幽閉された筆頭魔法使い
皇族の血筋最強のアグリはライオネルお祖父様を手にかけ、帝国は一変した。アグリは、アランのことを心底、愛していた。だから、ライオネルお祖父様の存在が許せなかった。
この恐ろしい女、アランの近くにいる男は、全て敵だと見ていた。真っ先に狙われたのは俺だ。
「ライアン、アラン様とはどういう関係ですか」
新しい皇帝の妻となったアグリは、俺を尋問してきた。といっても、捕まえるだけで、拷問はしない。何せ、俺は皇族だ。筆頭魔法使いのアランが味方をする。
「あのなー、俺は結婚までしてるんだぞ。お前が疑うような関係はない!」
アグリのこの嫉妬深さを危ぶんだ俺は、早々に適当な女と結婚し、適当に子どもまで作った。適当な女なので、皇族ではない。皇族を選ばなかったのは、真実の愛、という演出で、アグリを目くらますためだった。
「あなたは昔から、アラン様と何やらやっていましたね」
「次期皇帝候補だったから、仕方がないだろう。俺なんか、最有力候補だったから、アランが押してくるの。俺はイヤだって逃げてただけ。アグリが血筋の濃い皇帝を連れてきてくれたから、助かったよ。あれがいなかったら、俺とお前、結婚させられてたかもな」
「………そうですか」
口先三寸で言いくるめるのなど、お手の物だ。アグリは扱いやすい。そのコツは、アランを見て学んだ。
まだ、何か言いたそうな顔をしている。
「それで、俺に暗部作りを許可してくれるの? もともと、アランからは暗部のほうをと言われてるんだよ」
「アラン様が? 本当ですか?」
「アランは潔癖で、女性には色々と夢見てるところがある。アグリも知られたくないことあるだろう。俺が消してやるよ」
「………わかりました。許可するように、アランリール様に言っておきます」
ちょろいな、この女。
アランを出せば、すぐに転がる。もっと大人しくしていれば、アランは穏便にアグリのものとなったというのに。
待てなかったアグリ。それは、仕方がない。アランはアグリのことを読み間違いをしている。アグリは、アランが執着するもの全てを壊したいんだ。それを全て壊して、壊れたアランを手に入れたい。
アランが執着するものは、帝国だ。だから、アグリは帝国を壊そうとしている。それを防ぐために、俺は暗部、コモンは宰相、テリウスは騎士団の掌握を狙っていた。アランの教育は、違う形で成功した。
そして、アグリはわかっていない。アランは簡単に壊れない。あの、ライオネルお祖父様を殺して、死ぬような苦痛の天罰を三日三晩受けても耐え抜いたアランは、帝国を壊しても、壊れない。
尋問も無事、終わり、俺は解放された。アグリは新しい皇帝アランリールのところに行くので、俺は隠し通路で、離宮に幽閉されたアランの所にこっそり行った。
「アラン、元気ですか?」
「身が軽いですね。何か用ですか」
幽閉されているのに、書類見ているアラン。あれだな、皇帝の仕事、全部、アランに丸投げされたんだな。ライオネルお祖父様の時と変わらないじゃん。
俺は書類を一部見させてもらう。
「新しい暗部は俺が担当になります。コモンとテリウスは、もうちょっと待っててください」
「仕事が早いですね」
「貧民、無事ですよ」
「………そうですか」
アランが泣きそうな顔をした。喜ぶと思って言ったのに、まさか、そんな顔をするなんて。
「もっと、はやく伝えれば良かったですね」
「いえ、ちょうどいいでしょう。早すぎると、感情が崩れる」
「初夜はどうでしたか?」
「アグリは身持ちの固い女でした。お陰で、初めてを貰いました」
話題を変えれば、乗ってくれる。アランはすぐに、いつもの穏やかな笑顔を浮かべる。そこに、アグリへの愛情はかけらほどもない。もう、アグリとの閨事は、作業化させている。
「今後はどうしますか?」
「僕の暗部を貸しましょう」
「あれ、帝国の暗部でしょう」
「ライオネル様から死ぬ前に、プレゼントされました。もう、僕個人のものですよ。好きに使ってください。ついでに、新しい暗部をライアン様なりに作ってください」
「了解。それでは、また」
アランが元気なのを見れたので、俺はさっさと隠し通路を使って、離宮から離れた。
離宮には、暗部の部隊長カシウスが忍んでいたのだろう。カシウスは俺に音もなくついてきた。
アグリが連れて来た男アランリールが皇帝となって一年余りで、アランは妖精憑きとしての力を失い、王国に行くこととなった。なんと、王国の王弟の妖精憑きの力を封じた報いをアランが受けたのだ。王弟は、妖精憑きの力を解放した途端、アランの妖精を全て盗った。
帝国は、妖精憑きを必要以上に恐れる。それは、妖精憑きによって、生かされ、妖精憑きによって守られる体制をとっているからだ。筆頭魔法使いのアランは、帝国で最強の妖精憑きであり、最強の魔法使いだ。そのアランを負かしてしまう王国の王弟の要求を帝国は飲まないわけにはいかなかった。
王国への移送の前に、俺はアランに会いに行った。
泣いて疲れて眠っているアグリを引きはがしている場面は、なんともいえなかった。本当に、アラン、アグリの見ていない所では、酷いな。
「色々と動いてもらって、ありがとうございます」
「カシウスから聞いたまま、動いただけ。それで、その後はどうするの?」
「ライアン様、魔法使いになりませんか?」
「………俺は、ただの皇族だけど?」
「カシウスよりも弱いだけでしょう。あなた、妖精のこと、感じますよね」
「………」
どうして、バレたんだろう。俺は、儀式ではわからないほど、弱い妖精憑きだ。なんとなく、妖精の存在を近くに感じる程度だ。たぶん、妖精自体もいるかいないか程度しか憑いていないから、妖精憑きでもわからないだろう。
「公国の聖域に行った時、幽霊を見ましたよね」
「女の幽霊な。見た見た」
「あれ、皇族で妖精憑きじゃないと、見えないんです」
「それでかぁ」
あの女の幽霊を見た後、アランは人相書きまで描かせた。意味があったのだ。
「僕は、あの聖域で、アグリを見ました」
「俺は、違うけど」
「予想ですが、あそこで見る幻は、意味のある結婚相手なのでしょう。僕は、力のある妖精憑きを産ませるための相手だと予想しています」
「ということは、アラン、皇族の血が流れてるんだ! よし、今すぐ皇帝殺して、アランを皇帝にしてしまおう!!」
「僕が守っているのにですか? ライオネル様だって、僕が離れていたから殺せたんです。僕が傍にいたら、今でもライオネル様は元気に生きていますよ」
「………そっか」
筆頭魔法使いは、背中に皇族に逆らえない契約紋が焼き鏝でつけられている。アランは一生、皇帝アランリールとアグリを守り続ける。
「あなたも、もっと武のほうに力をいれていれば、アランリールを殺せたでしょうに」
「なんで?」
「皇族だからですよ。さすがの僕も、皇族同士の戦いには、力を出せない。盲点です」
「だったら、アグリは防げなかったじゃん」
「僕がいる時に、アグリがそんなことするわけないでしょう。アグリはああ見えて、僕には綺麗な所を見せたいんですよ。今だって、そうしている」
「そうなんだ。うまくいかないな」
俺は最強のカードだというのに、武力はからっきしだ。アランにかなり言われたが、全く鍛えなかった。仕方がない、教えるのがアランじゃなかったんだから。
「で、魔法使いになりますか?」
「力が弱いのに?」
「弱い妖精憑きは、弱いなりに、使い道があります。良かったですね、暗部には最適です。ロンガールに頼んでおきます。耳、すごく聞こえるようになりますよ」
笑顔で恐ろしいことをいうアラン。この男をいつかは越えないといけない、とわかっているのに、まだまだ越えられなかった。




