王国との取引
ライオネル様を僕が殺したことで、僕は離宮への幽閉となった。筆頭魔法使いを野放しには出来ないし、かといって、貴重な妖精憑きを殺すわけにはいかない。
誰も邪魔が入らないそこで、アグリは僕に命令し放題だった。もうちょっと、穏やかな感じの子を運命の相手にしてくれればよかったのに。
そうして血なまぐさい日々を送るある日、王国から密書が届けられ、それを僕はアランリールから見せられた。
「今日も激しかったんだね」
「ライオネル様やられたことをそのままアグリにしているだけです。あれ、女性相手でもかわらないんですね」
ベッド上で力尽きるアグリに、アランリールが熱い視線を送る。好きなら、口説けばいいのに。
アランリールとアグリは結婚し、皇帝とその妻となった。表向きは、アランリールが夫のような役割をしているように見せて、実は、僕がアグリの相手をさせられていた。
長年、ライオネル様の相手をさせられていた僕は、受け身ながらも、それなりに知識があった。お陰で、毎日のようにアグリを満足させていた。
僕は、満足出来ていませんがね。
「兄上、王国からの密書、出来ますか?」
「また、無理難題を」
王国からの密書には、第二王子の幽閉への手伝いが書かれていた。第二王子は、かなり優秀な男の上、妖精憑きだ。人間的に幽閉したとしても、妖精憑きには効果がない。
その妖精憑きの力をどうにか封じてほしい、と密書に書かれていた。今のところ、妖精憑きの力が発揮されていないのは、使いこなせていないからだろう。本気になれば、あんな離宮、吹っ飛ぶ。
「兄上は、筆頭魔法使いだから、出来ますよね」
「格が違いすぎまず。あの第二王子は、帝国の妖精憑きが束になったって勝てません。断ってください」
「やってください」
「やってもいいですが、一年ですよ。あと、どうなっても知りませんよ」
命令されたら、やるしかない。本当にこの背中の焼き印、消してやりたい。
僕は久しぶりに外に出るため、適当な服に着替える。これから王国に密入国するのだから、筆頭魔法使いの服はダメだ。
「兄上」
「何ですか?」
「僕も兄上とやりたい」
「やめてください、そういうの」
「僕はアグリとは出来ない。だったら、かわりに兄上としたい」
「上手に誘導しなさい。同じ血筋なんだから、きっと妖精憑きが生まれる、なんて言って」
「アグリは兄上のこと一目惚れなんだって。夢に出るほど、ずっと愛してる。僕は、見てもらえない」
アグリの傍に腰かけ、やさしく髪を撫でるアランリール。こういうのは、うまくいかないものだ。
こんな狂った女を愛したために、国をめちゃくちゃにしている。聖域は、緩やかに穢れていっている。すぐには滅びないが、皇族の妖精憑きを生み出さないと、今度こそ、滅ぶだろう。
何故、アグリはアランリールを探して、仮の夫にしたのか。
もう少し待っていれば、僕とアグリは公の場で夫婦になれた。そうなるように、僕はライオネル様を説得していた。だから、待てばよかったんだ。
なのに、待てなかったアグリは、ライオネル様を殺して、公の夫婦ではなく、秘密の関係を選んだ。お陰で、僕はずっと娼夫だ。最低だ。
「アランリール、なるべく優しくしてあげますよ」
「お願いします、兄上」
結局、僕の背中の焼き印は、皇族の願いを叶えよと熱く、苦痛を与えた。
王国には、聖域を通して侵入した。人を連れて行くのは目立つので、僕一人だ。王宮の作りは、どこか、帝国のものと似通っているな、と思ったら、同じだった。ライオネル様によって、裏の通路も全て網羅している僕は、離宮にいる国王の所まで、誰にも見つかることなく侵入出来た。
まさか、僕一人で侵入してくるとは思ってもいなかった国王は驚いて、剣を構えた。
「帝国の筆頭魔法使いアランです。皇帝の命により、こちらに参上いたしました」
「ああ、あの時の、魔法使いか」
「あまり、公にするわけにはいきませんので、僕一人で来ました。さて、あの妖精憑きを封じるのですか」
「出来るか?」
目に見えない力なだけに、国王も困っているのだろう。
離宮自体には、それなりの魔法がかけられている。今は、その魔法のお陰で、第二王子の妖精憑きの力がおさえられていた。しかし、所詮は一時しのぎだ。あのような化け物、簡単に封じられるものではない。
「そうですね、一度、妖精憑きになってみませんか?」
「どういう意味だ?」
「あれだけの妖精を封じるのは不可能です。だったら、一時的に、他の人に妖精を憑けるのです。血縁ですし、いけますよ」
「妖精憑きの力か。よし、それでいい」
儀式は簡単だ。なにせ、血縁だから、妖精のほうが間違える。ちょっと国王のほうに間違えるように、僕が簡単な術を施した。
いきなり、妖精憑きとなったといっても、本人はよくわからないだろう。妖精憑きの力は、本人の才能に左右される。
しかし、この国王は妖精憑きの才能はない。妖精は使いこなせないだろう。
ただ、一方的に妖精に憑かれた国王は、目に見えないことだから、よくわからない、と首を傾げる。
「これで終了です。気を付けてください。妖精は、悪戯をしますよ」
「わかった」
これで終了だ。国王は、妖精憑きの才能がないというのに、あの恐ろしい数の妖精を引き連れて、離宮を出て行った。
「まあ、一年といったところでしょうね」
一応、言われた通りのことをした。後は、どうなっても、僕には関係ない。僕は来た時と同じく、誰にも見られない通路を通り、帝国に帰った。
そして、一年後、妖精の力に耐えきれなかった国王は、死んだ。
国王が死ぬと、次の国王が立ち、離宮に幽閉されていた第二王子は、王弟殿下として解放された。そしてすぐ、王弟殿下は、僕の妖精を王国にいるにもかかわらず、盗った。
とてつもない剛腕で妖精を根こそぎ盗られた僕は、もう、帝国では役に立たない、それどころか、妖精憑きを怒らせた火種となった。
「いや! アラン様!!」
妊娠して、身重となったアグリが僕を離さない。
「王国の妖精憑きは、帝国の妖精憑きが束になっても勝てません。アグリ、離しなさい」
「一緒にいきます!」
「身重のあなたがですか? あなたは、僕の子どもを無事、産みなさい。いいですね」
妖精が全て引きはがされたからか、僕は、一時的に皇族の命令が効かなくなった。そこをバレてしまうと危ないので、僕は言葉を選んだ。
「アラン様、愛しています」
「僕もです。アランリール、アグリを頼みましたよ」
「はい、兄上」
アランリール、とっても嬉しそうだな。そりゃ、僕は邪魔だからな。
アランリールとしては、ぜひ、王国で僕に死んでほしいのだろう。どうなるかは、あの王弟殿下次第である。
アグリを説得し、帝国の船に乗せられた。見張りに、皇族出身の魔法使いロンガールと貴族出身の魔法使いヘインズが同行した。
「アラン、これからどうなる」
魔法使いたちは、帝国の現状を誰よりも理解している。縋るように、ロンガールが僕を見る。ヘインズも、口には出さないが、僕を見た。
「もうすぐ、王国と公国が戦争を始めます。僕は、そこに連れて行かれるでしょう」
国王が死んだ今、公国は停戦協定が終わる。国王の寿命が停戦協定の期間だからだ。もう、情報は、公国に流れているだろう。
まあ、もっと前に、僕のほうで流したが。
あの国王が、妖精の力に負けることは、すでにわかっていることだった。第二王子を解放するには、あの国王が邪魔だ。だったら、穏便に退場してもらえばいい。そして、解放された第二王子は、僕の妖精を盗るだろう。妖精が、復讐するはずだから、そうなることは、一年前からわかっていた。そして、妖精がいなくなった僕は、帝国では用無しとなる。ついでに、離宮の幽閉に力を貸した責任を僕一人に押し付ければ、帝国としても痛みはないわけだ。
かといって、王国は帝国に色々と責めている場合ではない。戦争が始まるのだ。そっちのほうを優先するだろう。
「もう、裏で暗躍するのは、面倒なんですよ。それで、僕に何をしてほしいんですか」
そこらの説明をしてみると、ロンガールとヘインズが真っ青になる。悪いこと、しまくりだからね、僕。
「何やってるの、アンタ」
「それ、むちゃくちゃ国家間問題だよ」
「このまま帝国に縛り付けられてたら、僕の力で帝国滅びますよ! 今は、時間稼ぎをするしかありません。
いいですか、アグリの子どもで、妖精憑きのほうは、絶対に引き離してください。貴族どもで、バカなことを考えている奴らなんていくらでもいます。そいつらをそそのかして、誘拐させなさい。あとは、妖精がどうにかしてくれます」
「自分の子どもだろう!」
「煩い! だいたい、ライオネル様がアグリに刺されるようなこととなったから、こうなったんです。僕がいれば、絶対になかったことです!」
あの頃は、昼夜問わず、僕はライオネル様の近辺を妖精に見張らせていた。お陰で、休み返上していた。
「僕とアグリの子は、運命の子です。神の祝福があります。絶対に大丈夫です」
「その運命の子って、何?」
「僕は、どうやら、皇族の血筋が濃いようです。そういう妖精憑きは、神が定めた相手と子をなすと、何かが起きるらしいです。その検証をしよう、とライオネル様を説得しているところに、あの小娘、クーデターをしやがって。次に会った時は、殺してやる」
「え、殺すの?」
「ええ、殺します。アグリも、アランリールも」
絶対に、僕の手で、あの二人は殺す。それは決定事項だ。




