三人の皇帝候補
しばらくは、皇族教育を行われた。さすがに、俺は城下町に抜け出せなくなってきた。
何せ、この教育に筆頭魔法使いアランが加わったからだ。
アランは魔法使いだ。俺が抜け出すことなど、手にとるようにわかる。俺が隠し通路を使って逃げようとしても、アランか、アランの手の者が待ち構えていた。結果、俺は授業に強制参加させられた。
そうして、テストをして、篩にかけられて残ったのは、俺と、コモン、テリウスだ。
「え、ライアンはダメでしょう」
コモンが真っ先に俺が残ったことを間違いだと訴えた。
何故って、俺の点数は毎回、最下位だからだ。そりゃ、残るほうがおかしい。
「剣の腕だって、イマイチじゃないか」
剣の腕前だけで残ったテリウスも訴えた。
この選別をしたのはアランだ。アランはいつもの穏やかな笑顔で俺たち三人を見まわした。
「ここに、ライアン様の答案用紙があります」
何か所か、真っ黒になっているダメな答案用紙を出される。俺のだ。もう、最悪な点数だ。
「ここで、魔法を使って、この黒いところを消してみましょう」
「やめてぇ!!!」
俺が訴えても容赦のないアラン。
なんと、黒く塗りつぶした所は、正解の答えが書かれていた。バレてた。
何故、こんなことをしたかというと、点数を最下位にするために、一度、それなりの答えを書いて、そこから間違いが多そうなところを予想して修正していったからだ。結果、最下位の点数の出来上がりである。
俺は頭を抱えた。もう随分と前から、アランは知っていたのだろう。だから、最下位の点数をとっても、剣の授業でダメでも、落とされなかったんだ。
「ライアン様、もう少し、捻りましょう」
「はい」
「けど、剣の腕前が」
まだ不満があるテリウス。手を抜いていたとしても、コモンだって、それなりに剣を使いこなしていた。
「皇帝に必要なのは、剣の腕前でも、頭の良さでもありません。必要なのは、どう、人を使いこなすかです。ライアン様は、実に、上手に、使いこなす才能がありますね」
いかにして、コモンとテリウスと、もう一人に皇帝候補に残らせよう、と俺なりに画策していたことがバレた。
「せっかくもう一人、作ったのにぃ!!」
「彼女は無理ですよ。皇帝になるには、優しすぎます。頭も剣の腕もまあまあ良かったのですけどね。そこは、違う道を用意しましょう。皇族は今、血筋だけの者ばかりです。もうそろそろ、実力もつけてもらって、僕を楽させてください」
『………』
当時、アランのことをバカにしていた皇族一同は、アランがやっていた皇族の仕事を割り振られて、大変なことになった。本当に血筋だけだったので、何一つ、こなせなかったのだ。結果、アランに頭が上がらなくなった。
アランは、当時、筆頭魔法使いの仕事だけでなく、皇族の仕事、暗部の仕事、と色々と手広くこなしていた。アランは頭がいい、というよりも、筆頭魔法使いは可笑しいんだ。普通の人間は一つのことしか出来ない。筆頭魔法使いになる人間は、同時に四つ以上のことをこなせないとなれない。ここが、違っていた。
口では大変、と言っていても、片手間だ。アランは涼しい顔をして、全てをこなした。
俺も皇族の仕事を割り振られた。片手間に出来ることなので、大したことではない。手抜きをするわけにもいかず、こなしていくと、その量を増やされていった。さすがに、城ばっかりは飽きてきたので、アランに提案した。
「貧民問題を見てきたい」
アランがライオネルお祖父様の所にいる時に特攻していった。
ちなみに、アランとライオネルお祖父様は、普通に仕事をしている時だ。しかし、ライオネルお祖父様は、物凄く不機嫌になる。邪魔された、なんて見てきた。
「ライオネル様の孫です。祖父の役割をしてください」
「皇帝に、子も孫もない。そいつらは、ただの皇帝候補だ」
酷いな、ライオネルお祖父様。でも、わかる。俺も実は、ライオネルお祖父様にそんな祖父っぽいものを求めていない。
「似た者同士ですね。ライアン様、いいですよ。せっかくですから、コモン様とテリウス様も参加させましょう。案内は、僕の兄弟子と……ロンガールにさせます。ロンガールはわかりますか?」
「皇族出身の魔法使いですよね。わかります」
皇族出身のロンガールとは、何かと接する機会が多かった。ほら、護衛としては、やっぱり、それなりの地位と実力が必要だ。皇族だと、やはり、皇族出身か貴族出身を護衛に使うことが多かった。
アランの兄弟子は、名前だけは知られていた。アランの兄弟子の実家で、アランは隠されるようにして育てられたことは、有名だった。興味があって、見に行った。アランというとんでもない筆頭魔法使いの兄弟子なのだが、実力は下のほうだ。とても穏やかで優しい感じで、アランは兄弟子の前では、肩肘を張ったりせず、寄りかかったりしていた。
そうして、貧民問題の見学に行って、俺は物凄く後悔した。
貧民には人権というものは存在しない。出生届をされていないので、身分を認められていないのだ。そのため、底辺の仕事をする。
住む所も酷いものだ。全てが汚いを通り越して、生活出来る所ではない。俺たちは、貧民たちがひしめく街の入口だけで、足が進まなくなった。
「ここが、王都に一番近い貧民街です。帝国には、貧民街は聖域の数分、存在します」
もう、馴れてしまったのだろう。アランの兄弟子ザガンは、俺たちに淡々と説明する。
ザガンと一緒に来たのはロンガールだけではない。何故か、貴族出身の魔法使いヘインズも同伴していた。
「ヘインズ様、後はお願いしていいですか? 僕は、先日、見つけました、妊婦の生存を確認してきます」
生存って、表現が変だ。
ザガンは馴れたもので、さっさと街の奥へと行ってしまった。
「あの、ザガンは大丈夫なんですか? 魔法使いでも、かなり下のほうでしょう」
俺は心配になって、聞いてみた。実力的には、ロンガールとヘインズのほうが上だ。この、得たいの知れない貧民街は恐ろしく見えた。
「妖精憑きに勝てる人間はいないから、大丈夫だよ」
ロンガールが明るくいう。そうなのかな?
「アランみたいな妖精憑きが貧民に隠されていなければいいがな」
なのに、ヘインズは不安を煽る。どっちなの!?
しばらくして、ザガンが戻ってきた。
「どうだった?」
「残念ながら、死んでた」
あっさりというザガン。ロンガールは答えを聞いても、普通だ。
「さて、どこを見てみたい? 貧民の仕事は、まあ、底辺だからな。違法と言われるものもある。今日は、そこの摘発なんだけどな」
「え、俺たちも一緒?」
「そ、そんなぁ!!」
「ぶ、武器を!?」
たかが皇帝候補である。危険にあっても問題ないみたいな扱いだ。怖くて、お互い、震えた。
「魔法使いに勝てる人間なんていないから、大丈夫だって。ほら、ザガンだって、全然、大丈夫だから。な?」
「ああ、まあ、慣れましたね、奇襲とか。アラン様にも随分と鍛えられましたので、魔法の精度も上がってますし、何より、二属性使える魔法使いには、普通の人間は勝てません」
最下位だと思われたザガンは、なんと、実力が上がっていた。
アランは魔法使いの底力を上げることまでこなしていた。アランが筆頭魔法使いになる前は、ヘインズとロンガールが双璧と言われていた。それでも、二属性だ。アランが表に出てから、ヘインズとロンガールは鍛えられ、なんと、四属性まで使いこなせるようにさせられた。ついでに、一属性と最弱だった魔法使いは、強制的に二属性まで使えるように修行させたという。実は恐ろしい人なんだ、アランは。
そうして、違法仕事の現場に、人間兵器である三人の魔法使いに囲まれて行ってみれば、貴族が金を払って拷問する現場だった。
そこには、子どもから大人まで、満足に食事もとっていないだろう貧民が集められ、はした金で貴族数人に拷問されていた。
もちろん、相手は黙っていない。なんと、妖精憑きを使ってきた。
しかし、アランに鍛えられた三人の魔法使いは、妖精憑きの妖精を奪い、無力化した。ついでに、その場にいた全員を動けないようにしてしまう。それは、一瞬の出来事だった。
「可哀想に。ほら、こっちを見て。ああ、これなら治せますね。一度、城に戻りましょう。アラン様なら一瞬ですよ」
「こちらは斬られた後か。もう、助からないから、殺してやろう。もう、苦しくないぞ」
「女にこんなことをして、何が楽しいんだか。腹の子は諦めろ。もう死んでる」
恐ろしい現実をそのまま受け止め、三人の魔法使いは優しい声でいうが、内容はえぐい。
もう、生きていけない者はその場で殺し、助かる者は助ける。それを淡々とこなす魔法使いたちに、俺は目が離せなかった。
被害者たちを兵士たちに命じて、城に連れてきてみれば、アランが待ち構えていた。
「どうでしたか、貧民は」
いつもの、穏やかに笑うアラン。この男は、あの貧民街で育った。
見たところ、五体満足だが、服に隠れた所に、傷跡とかはあるかもしれない。俺が見た地獄は、ほんの入口程度だ。アランは、その最奥で、地獄の底を体験しただろう。
「俺も、貧民問題に関わりたい」
「えっ!?」
「はぁ!?」
コモンとテリウスが驚いた。
なんと、アランが驚いている。そして、笑った。
「そこまでして、皇帝にはなりたくないですか」
「皇帝なんてさ、俺じゃなくてもなれるよ。バカと気狂いでなければ、その周りをコモンやテリウスみたいな奴で固めて、言いなりにさせておけばいい。俺は、それよりも、貧民をなくしたい」
アランの中では、俺が皇帝として、最有力候補だったのだろう。アランはとても残念とばかりにため息をついた。
「あなたが一番、ライオネル様に近かった」
「えええーー!! 俺、男好きじゃないよ!!!」
「知ってます。ついでに、女も好きではないでしょう。いいですよ。あなたには、違う道を用意してあげましょう」
「やったー!! これで、皇帝教育から解放だ!!!」
「いえ、そこは最後までやりますから、頑張ってください」
容赦がないアランだった。




