王国へ
年に一度、王国との国交訪問がある。だいたい、皇族の誰かと適当な魔法使いとあとは護衛の騎士が行くだけだ。
筆頭魔法使いは、国を離れるわけにはいかないので、基本、行かない。色々ときな臭い話があちこち湧いてるんだよ。処理しようにも、魔法使いはご法度だから。
皇帝の寝所に侵入したり、毒盛ったり、と実行犯は捕まえては拷問で口を割らせているが、肝心の親玉には当たらない。こういう、後ろ暗いことではなく、貧民問題とか、そういう人のためになる仕事をしたい。
そういう時に、ライオネル様が妙なことをいう。
「お前もたまには、外に行ったらどうだ」
だいたい、決まってベッドでの事後だ。もう、僕はこの男の生活の一部だな。
「出てますよ。ほら、定期的に聖域見てまわってます」
月一くらいだけど。元公国の聖域は、制限がかけられて、僕のように力の強い妖精憑きしか渡れない禁則地だ。実際、王宮よりも北側にあるので、行くには、皇帝を乗り越える覚悟がいる。徒歩や馬では行きたがらない。
「それ、聖域見てるだけじゃん」
「大事なことなんです。疎かにしたら、国が滅びます」
「そんなに簡単に滅ばない滅ばない」
緩やかに滅ぶけどね。それはそれで恐怖だ。
「一度、王国を見に行ってもらいたい」
「寝言は寝てから言ってください」
「あそこには、二人の王子がいるんだが、妖精憑きがいるかもしれない」
「王国と帝国は、王族のやりとりはしない話ですよね」
大昔、血のマリィは王国に嫁ぎ、毒殺された。王国の間に生まれた娘エリカは、酷い虐待をうけ、最後は、王国の穢れを受けて亡くなった。それから、帝国は王国を憎んでいる。
「妖精憑きだったら、こちらとしては、欲しいところだ」
「やめておきなさい。王国の血筋と帝国の血筋が混ざる利点がありません」
王国と帝国は別の血筋だ。たぶん、聖域の恩恵も、受け方が違うだろう。
この聖域も謎が多い。元公国側の聖域は帝国が支配していることになっているが、どうやって支配出来たのか、謎だ。
「まあまあ、お前もちょっと休むつもりで、行ってこいって」
「………あまり、無理はしないでくださいよ。王国は遠いですから」
何を言ったって、皇帝がいうことは絶対だ。僕はしぶしぶ、王国に行くこととなった。
王国に行く前に、外に出るのは初めてなので、ザガン兄上に相談した。
「着替えとかは、妖精がどうにかしてくれるとして、後はどうすればいいのやら、それがさっぱり」
「王国までは三日の船旅だから、船酔いに気を付けるくらいじゃないかな」
「三日、かけませんよ。魔法で飛ばします」
僕が乗船するのに、どうして三日もかけないといけないの。
「すごいな、アラン様は」
「手土産とかは、皇族がどうにかするそうですし、話し合いの場では、黙っていればいいって言われてますし」
「観光してきたら?」
「観光って、どうやって?」
「ちょっと、歩いてみよう」
あまり城下町にも出ない僕は、そういうことがわからない。ザガン兄上に引っ張られ、城下町を歩いてみた。
「あ、アラン様だ!」
「筆頭魔法使いだー!!」
「アラン様、お出かけですか?」
筆頭魔法使いの恰好で、外に出るのはダメだな。普通の魔法使いとは違う恰好なので、すぐにバレて囲まれた。
「とりあえず、服、買いましょう」
「あ、うん」
平民服、買おう。
国王と対面するまでは、筆頭魔法使いの恰好しろ、と言われたので、結局、いつもの恰好だ。
「さすが、筆頭魔法使い様、すぐだ」
皇族は、魔法使いになったロンガールだ。一応、皇族だし、というが、血筋がちょっと足りない。僕をおさえられない。
「ここからは、すぐに王宮か。行って帰る感じだな」
「もうちょっと、遊ぼうよ」
「いや、ダメだ」
王宮のほうが、何か感じる。まだ、王国側の港だというのに、威圧的だ。もしかしたら、妖精憑きがいるのかもしれない。
「ロンガール、きちんと皇族やってください。はい、やって」
「わかった」
真面目になれば、この男も皇族教育を発揮してくれる。その調子で、国王の前でも外さないように。
港からは、せっかくなので、聖域をお借りして、そのまま王都の聖域に飛ばせてもらった。帝国側も王国側も、びっくりだよ。
「え、一瞬?」
「やはり、帝国血筋だから、王国側の聖域は拒否感がありますね。勉強になります」
僕は気にせず、勝手知ったる聖域を出て、王宮に向かう。近づいている近づいている。かなりやばいぞ、あれは。
ロンガールは、耳だけの妖精憑きだ。見えないので、あの異様さがわからないのだろう。音まで聞こえると、顔に出てしまうので、僕はロンガールの耳には聞こえないようにした。もっと血筋が上だったら、ロンガールも僕に耳は支配されていなかっただろうに。
いきなりの訪問だが、海を渡ることで、やはり、時間が読めないので、王国側は常に歓迎状態だった。
帝国と同じような長い回廊を歩き、会談場所に案内された。
いたのは、国王に王妃、王太子である。第二王子はいないようだ。
第二王子はいないが、王太子の後ろにいる側近の一人がやばかった。なんだ、あの妖精は。側近の姿が全く見えない。しかも、あまりの数と量に、王宮より上まで超えている。
この異様さに気づいているのは、僕だけだ。妖精憑きがいない。かといって、これほどの妖精を従わせている従者は、気づいている様子がない。
ものは試しに、と会談中など気にせず、僕はその側近に声をかけた。
「これほどの妖精憑きは、初めてみました。どうでしょう、帝国に来ませんか?」
「え、無理です」
はやいな、おい。もうちょっと考えろよ。
「お前がいうのだから、それほどのものか。このような所で一騎士として過ごすよりも、よい待遇を用意しよう」
ロンガールが会談そっちのけで応戦してくれる。よし、いけ。皇族の実力を見せてみろ。
「え、無理です」
「何がお望みですか? あなたなら、皇族の一員になれますよ」
「そういうのも、興味がありません」
「金ですか? 名誉ですか?」
「王妃様、助けてください!」
逃げられた。
そこにきて、ロンガールは気づいた。
「あれが第二王子か。似てるな」
どうやら、身分を隠して参加していた第二王子のようだ。似ているというのは、国王のほうか。第二王子は側室腹だ。王妃に似るはずがない。
残念なことに、第二王子を引き込むことは出来なかった。
帰りも一瞬なので、観光もない。
「もうちょっとゆっくりしよう」
「あんな化け物がいる国には、いたくない」
ロンガールはゆっくりしたい、と訴えるが、第二王子は危険だ。全く妖精憑きとしての自覚がない。
しかも、僕やロンガールの妖精が一部、盗られた。
妖精憑き同士の戦いは、妖精の盗り合いとなる。妖精憑きの力が強いほうに、妖精は盗られてしまう。帝国では、僕は最強といっていい妖精憑きだ。過去に、貴族出身のダメ魔法使いの妖精を盗って、反省房に放り込んだほどだ。
その僕の妖精が盗られた。帰ってきたが、あれは、関わらないほうがいい。
さっさと魔法で飛ばして、王宮に戻ると、全てが悪い方へと進んだ後だった。
王宮につけば、出迎えの騎士たちが走ってきた。
「大変です。皇帝陛下に毒つきのナイフでさされました!」
だからダメだって言ったのに。




