母との再会
母が屋敷に戻された。その報せを聞き、僕は仕事どころではない。というか、仕事、まだ引継ぎする前だったので、帰った。
屋敷では、母を迎えてあわただしくなっていた。何か、空気が悪いような気がする。
父上が先に来て、母がいるだろう部屋の前で待っていた。
「アラン、待て、話がある」
「後で聞きます」
僕はやっと助けられた母に、はやく会いたくて、部屋に入る。
随分と老けたな、とは思う。それでも、綺麗だった。あの皇族の末席は、母をどんなふうに扱ったのかは、見た限りではわからない。
「はは、………」
母上、と呼ぶには、過去の自分と齟齬があることに気づいた。仕方なく、ゆっくりと母に歩み寄る。
母は、窓の外を見ながら、不細工な人形を撫でていた。母が作ったのだろう。母は、不器用だった。
僕が傍に立つと、母は驚いて、そして、微笑んだ。成長しても、わかるもんだな、と感動した。
「アルロ、見てください、アランですよ」
母は、あの不細工な人形を大事そうになでながら、僕にいう。
これだけで、父上が何を話そうとしたのか、わかった。そして、諦めた。
そうか、僕は、実の父と瓜二つか。
あの皇族の末席が、僕を見て睨んだのは、父と瓜二つだったからだろう。そこから、僕が母の子どもと勘ぐったのかもしれない。
僕は、母の横に跪き、あの不細工な人形を撫でた。
「元気な男の子だね、ナターシャ」
それから、三文芝居にならないように、実の父・アルロの情報を集めさせた。僕が生まれる前に死んだ男だが、親しい友人もいたようで、それなりに集まり、無難に母を満足させられるようにはなった。
しかし、困ったのは、母ナターシャは、女だということだ。
いつものように、不細工な人形を誉めて、会話をあわせていると、母は僕をじっと見上げた。
「アルロ、アランも一人では可哀想ですから、妹か弟を作ったほうが………」
頬を染めていう母。僕は笑顔のまま固まる。え、こんな時でも子作りのこと口に出来ちゃうの!?
「もう少し、一人にしてあげよう。二人目は、君の体が落ち着いてからだ。ほら、最近も熱が出ただろう」
出た出た。体も精神も弱っているから、発熱するする。
「ごめんなさい、私が弱くて。アルロは、その、したいでしょ?」
「………君の体のほうが大事だよ。さあさあ、今日もゆっくり寝なさい」
僕はその話をぶった切って、母を無理矢理、ベッドに寝かせた。
これは困ったことになった、ということで、相談したのだが。
「ライオネル様はいらない」
何故か、ライオネル様がいる。もう、僕はこの人に敬意は持たない。
「ワシだけでは、解決するのは難しい話じゃ」
話す人、選んでください父上! むちゃくちゃ面白がってるでしょ、この親父!!
「大家族だけど、こんな重い話は、相談に乗れないな」
「いてくれるだけでいいです。お願いです、置いてかないでください!」
道連れは、もちろん、ザガン兄上。ダメ、父上とライオネル様と三人は、絶対にダメ!!
場所は、歴代の筆頭魔法使いが使う屋敷の地下である。この地下、王城にも繋がっていたりする。
うかつな所で話すわけにもいかず、ここにしたのだが、ライオネル様まで来た。仕事しろよ、仕事!
「そうか、子作りか。せっかくだから、教えてもらえ」
本当に、このクソ皇帝、腐ってるよね。捨てた倫理観、取り戻してこい!
「いやだよ! なんで実の母親で初体験しなきゃいけないんだ!!」
「え、まだなの?」
ザガン兄上はびっくりだ。
「そうだよなー、あんなにサマンサといい感じだったのに、手を出さなかったからな」
「それもこれも、ワシがアランに悪い遊びを教えなかったからじゃな」
「古傷抉るのはやめてぇ!!」
サマンサの話はやめてほしい。だいたい、付き合ってもいないし、家族扱いだよ!!
「なぁんだ、やっぱり、お前、サマンサのことが好きだったのか」
「その話はいいでしょ! 母上のことですよ、今は!!」
「それで、サマンサちゃんとはどうしてたの?」
「何もありませんよ! やめてください、サマンサの話は!!」
「私としては、気になるなー。皇帝のお手付きのお前が、どんな甘酸っぱい恋していたか、とぉっても気になる」
「それ以前で、筆頭魔法使いになったんですよ。はい、終わり!」
ライオネル様に言えるようなこと、本当にない。さりげなく命令しているけど、出てこないよ、何も!
本当に何もないとわかって、つまらなそうにするライオネル様。帰れ!
「誤魔化して、もう一体、人形でも与えてはどうだ?」
「あの人形、母上の手作りなんです。下手に与えたら、浮気なんて言われそうで」
「難しいな」
ザガン兄上が、真摯に考えてくれる。やはり、ザガン兄上は頼りになります。
「じゃが、ナターシャは、アルロと子作りしたいんじゃろ」
「よし、してしまえ」
「アンタは帰れ」
不敬罪になってもいいから、この皇帝をどうにかしたい。
「これは、俺が間に入って、親子でやっちゃおう」
「僕の母上に手を出したら、命をかけてでも殺してやる!!」
「え、やめろ! ちょっと興味を持っただけだ!!」
普段は鍛錬しか使わない剣を抜きはなって、あの倫理観ゼロの皇帝に刃を向ける。魔法は封じられるが、この武器なら、痛みに耐えればいける。
「やめろ、アラン様!!」
「落ち着くんじゃ、アラン!!」
ザガン兄上と父上に止められた。
こんな相談をしたが、母上は次の日には、また、もとに戻っていた。同じことを毎日、繰り返しては忘れて、となっているのだろう。杞憂な話で、安心した。
毎日の、この三文芝居も、馴れてきて、僕は心が疲弊してきたのだと思う。母を選んだというのに、僕は満たされない。だけど、この現実から逃げるわけにもいかなかった。
相変わらず、赤ワインで酔わされ、僕はライオネル様に蹂躙された。よくも飽きもしないな、と事後に思う。
「どうして、母を選んだ?」
「また、急に」
終われば、ライオネル様は蜜事を求めた。楽しい話なんて、出てこないってのに。
「僕は育てのクソ親父を殺して、売られた母を見捨てた。また、見捨てるわけにはいかなかった」
「両方を選べただろう。あのサマンサという女も」
「筆頭魔法使いというものは、ライオネル様が想像している以上に重いものです。僕は、魔法使いとしての勉強をして、それがわかっていました。サマンサは、僕とは幸せになれない。だから、選べなかった。結局、逃げたんですよ」
背中の焼き印で苦しんでいたあの頃、自分のことで手一杯だった。どうして、どうして、と苦しんでいるだけで、なんと、サマンサのことも思い出さなかった。こんな薄情な男、誰も幸せに出来ない。
取り戻してみれば、母はおかしくなっていた。そんな結果は、逃げてばかりの僕にはお似合いだ。
「難しいことばかり考えて。もっと頭悪くなれ」
「あなたを相手にしている時は、頭が悪くなっているから、大丈夫ですよ」
この男の前では、いつも、不敬罪なことばかりやって、考えている。