呟きが聞こえた。
「さて、じゃあそろそろ探しましょうか。キノコは土に生えるもの、木に生えるものがあって、ドクベニタケは土に生えているし、色も派手だから、まあ一時間もせずに見つかるでしょうね。紅葉の落ち葉に紛れて少し見つけにくいかもしれないけど。木の棒でも持って、ガサガサと木の根元を中心にして周囲を探すの。これは自己流なんだけどね」
美晴は早速落ちていた木の棒を握った。キノコ捜索の始まりである。安積はリュックに携帯していたストックを使うようだ。
「あっ、そういえば……安積さんは、そのカエンタケ? を見つけるんでしょうけど、鷲峰さんは何のキノコを?」
「ああ……タマゴタケよ。知ってる? 昔煮付けで食べたことがあってね、かなり美味しい食用キノコ。見た目は有名な赤に白の水玉キノコ、ベニテングタケのボツボツがないバージョン。それが、こんなところにあったものだから、つい見とれてしまったのよ。学習能力がないというか、半分こうなることを期待していたというか」
「期待……?」
美晴は戸惑っていた。正子は何か話したがっているように感じたのだが、知り合って一時間もない赤の他人に打ち明ける話はない、といったような毅然としたものも感じた。
「おかしな話なんだけど、時々戻ってきたくなるのよ。この紅葉の森の、誰もいない深閑とした世界に。何か一人で考え事をしたい時なんかピッタリね。そんなふうに考えること自体、キノコの魔法にやられてるのかもね」
「あー! なんかあったよ! お二人さん!」
安積が足元を指差している。二人で近づいていくと、確かに茶色くて大きなキノコがあった。
「これ、カエンタケ、ですか?」
美晴がおずおずと言うと、正子は首を振った。
「カエンタケって赤くて炎みたいな形なの。これは色と形からして全くの別物だわ。肉厚で、イグチの仲間であることは分かるんだけど、何かしら……図鑑を見ても多すぎて分からないのよね。ごめんなさいね、キノコ識別のプロってわけではないの」
流石に安積もカエンタケでないのは承知の上で呼んだらしい。安積は言った。
「例えばだけどさ、こういう色、見た目は似ていても別種のキノコって結構あるわけじゃない。自分を落とし穴に落としたキノコと同じ種を口に含まなければいけないわけだよね、もちろん。そうすると間違えるたび違うキノコを食べなくちゃいけなくなって……それって色々とやばくない?」
ところが急に正子の動きが止まった。
「そりゃ……そうなんだけど。私、過去に二度とも、時間はともあれ簡単には見つかったから、何となく、そこまで難易度を要求するものではないと感じているの。探せばどこかにはある、っていう印象よ」
「うーん。キノコの世界はメルヘンだなぁ」
安積は空を仰いで唸った。この世界にルールがあると言ったのは正子だが、そのルールもそこまで雁字搦めのものではないらしい。
そこからしばらく各々キノコ探しをした。時々新たなキノコが見つかることがあったが、図鑑と照らし合わせて、目的のキノコではないと判明することを繰り返した。
「もう三時か」




