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怪我のない手に巻く包帯

作者: 真央

 これは昨年の話だ。


 夏になると色んなフェスが開催されると思う。普段より、種類も規模も多く大きくなる。

 盛り上がる都会から離れ、私は地元に帰ることにした。久々の帰郷だった。


 そこで小さなフェスがあると耳にし、初めて行ってみることにした。


 その存在を知らなかったのは、小規模だったことが大きい。

 近くには、世界大会が行われる大きな公園もあるのに、行われていたのは小さな公園で、広報もされていなかったのだ。


 店のほとんどは、色んな障害者学校に通う生徒達によって運営されていた。

 手作りの陶器やアクセサリーも並ぶが、生徒達も回って楽しめるように的あてなど遊ぶものも多かった。


 食べ物屋もあり、大体20店くらいが出ていた。

 身内や近所の人達の極々、限られた人だけが知っているようだった。


 そのフェスに、おばあちゃん達が立って何かをやっていた。署名運動のようだった。

 署名運動は、名前や住所を書くもので、個人情報の流出が気になる私には無縁のものだった。


 素通りしようと横切ると、聞き馴染みのある学校名が出て、足が止まった。

 自分の出身中学校をおばあちゃん達が、声に出していたのだ。


 足が止まった私に、一人のおばあちゃんが笑って近づいて来た。


「お時間よろしいかしら?」

 おっとりした物言いに、

「はい」と頷いた。

「出身中学校の名前で」そう言うと、

「まあ!」と声を上げた。


 話を聞くと、現在使われている夜間中学校の利用廃止をやめてもらうための署名運動なのよと寂しそうに微笑んだ。


 私が、通っていた頃には既に夜間中学校として使われていた。そうか、なくなるのかと思った。


「それは寂しいですね」

「ええ、そうなの。考え直してもらえないかと思って……」


 おばあちゃん自身は、数年前に卒業しているが、少しでも力になれればと在校生の活動に協力しているそうだ。ここが使えなくなると遠くに通わないといけなくなり、通えない人が出る。


 お年を考えると、それもそうかと唸る。電車で通えない人もいるだろう。健常者とも限らない。夜間に杖をついて歩けというのもな。


「私ね、字が書けなかったのよ」


 書けるようになったのは、最近だそうだ。話してくれることをウンウンと聞く。


「今更学校に通ってどうするの?って思うでしょ? 戦争があって生きるのに必死で、学べるようになったのは少し前なのよ」

「うん」

「自分の名前がね、書けないの。だから、区役所でね、代筆を頼むの。恥ずかしいから手を怪我したふりをするのよ」


 この手ですから書けませんと、包帯を巻いて行く。そう申し出て代筆を頼むのだという。


 情けなくて、悲しくて、やっぱり勉強をしたいって思って、夜間中学校に通ったの。


 そう聞き、切なくなった。


 戦争から何十年経った?

 この人たちにとっては、未だに日常に影を落としている。


 何だか、漏れるかどうかすら分からない個人情報のことを考える自分が嫌いになりそうだった。


「なくならないといいですね。私も署名をします」

「本当!? ありがとう」


 若い人が署名をしてくれると、喜ばれ、おばあちゃん達に囲まれた。




 あなたは、私を単純だと笑う人だろうか。

 それとも、この話を知れて良かったと思う人だろうか。署名運動の在り方について考える人だろうか。

 色んな人がいると思う。


 今年、スマホのニュース欄に、今年度廃止される予定だった夜間中学校の校舎が後3年使われることになったと書かれていた。3年後は一つの校舎になるらしいが、現在の在校生はそのまま通って卒業できるとあった。


 ニュースにしては、短い文章だったが、署名をした自分にとっては、大きな嬉しいニュースとなった。


ただただ、おめでとうと言いたかったです。

笑顔が素敵な人だったので。

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― 新着の感想 ―
[一言] 投稿ありがとうございました
[一言] タイトルから、なんちゃって怪我の包帯かと思いました いろいろ考えるエピソードですね (;^ω^)
[良い点] 存続してくれて良かったです。 作者さんが話に耳を傾けてくれたこと。そして署名までしてくれたこと。 お婆さんはとても嬉しかったと思います。 私も嬉しい気持ちになりました。 ありがとうございま…
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