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最後の大賢者  作者: 春香秋灯
本編
2/24

公国の跡地

 そこがどこなのかわからないが、妖精は俺の食べられる物をせっせと運んだり、教えてくれたりした。

 木々を通り抜ければ、よくわからない建物ばかりが建つ廃墟があった。人がいないか見回ったが、誰も見つからなかった。

 夜になると、あの洞穴に戻った。寒くもなく、暑くもないそこは快適だ。体の汚れも、そこの水で落としたりしていると、いつもの幻が見えた。

 水たまりの上に、知らない女が浮き上がる。それは触れず、ただ、浮き上がって、俺を優し気に見てくる。俺のまわりでは、絶対にいない女だ。

 毎日毎日、その女を見て寝た。女の幻は、いつまでも浮いているわけではない。俺が寝ようとすると、消えた。一体、何なのか、わからない。妖精に聞いたが、何も答えない。ただ、ニコニコと笑っている。

 あの幻の女は、俺に何か関係があるようだが、それに惹かれるものはない。逆に、気味が悪かった。

 そうして、妖精だけとの生活を続けていくと、人恋しくなって、あの洞穴の水たまりに入るが、元の場所に戻ることはなかった。

 しばらくは、外は危険だと思って、出歩かなかったが、人がいないことがわかると、何か役に立つものがないか、探しに出た。妖精がいるので、道に迷うことはなかった。

 随分と放置されていたのだろう。机や椅子はほとんど、ボロボロになって、触ると崩れるものまであった。着られる服もあったが、それも同じくボロボロだ。

 果物ばかりは飽きたので、何か食べ物はないか、と探してみたが、それらも、俺が触ると崩れていった。

 人はいないが、獣はいた。まだ、無事そうな道具で、追いかけまわしたが、俺には捕まえられなかった。

「母ちゃんのメシが食いてぇ」

 弱音も吐いた。けど、どうしようもない。母ちゃんは、あの、身なりのいい男に捕まった。俺は、逃げたんだ。

 その事実を思い出すと、俺は泣いた。母ちゃんを置いて逃げた俺は、最低だった。

 そうして、孤独に生き続けていたある日、洞窟で、起こされた。

「こら、生きてるか? おい!」

 棒きれで、俺はつつかれた。顔を容赦なくつつくので、俺は棒切れをつかんだ。

「痛いっ! 何すんだよ!!」

 髭もじゃのジジイだった。ジジイは、俺が生きているのに、しょぼしょぼの目をこれでもか、と見開いた。

「お前、どこから来た」

「知らねぇ。気づいたら、ここにいた」

 俺は、久しぶりの人に、ちょっと浮かれた。警戒しなければいけなかったのに、そういうものを忘れていた。

「その妖精は、お前のか?」

「え、見えるの!? 母ちゃんも見えなかったのに!!」

「なんてことだ」

 ジジイは目頭をおさえて、何故か泣いた。





 ジジイはすごかった。魔法で火をつけて、焚火を作ってくれた。俺がどれだけ頑張ってもつかまえられなかったウサギも魔法でつかまえ、解体して、焼いてくれた。

「親はどうした?」

 久しぶりの肉にかぶりつこうとしたけど、親のことを聞かれ、俺は止まった。

「母ちゃん、売られちまった」

「父親は?」

「親父は………」

 俺は肉が食べられなかった。親父のことを今更、思い出した。

「俺が殺した」

「妖精にそそのかされたか。可哀想なことをした」

 ジジイは、俺がやってしまったことを理解して、肩を叩く。

「お前は貧民か?」

「そうだ」

「妖精が見えるというのに、はぐれたということは、儀式を受けておらんのだな」

「儀式って?」

 貧民だから、金がない。きっと、儀式は、金がかかるから、やっていないのだろうと思った。

「子どもが生まれた時、年に一度、聖域で妖精憑きかどうか確かめることとなっておる」

「俺んち、親父がものすげぇ借金してたから、出来なかったんだな」

「馬鹿者。儀式に金はかからん。むしろ、儀式に行けば、祝いの金が貰える」

「じゃあ、どうして」

「妖精憑きとわかったら、莫大の報奨金が国から貰える。それと引き換えに、妖精憑きの子どもは、国の所有物となる」

「………母ちゃん、儀式、さぼったんだ」

 最後に聞いた話で、母ちゃんが儀式をしなかった理由はわかった。母ちゃんは、俺を手放したくなくて、わざと、儀式に行かなかったんだ。

 あんなクソ親父を仮親なんかにして、俺を育てようとするなんて。

「俺、母ちゃんを見捨てた。すぐ傍まで行ったのに、逃げたんだ」

 膝を抱えて泣き出すと、ジジイが俺の背中を優しくなでてくれた。





 一夜明けると、ジジイは俺と一緒に、あの洞穴に行った。

「ここから来たのか?」

「そうだよ。なのに、戻れなくなった」

 俺は水をバシャバシャとかき混ぜる。あの気味の悪い幻が出てこないように、としているが、出るのだ。

 そして、やっぱり、あの幻の女が出てきた。

「気持ち悪ぃ。ジジイ、これ、何なの?」

「? 何が?」

 俺が指さす幻の女に、ジジイはきょとんとする。

「ほら、これ。見えないの?」

「見えんな。何かあるのか?」

 同じ妖精が見えるというのに、ジジイには、この幻の女が見えなかった。それが、さらに俺を気味悪く感じさせた。

「ここは、公国側の聖域じゃから、おかしなことが起きるのじゃろうな」

「公国って、あの、魔法使いアラリーラが滅ぼしたって国の?」

「なんじゃ、知っとるのか」

「母ちゃんが、元は貴族だったんだって。落ちぶれて、貧民になっちまったけど」

「お主の血筋は、調べる必要があるようじゃの。母親も、探してやろう」

「本当に? あ、そうだ、これ」

 俺は母ちゃんが売られた時の金をジジイに差し出した。

「これ、母ちゃんを売った時の金。これで、母ちゃんを買い戻してくれよ」

「これは、お前が持っていなさい。金くらい、どうにかしてやる」

「なんで? なんで、親切にしてくれるの?」

 俺が生きていたトコは最低だ。底辺だ。隣りで人殺しがあったって、誰も来ない。隙があれば騙される。母ちゃんは、汗水流して働いても、搾取されてばかりだ。

「子どもが、何をいっておる。大人なんだから、子どもを助けるのは、当然のことじゃ」

「そんな大人なんかいねぇ! クソ親父は、いつも俺を蹴って、母ちゃんを蹴って、借金ばっかりしてる。隣りのやつなんか、母ちゃんのなけなしの金、だまし取っていきやがった。母ちゃんと俺が働いたって、貧民だからって、金払わないクソがいっぱいいる!!」

「悪かった、本当に悪かった!」

 がりがりのジジイの胸は、正直、気持ち悪い。母ちゃんに抱きしめられるほうがいい。だけど、そこにはこのジジイしかいない。

 俺は、ジジイの胸で、大泣きした。大人なんて、誰も助けてくれない。

 俺が落ち着くと、ジジイは言った。

「これは、契約じゃ。お前は、ワシの息子になれ」

「ええー、こんなジジイの子ども?」

「なんじゃ、不満か。金持ってるぞ」

「むしろ、俺、孫だろ」

 いつかはぽっくりいきそうなジジイを父親とするのは、無理がある。

「仕方がない。ワシはもう、弟子をとらんことにしておる。だから、お前を養子にして、立派な魔法使いに育てよう」

「俺、魔法使いになれるの? アラリーラみたいに!?」

「なれるぞ。何せワシは、アラリーラ様の弟子じゃからな」

「すげぇ!!」

 昔話の英雄の弟子が目の前にいる。俺は感動した。

 あの伝説の魔法使いになれれば、母ちゃんを助けられる。そんな希望を抱くと、俺は元気が出た。

「俺、ジジイの子どもになる!!」

「よしよし。じゃあ、ここから移動しよう。ほれ、立たせてくれ」

「大丈夫かよ、ジジイ」

 杖がないと満足に歩けなさそうなほどよぼよぼのジジイを立たせた。途端、あの水たまりが光り輝く。

 まぶしくて、目を閉じた。

「ほれ、着いたぞ」

 ジジイに言われ、恐る恐ると目を開けば、俺が死のうと潜った、あの泉の畔に立っていた。

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