皇帝の交代
ライオネル様のお見舞いにいけば、平気そうな顔をしている。しかし、もう手足が毒のせいで動かないそうだ。
一生、ベッドから動けない。
「どうだった、王国は」
「あんた、バカですか。だから、離れたくないって言ったのに」
僕はベッドの脇に跪き、自由に動かないライオネル様の手を握る。握っても、握り返されない。
「誰にやられたんですか」
「お前の運命の女だ」
「はっ、あの女、どこまでも嫉妬深いな」
すっかり女性として育ったアグリは、僕のことを見れば、愛をささやいてきた。もう手をつけてもいい頃合いだろう、と言われたが、ライオネル様がそれを許さなかった。
アグリとライオネル様は、仲が悪い。すっかり女性となったアグリは、笑顔で毒を吐くしし、ライオネルはもういい歳だというのに、同じように毒を吐く。結果、この二人を一緒にすることは危険だった。
まさか、毒殺までやるとは。アグリも恐ろしい女に成長したものだ。
もっとこう、穏やかな女性がいいな、と僕は思うが、現実はそうはいかなかった。血筋だな、血筋。
「これからどうするんですか? もう皇帝出来ませんよ」
「お前が皇帝になれ」
「アホ言わないでください。筆頭魔法使いは僕一人です。兼任は危険です」
「アグリと結婚して、あいつを女帝にすればいいだろう」
「僕はもうちょっと、大人しい女性がいいです」
「サマンサちゃんな。調べた。普通の大人しい女だな」
「やめてください。彼女は、そういうのじゃありません」
そういう気持ちになりかかった所でわかれた。サマンサのことは、それ以前の状態だ。
どうしてこう、ドロドロするかなー、と僕が困る。それを嘲笑うかのように、アグリが一人の男を連れてやってきた。
「アラン様、こちらにいたのですね!」
「アグリ、なんてことをしたのですか。ていうか、どうして自由に歩いてるの」
「私の夫が皇帝になるからです。見てください、この男、見つけました」
笑顔で連れてきた男を僕に見せる。嫉妬させたいのか? しないけど。
一目見て、その可能性もあったよな、と僕は今更ながら気づかされた。
面差しが、随分前に他界した母に似ていた。あの元皇族の末席と母の間に生まれた息子だ。背中がうずく。血筋的にも、申し分ない。
「初めまして、兄上、アランリールといいます」
手を差し出してくる、父親違いの弟は、どこか、狂った目をしていた。
アランリールは、母から生まれたのだが、生まれてすぐ、養子に出されていた。そのため、誰も気づかれなかったのだ。
僕の元に来た時には、母は狂っていた。子どもがいないな、と不思議には思ったが、まあ、そういうこともある、と気にしなかった。まさか、こんな立派な皇族の血筋の子を誕生させたとは。
「復讐にでも、来ましたか?」
「まさか! 父親の情なんてありませんよ」
場所をかえて話してみれば、僕には特に思うことはないようだった。だけど、その目は違う。
集まった皇族は、アグリとアランリールを恐れた。あの皇帝を毒殺する凶事を起こしたが、皇族としての血筋が濃すぎだ。僕では対抗出来ないのだ。
むしろ、僕はこの二人に操られてしまう。
いつかは気づかれる。その前に、僕は彼らの方向を変えることにした。
「それで、君が皇帝に決定か。血筋的にも、申し分ないからな」
「そうです! 僕は筆頭魔法使いの兄上のように、立派な皇帝になります!!」
「僕は、立派ではありませんよ。むしろ、最低ですから」
皇帝のお手付きをいいことに、権力を使いまくっていたからな。最低だ。
「知ってます。兄上は、少しでも国のために、と貧民たちを助けようとしていたのですよね。優しい兄上です。ですが、僕だったら、もっと簡単に解決します」
「まさかっ!」
僕は窓に駆け寄り、遠くを見る。見えないので、妖精の力をかりた。
「燃やしてしまえばいいんですよ」
アランリールは笑顔で言った。やりすぎだ、このクソガキ。
「さて、動けなくなった皇帝は、どうにかしないと。兄上、お別れの挨拶、してください」
「もう、浮気はいけませんよ」
アランリールとアグリは、他の皇族たちを連れて、部屋を出ていった。
最後挨拶しろ、というので、仕方なく、僕はライオネル様が寝る部屋に戻った。
「戻ったら、悪夢ですよ。何やってんですか、あなたは」
「油断した。悪い」
「まあ、いいですよ。ほら、最後の挨拶に来ましたよ」
「もっと、こう、情感をこめていってくれ。愛してる、とか」
「………」
「え、愛してくれない?」
「僕のどこがよかったんですか」
随分と長いこと、この男に翻弄された。ライオネル様ほどの男であれば、僕にこだわる必要はないだろう。むしろ、僕みたいに嫌がる男なんて、相手にするだけ無駄なはずだ。
情事は、完全な一方通行だ。僕からは求めないし、奉仕もしない。ただ、ライオネル様にされるがままだ。酒に酔わせないと出来ないなんて、何が楽しいのやら。時々、失敗して、情事の最中に吐いたことだってある。
首だけは動かせるライオネル様は、僕をまっすぐ見る。
「一目惚れだな。あの儀式で絶望にひしがれているお前に、惚れた。あれが、私の初恋だ」
「最低だな、あんた」
なんつう場面を一目惚れにしてるの。頭おかしいんじゃないか。
僕が筆頭魔法使いになるために、背中にとんでもない焼き鏝をあてられ、悶絶している僕を見て惚れるなんて、最低だ。
「アランはずっと受け身だな。来るもの拒まずだろう」
「拒ませてもらえなかっただけです。アグリも、これから拒ませてもらえないでしょうね」
あのドロドロとした執着は、気持ち悪い。
「まあ、良かったです。僕なりに、ライオネル様には情があります。だから、僕が殺してあげます」
筆頭魔法使いだからと、武器を調べないとは、甘いよ、あいつら。僕は隠し持っていた切れ味抜群のナイフを出す。
「良かったですね。妖精が、きちんと導いてくれますよ。ほら、ここを斬れば、助かりません」
あのクソ親父の時と同じく、ライオネル様の首をさす妖精。妖精、こわっ!
この後、ライオネル様はそれなりの拷問を受けてからの処刑となるだろう。このまま放置というわけにはいかない。だったら、さっさと楽にさせたほうがいい。
「アラン、すまん」
「黙れ」
初めて、僕からライオネル様に口づけした。そして、首をナイフで切り裂いた。




