母との別れ
昔々、公国と帝国が戦争をしていました。公国は科学で、帝国は魔法で戦いましたが、いつまでも決着がつきませんでした。
ある日、魔法使いアラリーラは、公国で打ち捨てられた聖域を支配し、科学を使えなくしてしまいました。公国は、科学がないと生きていけません。公国は、土地を捨て、海を渡って逃げていきました。
こうして、アラリーラのお陰で、帝国は平和となりました。
母ちゃんの優しい声で語られる、大魔法使いアラリーラの昔話は大好きだった。こんなすごい人がいたんだよ、と母ちゃんは言って、俺の名前も、この大賢者にあやかって“アラン”と名付けたんだよ、と毎夜、俺に話してくれた。
母ちゃんは、元は貴族だった。何かがあったようで、貴族ではなくなり、貧民に落とされたという。貧民は、本当にみじめで、仕事をしても、給金がもらえないこともある。母ちゃんは、それでも、俺を抱えて、一生懸命、働いた。
「おら、帰ったぞ!」
そこに、あのクズの親父が帰ってくる。安酒を飲んだのだろう。酷く臭い。
「はいはい」
せっかく、母ちゃんと一緒に寝るところだったのに、親父の所に行ってしまう。親父は、俺のことを忌々しい、みたいに睨んで、椅子に座った。
「金がなくなった」
「借金を返しているから、もう、ありませんよ」
「どっかにあるだろ!!」
机の上に用意された親父の食事を蹴り飛ばす。母ちゃんは、いつも、このいつ帰ってくるかわからないダメ親父のために、食事を用意してるってのに!!
「もうないのよ!」
母ちゃんは親父に殴られた。
「何するんだよ!!」
「うるせぇ!!」
俺が向かっても、蹴られるだけだ。
「アラン!!」
母ちゃんは、俺のことを抱きしめる。母ちゃんのほうが、もっとひどい目にあっているってのに、俺のことばかり心配した。
「アラン、血が!」
「そんなのは、捨ててけ! ほら、行くぞ!!」
「アランのケガが!!」
「黙れ!!」
母ちゃんはまだ、ひっぱたかれ、そのまま、家を連れだされた。
俺は、ケガで血が流れたせいで、意識を失った。
気づいた時は、朝だった。俺は、母ちゃんを探した。
「母ちゃん、母ちゃん!!」
『アラン、大丈夫? ケガ、治してあげたよ』
『あの親父、アランにこんなことして、許さない』
「うるさい! 母ちゃんはどこいったんだよ!?」
俺にだけ見える妖精たちに聞くが、誰も答えない。役立たずが!!
俺が外に出ようと飛び出す前に、ドアが開いた。そこには、あのクソ親父が気味悪い顔で笑って立っていた。
「母ちゃんはどうしたんだよ!!」
「売った。すげぇ金になったぞ」
「は?」
この親父は、何を言ってるんだ? 俺はわけがわからなかった。
親父は、邪魔な俺を蹴り飛ばし、家に入ると、酒を飲み始めた。
「あいつ探してる貴族がいたんだよ。すげぇ金になった。借金の倍だぞ、倍!! あんなお高くとまった女も、役に立つもんだな」
大笑いする親父。
母ちゃんは、俺さえいなければ、このクソ親父と一緒になることはなかった。それが、俺のせいで、この家に縛り付けられた。
そのことは知ってる。俺が寝ていると思って、親父が母ちゃんに話していた。だけど、母ちゃんは、俺を大事にしてくれた。
そんな母ちゃんを金にかえた?
『この男、アランに酷いことして』
『アラン、私たちがやっつけてあげる!!』
妖精がいう。だけど、お前たち、触ることも出来ないじゃないか!!
妖精にどんな力があるのか、俺は知らない。ただ、母ちゃんが言っていた。
「妖精のことが見えることは、絶対に言ってはいけない」
母ちゃんに話した時、思いつめた顔できつく戒められた。どうしてなのか、そういう話は聞けなかった。
それどころか、妖精に何が出来るかなんて、わからない。
酒に飲まれた親父が、昨日まで俺と母ちゃんが使っていたベッドで寝ている。金は、無防備にも、机に放置されていた。これを持っていけば、母ちゃんが取り戻せる。
もし、父ちゃんにばれたら、俺は死ぬかもしれない。
その予感があった。子ども一人で出来ることなど、たかが知れている。どうにか、この親父を動けないようにしないといけない。
昨日、片付け忘れたのだろう。貧相なキッチンに、包丁が転がっていた。いつもは、危ないから、と母ちゃんはどこかに片付けていた。
これは、何かの掲示だ。あのクソ親父をどうにかしろという。
俺は、包丁を持った。これで親父をどうにかするしかない。
「どこ切ればいんだよ」
人を、というか、生き物に包丁を向けたことがない。母ちゃんは、いつも普通に使っているそれは、俺には重かった。
『ここよ、ここ。ここを切れば、一発だから』
妖精が首のところをトントンとさした。そこを切ればいいんだ。
俺は、おもいっきり、妖精が指示したところを指した」
「ぎゃあああああーーーーーーーー!!!!」
ものすごい悲鳴と血しぶきをあげて、クソ親父が悶絶した。首を片手で、おさえ、俺を見る。
何か言おうと口をパクパクとしているが、そのまま、動かなくなった。
親父からの血しぶきがおさまって、改めて見回す。あちこち、血まみれになっていた。俺も血まみれだ。
親父の悲鳴は外までとどろいたが、誰もこない。どこも、自分のことで手一杯だから、よその家なんて気にしていない。それが、幸いした。
俺は、汚れた服を脱ぎ棄てた。このまま、ここにいたら、まずい。着替えて、母ちゃんを売ったという金をバッグにいれて、家を飛び出した。
人買いの場所は、妖精たちが教えてくれた。母ちゃんを探せば、檻の中にいた。人がいないことを確かめ、母ちゃんのところにいった。
「母ちゃん、母ちゃん!」
「アラン、どうしてここに!!」
「ほら、母ちゃんを売った金持ってきた。これで、帰れるよ!!」
「アラン、逃げなさい。あなただけは、逃げて、お願い」
「一緒に逃げよう!」
母ちゃんは、人が来ないか気にしながら、俺の顔に手を伸ばした。
「アラン、お前には父親だっていたあの男は、本当の父親じゃないの。アランの本当の父親は、死んだ恋人。だけど、それを知られたら、アランが殺されてしまうから、隠していたの。お願い、アラン、あなただけは逃げて」
「母ちゃんも一緒に!!」
「あの男に見つかったの。私を貴族から引きずり落とした、あの男は、まだ、諦めていない。ごめん、もう、一緒にいられない。ほら、逃げて!」
誰か来たのだろう。俺は突き飛ばされた。
『アラン、こっち!』
妖精たちに言われ、俺は物陰に隠れるしかなかった。
人買いと一緒に、随分と身なりのよい男がやってきた。檻に入れられた母ちゃんを見て、うっすらと笑う。
「やっと捕まえた。おい、首輪を用意しろ」
「へい!」
母ちゃんは、この身なりのよい男から少しでも離れようと檻の端に逃げる。しかし、人買いが持ってきた鎖の首輪をつけられ、無理矢理、引き寄せられた。
「お前の家族も、恋人も、みんな、消した。もう行くところがなくなったんだ、大人しく来い!」
「いやっ!」
母ちゃんが抵抗しても、人買いが鞭で叩いて、男は鎖を引っ張る。顔が青くなっていき、母ちゃんは引きずられた。
飛び出したかったが、出来なかった。情けないことに、怖かった。足がすくんでしまった。
倒れた母ちゃんと目があった。母ちゃんは、俺が無事なのを見て、喜んだ。そして、口をぱくぱくと動かした。
逃げて、と。
母ちゃんが連れて行かれてから、俺は、のろのろと立ち上がった。何も出来なかった。
もう、帰る家はない。母ちゃんはいない。ただ、人の多い道を歩いていた。子ども一人だから、からむ奴らもいるが、そういうのは、妖精がどうにかしてくれた。
「なんで、母ちゃんは守ってくれないんだよ」
妖精は、俺だけを守るだけだ。
『アラン、こっちだよ。こっちに行こう』
行く当てがないから、妖精に言われるままに進むと、教会についた。親がいなくなったら、教会の横にある孤児院入れてもらえる、と母ちゃんから聞いた。母ちゃんは、万が一の時は、と俺に教えてくれた。
なのに、妖精は教会ではなく、その奥へと俺を導いていく。何かがあるのかもしれない。
教会の裏は、うっそうとした林だ。そこを通り抜けると、青白く輝く泉に出た。
そこは、寒くも暑くもない、ほっとする場所だ。水に触れると、キラキラと輝く。
『アラン、ほら、行こう!』
さらに妖精は引っ張っていく。その先は、水の底だ。
母ちゃんはいない。もう、死ねってことか。そう思った俺は、妖精に言われるままに潜った。
けど、やっぱり苦しくて、外に出た。
「あれ、ここ、どこ?」
水から出れば、世界は一転した。あのうっそうとした林ではなく、どこかの洞穴の中だった。足がつくくらいの浅い水たまりは、どれだけ頑張っても、潜れない。
『アラン、こっちよ!』
言われるままに、妖精についていく。洞穴を抜けると、木の実が溢れる場所に出た。
『これで、アランは大丈夫。ほら、食べ物!』
妖精が、俺に果物を持ってきた。それを手にすると、お腹がなった。果物をかじる。
「うめぇ」
俺は、泣きながら、果物を食べた。