次の皇帝の選別
定期的に、皇族は選別される。その度に、僕はライオネル様の靴をなめさせられた。最悪だな、この男は。
ここまで出来る皇族はいないため、なかなか、次の皇帝候補は決まらなかった。皇帝は、血筋だけではなく、その能力も必要なので、もっと大きな見方で選ばれるが。
大人はもう手遅れなので、若い子どもをとうとう連れてきた。
赤ん坊はまだ無理なので、それなりの年齢の子どもが集められる。男大好きだけど、五人の子どもを作ったライオネル様の孫は、かなり多い。皇族の役目はしっかり果たされている証拠だ。
もう、隠されることなく、おおっぴらに皇帝のお手付きになってしまった僕は、ともかく蔑まされるように見られる。お前らの親だろう、どうにかしろ。
子どもは、魔法使いは見ることはないので、物珍しそうに見てくる。が、親は絶対に僕に近づけさせない。僕が被害者なんだよ、僕が!
「とりあえず、一人ずつ、アランに命じてみろ。座れくらいでいいから」
「お願いですから、靴をなめろはやめてくださいね」
子どもに言われたら、しばらく立ち直れないよ、僕。
ライオネル様に言われた通り、子どもたちは、僕に「座れ」と命じる。イヤな命令ではないので、背中は軽くうずくだけで、僕は座る。それの繰り返しをしていると、いやなものを見てしまった。
一人、どこか空気の違う女の子がいた。その子は、じっと僕を穴があくほど見つめた。そのまなざしと面差しに、僕は何かを感じた。
誰かに似ていると思うが、ライオネル様の血縁だから、そう思うのだろう、と僕はその時、勘違いしていた。
そして、最後に、その女の子・アグリが僕の前に立った。
「苦しんで」
燃えるほど恐ろしい痛みが背中に走る。強制的な命令に、僕は呼吸が止まり、倒れて、悶絶した。
声も出ないまま、悶絶する僕を助けたのは、ライオネル様だった。ライオネル様は、アグリをひっぱたいた。
「うわぁあああああーーーー」
「この小娘を外に出せ!
アラン、アラン! もういい。元に戻れ!!」
アグリの泣き声が遠くなるにつれ、僕の支配はライオネル様にうつり、呼吸が戻った。しかし、酷い苦痛を一度、受けてしまったため、意識を失った。
気づいたのは、いつもの皇帝の寝室である。こういう時、別の部屋にしてくれればいいのに。
てっきり、一人かと思ったら、ベッドの横で、僕の様子を睨むように見ているライオネル様が座っていた。
「大丈夫か?」
「優しくしないでください。男にやられても、気持ち悪いだけです」
「酷いな」
いつもの調子なので、ライオネル様は安心したように笑う。いや、本音だから。
「あの子はどうしましたか?」
「城から出した。あいつは、皇族にしない」
アグリのことを口にすると、再び、ライオネル様の怒りに火をつけた。そういうのは、本当にやめてほしい。
「皇族にしましょう。彼女、アグリは、あなたよりも血が強い」
「皇帝にするのか?」
「いえ、皇帝には出来ないでしょう。僕が命をかけて、皇帝にさせません。せっかくなので、皇族の誰かと結婚させ、子をなしなさい。そうすれば、血筋のしっかりした、立派な跡継ぎになります」
「随分と、遠大な話だな」
「ただ、気を付けないといけない。アグリは、たぶん、僕の運命だ」
「運命?」
皇族の血筋と、あの幻の女を見せる聖域の謎が、なんとなく、解けた。
僕は、たぶん、皇族の血がそれなりに濃い。あの聖域は、皇族の血筋で何かを作るために、皇族の妖精憑きに、運命の相手を見せている。
父上は、妖精憑きとしては力があるが、皇族の血が足りなくて、あの聖域では運命の相手が見れなかったのだろう。
聖域が見せた運命の相手は、あの幼い少女・アグリが大人になった姿だ。見たことがあるはずだ。
「あんな恐ろしい女が好みなのか? 見た目か?」
「違う。まだ、確証がないから、はっきりとは言えないが、僕とアグリは、何か繋がっているだろう。これが、いいことなのか、悪い事なのか、今はわからない」
「あんな女はやめろやめろ」
「皇族なんて、あなただけで十分ですよ。もう、大丈夫ですから、帰らせてください」
「ダメだ。ここにいろ」
「僕がまわりで、どう言われているか、知っていますか? 皇帝の娼夫です。それはまあ、元貧民ですから、僕は気にしませんが、あなたの家族は気にするでしょう」
何言われても、僕の精神は鋼鉄だから、逆にやりかえすが。
今日の儀式での、ライオネル様の子どもたちの視線は、なかなか痛い。色々と、言われているのだろう。可哀想に。
「いいんだ。私は、皇帝になってやったんだ。これくらい、好きにする」
「そうですね。皇帝って仕事は、大変ですよね。わかりますわかります。手伝わされていますから。あの人たちも、もっとやればいいんですよ。皇帝の娼夫がやってる仕事、やらせてください」
「明日にでも、やらせよう」
仕事が増えそうだな。うかつなことを言って、後悔した。
儀式はあんな終わり方をしたが、しばらくは、皇族の仕事がなくなった。本当にさせたんだな、と感心したのだが、すぐに、ブーメランのごとく戻ってきた。
あの時に、僕を蔑むように見ていた、ライオネル様の子どもたちは、僕に書類を持ってきた。
「あなたがこれ程の方だとは、存じませんでした」
「これは、我々では手に負えません」
「よろしくお願いします」
早いよ、ギブアップするの!!
仕事、やってあげないと、下々が困るので、僕は受け取る。これ、ライオネル様のもあるよね。後で絞めてやる。
「ものは相談なのですが、次の皇帝になるかもしれない、我々の子どもたちの教育をお願いしたいのですが」
「それは、きちんとした教師にまかせたほうがいいですよ」
「これほどの仕事が出来る方なんです。むしろ、よい経験になります」
皇帝の娼夫なんで、ろくなことを教えれないと思いますよ。なんて毒をどうにか飲み込んだ。いけないけない、こういう事は、あの皇帝だけにしか言ってはいけない。
書類を精査し、ライオネル様に文句を言ったけど、子どもの教育の件は、僕に丸投げされた。本当に酷いな、この男。
言われた以上、教育は週一で行うこととなった。年齢も性別もバラバラだから、知っていることと知らないことがある。そういう基本は、教育係りにやらせればいいので、僕がやるのは、心得を教え込むことだ。
といっても、僕の心得は筆頭魔法使いの心得である。それは、皇族の心得に近い。
「特に難しいことではありません。皇帝は、帝国の民のために生きる、これだけを心がけてください」
「皇帝になったら、好きなことは出来るんじゃないんですか?」
「やっていいですよ。帝国が滅ぶだけですから」
「え、滅ぶの?」
「一度、好き勝手やった皇帝がいて、滅びかけましたよ。血のマリィの話は知っていますか?」
「悪い事したら、毒殺されるって言われた」
「まあ、あながち間違っていませんね」
こういう話をするだけだ。これ、魔法使いの勉強だって、読まされた本の中にあった。後で考えてみれば、皇帝とかが読む本だよね、あれ。何も知らないって、恐ろしいものだ。
僕の話には、だいたいの子は熱心に聞いてくれたが、アグリは違った。彼女は、僕をじっと見つめるだけで、何も言わない。目が怖い。
運命の相手だったら、好意でも自然と抱くかな、と僕は思ったのだが、実際はそうではない。何の感情もない相手と政略結婚する感じだ。思ったよりも、情熱がない。
逆に、アグリのほうには、情熱らしきものが見られる。ライオネル様に見られているようだ。顔立ちも血縁だから、似てるし。いかんいかん、ほだされるな。
魔法使いでも、皇帝でも、基本は一緒だが、絶対に間違えていけないことがある。
「帝国と王国は、公国と違って、妖精と神の祝福で生かされています。神の祝福は、帝国では十の聖域から流れていると言われています。この聖域を清廉に保つことが大切なのですが、こちらは、人のあり方によって、穢れてしまうことがあります」
「悪い事をしたら、ダメというのですよね」
「そうですね。でも、人間はやはり悪いことをしてしまいますから、常に神に許しを得るために、祈り、見直すことが大事です。やってしまったことは仕方がないので、次はやらないようにしよう、ということですよ」
この話は、なかなか難しい。妖精と神と聖域は、一言では説明が出来ない。
子ども向けに、悪いことをしないように、と言ったところで、それだけでは終わらない話もある。
「妖精憑きは、わかりますか?」
「妖精の姿が見えたり、声が聞こえたりする人のことですよね」
「その通りです。僕も妖精憑きです。妖精憑きは、神様から与えられた力を使うことが出来ます。妖精憑きの特別さは、聖域と対話する力にあります。聖域と対話し、聖域を浄化するのです」
「魔法は?」
「魔法は、妖精の力です。妖精は、色々なことが出来ます。火を灯したり、水を出したり、土を掘ったり、遠い場所へ飛ぶことも出来ます。その力を妖精憑きはかりているだけです。それが、魔法と呼ばれます」
「すごく便利だ」
「だから、妖精憑きは、最初に、帝国のために働くように、契約をします。そして、僕みたいに強い妖精憑きは、危険なので、強い契約をさせられます。その契約の強さが、君たち皇族の血の濃さです。
間違ってはいけないのは、皇族の血が濃いからといって、皇帝になれるわけではありません。皇帝になれるのは、きちんと勉強し、帝国のために生き、帝国のために戦い、帝国のために死ねる人です。まあ、その心得を心の片隅に持っていればいいですよ。普段は、とりあえず、国のために良いことをしてください」




