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安積は手袋を嵌めて慎重にカエンタケを採取した。三人は薄暗い森を出て、楢内湖の湖畔に出た。ビニールシートの上には、ドクベニタケ、タマゴタケ、カエンタケが並んでいる。
「ドクベニタケは確証が持てないから、まず、私がタマゴタケを食べて、次に須賀野さんがドクベニタケを食べてちょうだい。それで戻れなかったら、再度、安積くんと須賀野さんはドクベニタケを探す。この段取りでいいわよね?」
「問答無用だなぁ。もちろん、須賀野さんを見捨てたりしないさ」
「でもきっと大丈夫よ。キノコは、思慮深いの」
「フェアだったり思慮深かったり、キノコは忙しいね」
「あなた結構うるさいわね」
美晴はクスッと笑った。いつの間にか笑えるようになっていた。こんなふうに赤の他人と濃密な時間を過ごしたことは今までなかった。そしてーー少しだけ、別れたくないと思っている。家族のもとに、今度こそ笑顔で帰れる。でも、なぜか、二人と離れるのは寂しい。
「さて、じゃあ。これで今生のお別れというやつね。お元気で。二人が今後どうなるのか知りたいけど、きっと明るい未来だと思うわ。では、いただきます」
正子は潔く、タマゴタケの赤い傘を少し千切って口に放り込んだ。
安積が緊張しているのが分かる。
すると、正子がパッと消えた。ポトリと、正子がいたはずの足元にタマゴタケのかけらが落ちた。
安積は頷く。
「本当に本当だったんだなぁ」
「こんなことが、あるんですね……」
安積は笑った。美晴も笑った。
「ちょっと半信半疑だったよね。鷲峰さんキャラクター濃いから、なんか胡散臭かったし」
「鷲峰さんじゃなくても、キノコが魔法を使う云々の話は信じ難いと思います」
「元気になったね、須賀野さん……それじゃ、次は須賀野さんだ」
「……はい」
美晴はドクベニタケを掴んで、かけらをむしる。それを口に放り込む。目をぎゅっと瞑る。さようならを言うべきか、でも、これがドクベニタケじゃなかったら戻れないし気まずくなるかな? きっと自分はとてもアホなことを考えている、と思う。そして、目を開けた時。
目の前に、名前をすでに知っている赤いドクベニタケがあった。そして、振り返る。天は高く、真っ青な秋空。湖畔は穏やかに揺らいでいる。その湖を見つめて談笑する、美晴の家族。安雄はフィルムカメラを片手に、何やら愁子に話している。修二がこちらを振り向いて、近づいてくる。
「姉上、何見てんの!?」
美晴は笑う。
「ドクベニタケっていうキノコ。知らないの?」
「ドク? 毒じゃん! すげ〜」
「しかも、このキノコ、魔法を使うんだよ」
まほー? と修二は流石に首を傾げる。
美晴は黙って湖畔に目を向けた。色とりどりの木々、その落ち葉、流され、揺られ、一つになり、バラバラになる。そしてまた波に寄せられ集まり、色彩は光を放つ。真っ赤な楓の葉が一枚、美晴の目の前に降ってきた。傷ついた葉だった。美晴はそれを拾い上げ、リュックからメモ帳を取り出して挟んだ。顔を上げる。
湖の対岸の山には、赤、オレンジ、黄色の塊がポツポツと並んで、この世界を賑やかに彩っている。
美晴は目を細める。瞳には燃えるような秋が映っている。




