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紅彩の瞳  作者: 王理友恵
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「とりあえず、自己紹介しとくと、僕は安積(あづみ)久嗣(ひさし)っていいます。よろしく」

 安積は美晴が正子にされた説明のようなものを、黙り込んだまま聞いていた。曰く、キノコが私たちを飛ばした。この森からは自分を飛ばしたキノコを見つけ出さないと出られない。キノコは平気で人を化かす。そして、美晴も知らない重大事項が明かされた。

「見つけたキノコは、少し口に含まなければ元の場所に戻れない」

 黙って聞いていた安積は唖然とした表情をした。むしろ、引っかかるのはそこだけかい、と美晴は思った。だが、それはかなりの重大事項であることは間違いない。だって、あんな赤いキノコ、絶対毒キノコじゃん、と美晴は思った。というか、ドクベニタケって言ってたよなぁ、やっぱ毒じゃん。ああ、どうすればいいんだろう。いやいや、いつの間にか引っ張られてるぞ、私。美晴は一人悶々としていた。

「それ……困るな」

「そうね。あなたはちょっとまずいかもね」

 美晴は、対峙する正子と安積を見た。正子はまずいと言いながらも何だか目がキラキラしているような気がする。

「まあ、せいぜい頑張りましょ。大丈夫よ。道は必ずあるから。キノコは案外フェアなのよ」

 無責任な言い回しとは思うが、正子自身、肩の力が抜けているというか、ただ楽天的な性格なのか、こちらに深刻さを感じさせない。

「あっ、そういえば、鷲峰さん……」

 美晴も思わず人見知りを忘れて、自分から正子に話しかけた。

「あの、さっき何か言いかけませんでしたか」

「えっ、何だったかしら」

 正子は考える素振りを見せたが、思い出せないようだった。美晴もそれ以上聞かなかった。安積が手をぱんと叩いた。

「じゃっ、まあ、キノコを探しといきたいところだけど、その前に飯食いません? お腹空いちゃって」

「あら、まだ食べてないのね」

 美晴はこっそり時計を見た。十三時二十分。時計を見て、再び焦ってくる。そうだーー、美晴は顔を上げた。

「鷲峰さん、もしかして、あの、こういうの、初めてじゃないんですね?」

 正子はショルダーバッグからカロリーメイトを取り出して齧っていた。

「え? そうだけど。ああ! そういえば、その話をしようと思っていたのよ。思い出したわ」

「そ、その、知りたいんですけど、はぐれた家族ってどうなってるんですか? どこにいるんでしょう」

 正子はカロリーメイトを袋に戻すと、少し咀嚼(そしゃく)してから言った。

「まずは一連の話をしないとね。安積くんもまあ食べながら聞いてちょうだい」

「あい〜」と座ってコンビニのサラダを食べている安積が言った。どう見ても自分たちより年上なのだが、正子の口調は自然体だった。

「まず、私が最初にキノコに飛ばされたのは、中学一年生の秋だったわ。家族とこの楢内湖に紅葉狩りに。すると、朽木に黄色いキノコが並んでいるのを見つけたのね。私はしばらくそのキノコに気を取られていたわ。その黄色が何ともいえず鮮やかでね。昨日雨が降ったから、余計だったのかしら。そして、振り向いて家族を呼ぼうとした時にはもう、そこには誰もいなくてねーー」

 美晴は全く一緒だ、と思った。きっと嘘ではない、とも思った。

「丸一日はそこにいたかしら。でも、もう心細くなってね、助けを求めに街の方へ行こうと思ったの。そしたら、標識にーー」

「あと10年……」 

 美晴が呟いた。

「そ。あと10年って書いてあった。だからって私、諦めたわけじゃなくて、どんどん進んでいったのよ。でも何もなかったし、どこにも辿り着けなくて、結局音を上げて、道端の丸太に座り込んだのよ。そしたら、あの黄色いキノコがあるじゃない。てらてらと輝いていて。私、本当はもう死んでしまおうか、と思って」

 美晴はギョッとした。〝死”という単語を、真実味を持って語る若年層はそう多くない。それが、この正子の口から飛び出したことに尋常でない何かを感じた。この人は、見た目や話ぶりから想像するような人ではないのかもしれない。

「それで、それを口に含んで、ぎゅっと目を(つむ)ったの。死を覚悟してね。口の中のキノコは無味無臭だったわ。私は、何も起こらないことに失望も安堵もし、目を開けたの。そうしたら、楢内湖の湖畔に戻っていたのよね。私はビックリして、辺りを見回した。そこには、父も母もいたわ。二人とも屈託なく笑っていてね。私はほっとして、でもこの出来事を深く考えるようになったの。その後もう一度飛ばされたことがあるんだけど、その間に何となく、この紅葉の森のルールを考えるようになった。キノコは人間を恐れて遠くの世界に飛ばしてしまう。その帰り道の切符を握るのもまたキノコなのよ」

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