魔法の修行
熱が下がって、俺は本格的な修行となった。といっても、このザガン兄の実家の手伝いである。
「洗濯、面倒くさい」
「バカもの! 妖精にやらせんかい!!」
「ええー、あれ、難しいのに」
父上は、妖精を使わずに手伝いをすると、杖で叩いてきた。
妖精を使いこなすのは、加減が難しい。ただの洗濯だが、失敗すると、洗濯した物が消滅する。何度かやってしまったが、父上が全て弁償してくれた。
普通に手でやったほうがよいのに、父上は、洗濯を妖精にやらせろ、という。だったら父上がやってみろ、と言えば、瞬間で終わってしまった。
一度見れば、なんとなくこつがつかめるので、二度目からは、父上がやったように、こなしていく。そうして、力加減を覚えていく。
家の掃除もそうだ。埃とりも、妖精にやらせる。雨の日も、容赦なくやらされて、失敗すると、家が水びたしになったことがあった。そこは、父上が後処理をしてくれた。
「ねえ、これ、覚えないといけないの?」
家のことだけでなく、なんと、勉強までさせられる。しかも、何かをさせながらの勉強である。今は、皿洗いをしながら、わけのわからないものを覚えさせられている。
「大切な儀式だ。覚えないといけないよ」
ザガン兄は、優しく指導してくれるが、これ、集中力が足りない。皿洗いはいらないよ。
頭に入るか入らないか、といったことを見せられながら、家事を手伝わされた後は、なんと、剣の修行である。
相手は、もちろん、ザガン兄だ。
「ほら、僕の真似して」
「ねえ、魔法使いって、剣必要あるの?」
「バカだな。いざとなったら、肉弾戦になるぞ。ほら、しっかりやる!!」
剣の稽古は、毎日となった。
どんどんと内容が増えていく。家の手伝いに、机の上の勉強に、剣の稽古と、一日が忙しすぎた。
その合間でも、父上の面倒も、俺はこなしてきた。これだけは、誰にも譲る気はなかった。
「父上、寒いから、家に入りましょう」
言葉遣いも、随分、しつけられた。貧民時の汚い言葉は、父上が激怒するので、改めるように気を付けた。
「もうそろそろ、俺、ではなく、僕か私にしなさい」
とうとう、ここまできたか。
「俺ではいけませんか。俺がいいんですが」
「魔法使いになるなら、それはダメだ。ほら、どっちにするか、決めなさい」
難しいな。男らしく”俺”にしたいのに。けど、父上は絶対だ。
「僕にします」
「では、頑張りなさい」
そうして、僕と呼称するようになった。
毎日毎日修行していると、もう、片手間で手伝いが出来るようになってしまい、一日の時間で、暇が出来るようになった。
「父上、これ、読み終わりました」
勉強に加え、読書も増えた。文字を覚えてから、どんどんと難しい本だけを読まされた。何がなにやらわからないけど、ともかく、覚えろ、の一点張りである。もちろん、ただ読書するのではなく、妖精を使いながらである。
「もうそろそろ、料理もするか」
「あー、はいはい」
とうとう、料理までやらされることとなる。
僕が家のことをほとんどやるので、ザガン兄の家族は余裕が出来て、出かけたり、仕事をしたりするようになった。
ほとんどを家の中で過ごす僕は、外には憧れはなかった。貧民時代は、本当に酷いもので、こんな小さい子どもをムチ打って働かせる大人がわんさかといた。今も、背中にはムチの痕があって、ザガン兄の弟妹や甥っ子姪っ子と風呂に入って、それを見られた時は、みんな、痛そうだね、と言った。もう、痛くもなんともないけど。
父上は、毎日はお風呂に入らない。妖精の力が強いと、汚れが勝手にとれていくからだ。それでも、調子の良さそうな時には、入浴を手伝った。
「父上の背中には、すごいのがついていますね」
父上の背中には、大きな焼き鏝のあとがあった。これは、強い魔法使いの証としてつけられるとか。こんな痛そうなのつけるなら、強くなくていいよ。
「これをつけられた時は、痛かったなー。しばらく、起きられなかった。じゃが、仕方がない。これをやって、初めて、強い魔法使いと呼ばれるんじゃよ」
「そうですか。僕は、普通でいいかな」
「もっと、上を目指さんかい!」
「あー、はいはい」
痛そうな背中を優しく洗う。僕が大きくなったのか、それとも、父上が小さくなったのか、洗うのが、大変でなくなってくる頃、父上は苦悩するようになった。
真夜中に、ザガン兄と何やら相談しているようだった。僕を差し置いてなんて、とザガン兄に嫉妬したが、我慢した。ザガン兄は大人だ。まだまだ子どもの僕では、頼りないのだから、仕方がない。
盗み聞きはよくない、と思うので、そのまま部屋に戻ろうとすると、「アラン、入りなさい」と父上に呼ばれた。妖精でバレたな。
呼ばれたので、入るしかなかった。蝋燭の灯りだけで、何やら険しい顔をしている二人。
「盗み聞きはしていませんよ」
「わかったわかった。こちらに来なさい。お前の出自について、調べた」
「母上は見つかったのですか!?」
母のことは、父上が探すと言っていたが、なかなか良い話は聞かなかった。魔法の修行をしていたので、それどころではなかったが。
僕自身、時間もありあまるようになってきたので、母の話に興奮する。
「どこにいますか? 連れて帰れますか?」
ところが、父上も、ザガン兄も、気まずそうに黙り込む。あまり、良くない話だった。
母上を一目惚れしたのは、皇族の末席にいる男だった。この男、学校時代に母上に一目惚れし、熱烈に口説いた。しかし、母上には、結婚を約束した商人の息子がいた。家族ぐるみでのお付き合いもあり、母上は、皇族の男を振った。
母上は、もう、貴族には未練がなかった。迷惑がかかるから、と両親には廃嫡をお願いしていた。もちろん、両親は、それを拒んだ。
そして、皇族の男は母上を諦めなかった。
皇族の男は、母上の家族を殺した。家族を失った母上は、商人の息子のところに身を寄せた。その商人の息子も、商家も、皇族の男は殺し、潰した。
母上の執着になるものをどんどんと壊していく皇族の男に、母上は憎悪を抱き、そのまま、行方をくらました。それでも諦めきれない皇族の男は、高い報償をエサに、母上を探した。
そして、貧民として息を殺していた母上は、人買いに売られ、皇族の男に捕まった。
皇族という、雲の上の存在に、僕は絶望した。無理だ。母上を助けられない。
「アラン、母を救いたいか?」
「いくら僕でもわかります。皇族相手は無理だ」
たぶん、もっと前に、父上は母上の居場所を知ったのだろう。それを黙っていたのは、僕が絶望するとわかっていたからだ。
実際、今も、絶望している。
「もし、アランが望むなら、ワシがその道を開く手伝いをしてやろう」
「師匠、いけません!!」
「ザガン兄?」
何故か、ザガン兄が止めた。何か、良くない方法なのだろうか?
「アランは可哀想だ。わかる。僕だって、出来るなら、手をかしたい。しかし、師匠がいう方法は、アランを孤独にする!!」
「ザガン兄は、僕の兄弟子でしょ」
「………もちろんだ。僕は、未来永劫、アランの兄弟子だ」
「それ、忘れないでください。いいですね。
僕、頑張ります。頑張って、母上を今度こそ、救います」
もう、逃げるばかりの子どもではない。いや、まだ、子どもだけど、力だけはつけた。
まだ、何か言いたそうにザガン兄は僕を見る。ザガン兄は、父上にかたく口止めされていて、肝心なことが言えなかった。
この時、ザガン兄が教えてくれていたら、もう少し、違った未来があったのかもしれない。