魔法使いの儀式
成人近くになると、父上はよく出かけて、帰ってこない日が多くなった。僕もついて行きたかったが、父上がそれを拒絶した。
「お前には、まだ早い」
「ザガン兄上はいいのに、どうしてですか?」
その事には、ザガン兄からザガン兄上に矯正されていた。ともかく、話し方は厳しく矯正された。もう、貧民の言葉は忘れてしまっていた。
「ザガンは魔法使いだ。お前は、半人前だ」
「いたたた」
鼻をおもいっきり摘ままれる。父上から見れば、僕もザガン兄上も、みんな半人前だろうに。
ザガン兄上も、あまり家に帰らなくなってきた。家の中も、子どもたちは独り立ちしていき、静かになったので、人手とかもいらなくなったからだろう。もともと、魔法使いには、国から住む場所とかそれなりに用意されていると聞いた。
どうやって魔法使いになるのか、実は僕は知らなかった。なんだか、難しい本を読まされ、妖精の使い方を学び、わけのわからない儀式や、席順とか、そういうものを頭に叩きつけられているのに、肝心なところが抜けていた。
ザガン兄上の末の妹サマンサは、僕と歳が近いので、最近は、よく話すようになった。
「アラン様は、すごいですね」
「はははは、慣れだよ、慣れ」
いつもの家の手伝いを妖精にやらせるのを見て、サマンサはいつも誉めてくれる。
「サマンサは、成人したら、どうするの?」
「私は、どこかの下女となって、よい人を探します」
「そうなんだ。みんな、しっかり先を考えてるんだな」
「アラン様だって、魔法使いになるじゃないですか」
「そうなんだけど、どうすればなれるのか、知らないんだ。ザガン兄上は、どうやってなったか知ってる?」
「気づいた時には、魔法使いだったので、知りません」
やはり知らないか。
そんな屈託ない話をして、すぐに手伝いは終わる。洗濯だって、綺麗にたためるところまで出来てしまう。
「アラン様がいなくなると、毎日が、大変になりますね」
「そう簡単にいなくならないよ。あれは……」
あの豪華な馬車がやってきた。父上は、出ていったまま、帰ってきていないので、父上が帰ってきたと思って、走って出迎えに行く。
「父上!」
ところが、馬車の中には誰も乗っていない。
「お迎えにあがりました」
御者がいう。
「あー、誰を?」
「あなたを」
「聞いてない」
「ハガル様がお呼びです」
「聞いてない」
父上は、この家を離れるな、といつも言っていた。実際、僕は、この家に来てから、外の世界に一度も出ていない。
生まれて初めて手に入れた、この穏やかな日々から飛び出す勇気がなかった。だから、父上が呼んでいる、というのに、僕は動けない。
「アラン様、ハガル様がお呼びですって。はやく行かないと」
「聞いてないんだ!」
サマンサが僕を押すが、どうしても動けない。ここにいたい。
サマンサは気づいたのだろう。僕が外の世界を怖がっていることに。
「大丈夫ですよ。帰りを、待っていますから」
安心させるように、肩を優しくたたいてくれる。そうだ、帰ればいいんだ。
簡単なことに気づき、僕は馬車に乗る。
「行ってくるよ」
「待ってます」
そうして、僕はあの温かい平穏を手放すこととなった。
馬車は王城の中へと入っていった。何か、とんでもない所に来てしまった感が強くなる。呼ばれたけど、よく考えれば、服が平民のものだ。
だけど、城に行くなど聞いていない。それどころか、城に着ていくような服など持っていない。
馬車から降りれば、王城の騎士が僕を待っていた。
「こちらに」
僕の前後左右を囲むようにして騎士は歩く。逃げ場がない。一体、どうなっているのかわからず、黙ってついていく。
長い回廊を歩き、奥へと進み、大きな扉の前で、一度、止まる。
「アラン様をお連れしまた!」
様付け!? これは、とんでもないことが起こっている。
妖精の力を使おうとしたが、何かが妨害していて、使えない。たしか、そういうことが出来る道具がある、と父上の本に載っていた。城には、備えられているのだろう。
騎士の帯剣をつい見てしまう。しかし、ここで手を出すのは悪手だ。
覚悟を決めて、開いた扉を騎士とともに入る。
そこには、皇帝がいた。高いところに座り、僕を見下ろす。その近くに、父上がいる。
左右を見渡せば、魔法使いの証とされるローブを着た人たちが大勢立っていた。その中に、ザガン兄上がいた。僕と目があうと、苦し気な顔をした。
「儀式を始めよ!」
皇帝の合図に、僕を囲んでいた騎士が、僕の両腕を拘束し、服を破いた。
「離せ!」
毎日、剣術で鍛えた体でも、本格的に剣術をしている騎士相手では、びくともしない。
抵抗する僕の前に、熱く熱した焼き鏝が持ってこられる。それは、見覚えのある大きさだ。
父上の背中にある、あの火傷の痕と同じだ。
「父上、父上!」
僕は皇帝の横にいる父上を呼ぶ。おかしい。あれは、強い魔法使いの証だ。僕は、強い魔法使いじゃない!!
あんなものを背中に押し当てられたら、苦しいなんてものじゃない。僕があまりにも抵抗するので、騎士四人がかりで、頭を地面に押し付けられる。
「僕じゃない! 違う!!」
何かの間違いだ。あんなものを押し当てられるはずがない!!
僕の拒絶を嘲笑うように、僕の背中に焼き鏝が押し付けられる。
「うああああああああーーーーーーーーー」
頭の中で、何かがカチカチと当てはまるような音がする。背中を通して、何かの術式が、僕の体を駆け巡った。
僕のまわりがゴー!と光り輝き、騎士四人を吹き飛ばした。
自由になったが、僕は動けず、あの冷たい床に倒れた。あまりの痛みに、意識が飛びそうだ。
「儀式は終わった。治療してやれ」
僕の惨状を見た皇帝は、冷たい声を投げかけて、去っていく。
「アラン、アラン!!」
皇帝がいなくなると、父上が僕の名前を呼び、危なげに駆け寄った。
「はやく、冷やしてやれ! アラン、アラン、休もう。誰か! 運んでくれ!!」
父上は僕の手をさすって、声をかけてくれるが、僕の意識はどこか遠くへと飛んでいってしまった。
何度か、意識は戻った。目を覚ますと、父上が僕を心配そうに見ていた。背中がものすごく痛くて、熱も出ていた。
「父上、父上」
「アラン、すまない、すまない」
何故、謝るのだろう。わからない。許さないわけではない。きちんと、話してほしかった。
そういうことを繰り返して、痛みが我慢できるようになった頃、僕は起き上がった。
「無理をするな。もう少し休め」
「教えてください。父上は、何者なのですか」
魔法使いであること以外、僕は父上のことを知らない。ザガン兄上の家族は、父上が何者なのか知っている様子だが、口止めされていたのだろう。
そして、僕は、ザガン兄上の家で生活するようになってから、一度も、外出をしていない。外出したくとも、毎日を忙しくしていたので、外出出来なかったのだが、それは、そうさせていたのだ。
すっかり小さくなった背中を丸める父上。体全体が小さく見えてきた。
「ワシは、お前が知るアラリーラ様の弟子であり、アラリーラ様の唯一の後継者じゃ。帝国の大賢者、それがワシじゃ」
帝国には、魔法使いを束ねる筆頭魔法使いがいる。筆頭魔法使いは一人しかいないが、次代が決まると、賢者となる。大賢者は、賢者の中の最強の魔法使いのことをいう。
帝国には、今、筆頭魔法使いがいない。本来なら、次代が育ってから、賢者になるのだが、あまりにも高齢であるため、筆頭魔法使い不在のまま、父上は賢者となったのだ。ところが、賢者となってからも、筆頭魔法使いになりそうな若手は見つからなかった。仕方なく、父上は筆頭魔法使いの役割を担うこととなり、大賢者となったのだ。
「そんなこと、知らない」
「教えとらん。アランよ、お前が筆頭魔法使いになるとは、誰も思っておらなんだ。だから、言わなかったんじゃ。ところが、お前はワシが与えた課題をどんどんとこなしていく。妖精の使い方も、勉強も、剣術も、全て、こなしてしまったのじゃ」
「あんなこと、誰だって出来るでしょう」
「出来んよ。ザガンだって、出来ん。出来るのは、お前だけじゃ。お前は、選ばれた妖精憑きじゃ」
実感がわかない。それはそうだ。僕は外の世界を知らない。父上は出来て当たり前、みたいにやらせていたから、それをこなしてきた。
「サマンサが、待ってる」
ふと、思い出す。馬車に乗る時、待ってる、といった。帰らないといけない。
「もう、あの家には帰られない」
「約束しました、帰ると」
「お前は、筆頭魔法使いになった。もう、自由ではない」
「父上、帰りましょう」
僕は父上に縋った。ここにいるのはイヤだった。あの温かい場所に帰りたい!
貧民時は、母がいたが、生活は苦しかった。母のぬくもりだけが頼りだったのに、あのクソ親父のせいで、全てを失った。そこから、妖精の導きで、父上に出会い、あの貧民時以上の温もりを与えられた。
「僕には、あれで十分なんです。あれ以上はいらない」
僕の幸せは、ザガン兄上の実家に詰まっていた。あれ以上のものを僕は望んでいなかった。
「母を助けられるぞ」
「………はっ、今更っ」
あれから、どれだけの時が経ったというのだろう。僕はもう、成人間近である。
僕は頭を抱えた。母を助けることと、あのぬるま湯のような幸せを天秤にかけた。どっちが大事かと言われたら………
「母を、助けないと、いけない」
背中の痛みではない、胸を裂くような痛みに、涙が出た。もうすぐ成人間近だというのに、泣いてしまうのは情けない。
どちらが大事か、と問われて、母をとった。
ここまでが、一気更新です。内容が暗いので、一話ずつアップは読んでて痛そうだな、と思って、一気にアップしました。
この先も痛そうな話は、一気にアップしてしまいます。