大家族
ジジイの名は、ハガルといった。それから、俺が居た場所のことを教えてくれた。
俺が妖精によって連れて行かれた場所は、帝国の聖域の一つだった。ハガルは、聖域の浄化をするために、元公国の聖域を回っているところ、俺を見つけた。
「元公国はな、人が禁忌の場所として、人が入れなくなっておる。しかし、聖域を放置しておくと、また、公国民が来て、戦争を始めてしまうから、定期的に見てまわっておるんじゃ」
「ハガルじいさん、すげぇジジイなの?」
「まずは、呼び方をかえよ。父上、と呼べ」
「ちち、うえ?」
「そうじゃ、ほれ、練習」
「ちちうえ、ちちう、え?」
そうやって、ハガルのことを父上、と呼ぶように強要されたが、すぐに、言いなれてしまい、立派な魔法使いになっても、父上と呼び続けた。
俺が連れて行かれたのは、街の片隅にある民家だった。子どもがいっぱいいるなー、と遠くで眺めていると、そこから、立派なローブをつけた男が走ってきた。
「師匠! どうしたのですか!?」
なんと、父上の弟子だった。俺の倍以上は生きているだろう男を俺は見上げた。
「この子どもは?」
「ワシの息子じゃ。ほれ、挨拶せえ」
「アラン、です」
「は? 御冗談を。師匠は独身ではありませんか!? しかも、女嫌いでしょう!!」
なんと、父上は結婚もしていないし、子どももいなかった。そりゃ、孫は無理だ。
血の繋がりなんてない、とはっきりしている俺と父上を見て、男は頭を抱える。
「もう、弟子はとらないといっていたではないですか!? 僕が最後の弟子だって!! むしろ、僕が頼み込んで、やっと弟子にしてもらったのに!!!」
「これにはなぁ、深い訳があるんじゃ。こら、年寄をいつまでも立たせておくな。家にいれろ」
「はいはい」
父上は、何故か俺の手をかりて歩く。最後の弟子だという男は、父上のために手を差し出したのに、それを無視された。
「ほれ、茶を出せ」
「はいはい」
酷いな、父上。最後の弟子の男は、一方的な要求に走らされた。
家に入れば、子どもがいっぱいだ。もしかして、あの男は子だくさんか!? と思ってみれば、きちんと、別の両親がいた。
「ハガル様!? こら、子どもたち、出ていきなさい!!」
「よいよい、そのままで。お邪魔するぞ」
子どもには優しい父上は、走り回る子どもを気にしない。俺は、父上が転ばないように手を引いて、椅子に座らせた。俺は座るのもあれだから、立っている。
「こら、座れ」
「俺、そんなに偉い奴じゃないし」
「子どもが生意気いうな。ほら、ここじゃ!」
隣りの椅子を杖で叩くので、仕方なく座った。
しばらくして、最後の弟子の男が、人数分のお茶を持ってくる。
「師匠、それで、この子はどうしたのですか」
「だから、息子じゃ」
「わかりました。それで、どうするのですか?」
「魔法使いに育てるんじゃ」
「え、妖精憑き!?」
俺の周りを見回す。しかし、見えていないようだ。
「こいつな、耳だけなんじゃ。お前の妖精が見えとらん」
「そうなんだ。そういうのもあるんだ。知らなかった」
「見えて、聞こえる妖精憑きか。そんなの、どこで見つけたんですか」
「禁則地じゃよ」
「あそこに入れたんですか!?」
最後の弟子の男は、俺を上から下までじろじろと見まわした。俺、変な恰好なので、急に恥ずかしくなった。
「いろいろとあったんじゃ。じゃから、ここで世話になる」
「は?」
「金はあるぞ。ほれ、アラン、お前の兄弟子のザガンじゃ」
「よ、よろしくお願い、します」
「師匠、聞いてませんよぉおおおおおお!!!」
俺がよくわからないまま、兄弟子であるザガンの実家で過ごすこととなった。
ザガンの実家は、子だくさんである。まだ、独り立ち出来ない兄弟姉妹に、兄夫婦の子どもといっぱいだ。もう、誰が兄弟で、誰が甥や姪か、なんてわからない。大家族なので、ザガンも一緒に暮らして、生活の援助をしているという。
俺は、父上の面倒をみながら、家の手伝いをして、時間があいた時に、ザガンに手ほどきしてもらっていた。
「アラン、はやく食べないと、なくなるぞ!」
「う、うん」
食事は戦争だ。わけて置いてあるわけではないので、取りあいである。俺は、とりあえず、父上の分を取り分けてからの食事となるのだが、これが本当に大変だ。
育ち盛りだというのに、お腹いっぱいに食べられない日々を過ごした。
「アラン、もっと食べなさい」
「いや、父上が食べろよ、ほら」
俺は、母を救えなかった傷を父上の面倒をみることで埋めていた。
「ハガル様、お迎えにあがりました!」
週に一度、とても立派な馬車が家の前に停まる。父上は、その馬車にザガンと一緒に乗って、どこかに行ってしまう。俺もついていきたかったが、許されなかった。
俺は、父上のことがどれほどの人か、父上の口からきけなかった。ザガンも口止めされていたようで、すごい人、としか思っていなかった。
まあ、家では一番のお荷物だったけど。
貧民だった過去も、特に気にされることなく、ザガンの家族は、俺を家族として受け入れてくれた。
けど、夜になると、俺は寝れなくなることがあった。この家の父親は、父上もそうだけど、いい父親だ。
俺は、父親を殺したんだ。
その事実を思い出すと、眠れなくなった。こんな善人ばっかりの家で、俺は人殺しだ。実の父親じゃなかった、と母親に教えられても、人を殺したことには変わらない。
しばらくすると、俺は何も食べられなくて、倒れた。
「アラン、ほら、少し食べなさい」
「ちち、うえ」
気づいたら、ベッドに横になっていた。父上が、俺の看病を寝ずにしてくれていた。
体が燃えるように熱い。きっと、俺は人殺しだから、罰が当たったんだ。
「師匠、アランは気づきましたか?」
「ああ。甘いものを持ってきてくれ。飲み物がいい」
ザガンは父上にいわれ、甘い飲み物を運んできた。それを俺に伸ばせようと、父上は俺を起こした。
「起きます!」
俺は慌てて体を起こす。こんなことで、父上の手を煩わせたくなかった。
「無理はするな。ほら、飲みなさい。環境がかわって、疲れたんじゃろう。しばらくは、ゆっくりしなさい」
「俺、ここにいていいの?」
俺が思いつめた顔をして聞くから、父上は、誤魔化すことはしない。俺と真剣に向き合おうとする。
ザガンは出て行こうとしたが、父上に引き留められて、その場に残った。
「俺、人殺しだよ。ここに居ていいわけがない」
こんな、善人ばかりの所にいる資格はない。そんな罪人の俺の頭を父上は優しく撫でた。
「アラン、気の毒になぁ。ワシらは、お前のように不幸な子どもを一人でもなくそうとしておるが、どうしても、取りこぼしてしまう。まあいいか、と思ったこともある。こんなにたくさんの人を救えたんだから、ワシは頑張った、と納得した。なのに、お前のような子どもを人殺しにしてしまった。それは、ワシの責任じゃ」
「違う! 俺が、妖精にそそのかされたからだ!! 俺は、楽なほうを選んだ!!!」
「それはな、教えてやれなんだ、救ってやれなんだ、大人が悪いんじゃ。だから、もう、いいんじゃ」
「母ちゃんも、見捨てた。逃げろって言われたから逃げたんじゃない。怖かったから、逃げたんだ!!」
「誰だって、そうなる。アランが悪いんじゃない。逃げて良かった。また、機会がある。ワシと、取り返そう」
「うん、うん!!」
物凄く頭が痛くなって、そのまま、俺は眠った。