イリアの生きる道
イリアは久しぶりに豪華な食事を取っていた。
白磁の上品な食器に美しく盛られた食事の数々は見た目だけではなくその味も絶品だった。
(しかもトンカツが出てくるなんて!!)
カインが伝えたのかもしれないが予想外なメニューが出てきてイリアは感動のあまり咽び泣きそうだった。
トンカツの衣はサクサクで中の豚肉はジューシーかつ脂身までほんのり甘く感じられるほどの絶品だった。
それをほくほくした思いで食べる。
そんなイリアの様子を見ていたレヴァイン王も嬉しそうに目尻を下げて見ている。
「口に合ったなら良かった。イリアちゃんの好物だって聞いたから作らせてみたんだ。珍しい調理方法で私も初めて食べたけどなかなか美味だね」
イリアの斜め向かいに座ったレヴァインはそう言いながら、自分も一口大に切られたトンカツを頬張っている。
現在イリア達はレヴァイン王と晩餐を共にしている。レヴァイン王は年としては二十代後半の人物で甘いマスクの美男子だ。
顔の造作としてはカインもレヴァインも整っていて美形ではあるが、黒髪でクールにも見えるカインに対し、金の癖毛のレヴァインは柔和な面差しだ。
正直あまり似てはいないと思う。
「トンカツの事、カインが教えたの?」
「ああ、しばらく食べてなかったしお前が食いたいかと思ってさ」
「ありがとう」
「でもやっぱり本職の人間が作るのは美味いな。肉が柔らかい…叩いて肉質を柔らかくしてんのかな?」
「私はカインの作ったトンカツ好きよ。揚げ方が絶妙だし、あの特性ソースも私好み。本当、カインはいいお嫁さんになるね!」
「いや、俺が嫁って変だろ?」
カインといつものように会話をしているとその様子をレヴァインがにやにやと見ている。
「嫁って言えば二人はいつ結婚したの?」
「ゲホゲホ!!…けっ?!結婚?!」
突然の話にカインは驚きのあまり飲んでいたワインが気管に入ったようだ。
そして涙目になって訂正した。
「お、俺達は…そういうんじゃねーよ」
「えっ?じゃあ婚約者とか?まさか…まだ恋人同士なレベルだった?」
「えっと、そもそも私達付き合ってませんよ」
真っ赤になったカインは動揺のあまりまともに返答が出来ていない。
だからイリアがレヴァインの考えを否定した。
「えっ?そうなの?」
「はい。それに私がカインのお嫁さんだなんて…カインに申し訳なさすぎですよ。カインにはちゃんと素敵な人がいると思うんです。カインってモテますから、美女なんて選び放題ですし。それにこの女子力!私は太鼓判押せますよ!カインのお嫁さんになる人は幸せ者だと思いますよ!」
(いつも私の面倒見てるから他の女性と付き合う暇がないだけで、めっちゃモテるもんなぁ)
ザクレの街にいる時にも密かに憧れている女性も多かったし、実はファンクラブもある。
待ち伏せされて告白されているのを何度も目撃しているのだ。
「えー?じゃあイリアちゃんはカインの事嫌いなの?」
「嫌いなわけないじゃないですか。カインの事は大好きですよ」
「相思相愛じゃないか!なんで結婚しないのさ!」
「兄貴、も、もうその辺でやめてくれ…。とりあえず今はイリアも俺も結婚とかの関係じゃないし、それよりもやる事もあるしな。まずはこの国での生活基盤を整えたいんだ」
「そうだったね。あー、でもイリアちゃんも災難だったね」
レヴァイン王はしみじみとそうイリアに言った。
「無事にランディックに着いてくれて安心したよ。奇病のことは私も報告を聞いていたからね。だからどうなるのか心配してたんだよ」
「奇病の事、ご存じだったんですか?」
「もちろん。他国の情報を仕入れる必要はあるからね。それにどうやらあっちはきな臭い動きもあるしねぇ」
「きな臭い動き…ですか?」
イリアはガイザールの現状を知らない。自分達が出てきた後に何が起こってるのだろうか。
レヴァインの言葉を鸚鵡返しのように言うと、レヴァインはガイザールの今を説明し始めた。
「どうやらガイザールは我が国への侵略を考えているようだね」
「!!」
思いがけない情報にイリアは思わず息を呑んだ。
隣にいたカインもだろう。信じられないという表情でレヴァインを見つめている。
「そんな…ありえないわ」
「まぁ、まだ兆候がある程度ってところだけど。君たちがいなくなってからガイザールの政治は教会によって握られている」
教会ということはその実権は教会での最高位である教皇カテリナが握っているのだろう。
「教皇は貴族の領地の半分の寄進を要求した。もしそれに逆らうのであれば奇病を治癒できる唯一の方法である聖水を与えないと言ってね。まぁ半ば脅したようなものだけど。以降は聖女の力を盾にして貴族を従えて、政治を意のままにしているわけだよ」
「それで、伝染病の方はどうなったんですか?」
「残念ながら収まってない。聖女の生み出す聖水は少なくて、金を積んだものにしか渡していないという実情だ。市民には爆発的感染者が出ているわけはないけど、罪のある人間が罹る病気という噂が流れてね。それを利用してから教会は免罪符なるものを売り出した。それを買えば奇病には罹らないって言ってね」
イリアは絶句してしまった。
自分が国を離れた途端にこのような状況になるとは思ってもみなかったのだ。
「ウチの両親はどうしたんですか?両親ならそんな状況無視しないはずです」
「トリステン家は君が婚約破棄されたと同時に全ての役職を辞して王都から領地に引っ込んだ。トリステン派も総じて国政から手を引いたんだ。まぁ王家を見限ったってところだね」
そう言えば婚約破棄された日、怒りのあまり王家を滅ぼすと言った両親を宥めたとき、両親は「分かった、何もしない」と言ってはいた。だが…
(両親本当に何もしなかった…)
大切な娘への仕打ちに対しての報復である。
国が荒れようとどうなろうともう王家に手を貸さないという意思表示でもあるのだろう。
「まぁ、そう言うわけで政権は全て教会が掌握。聖女も贅沢三昧で国の資産を食い潰す勢いとのことだ」
「そ、そうよ、エリオット!エリオットは何もしてないんですか?」
「あぁ、残念ながら聖女の言いなりで、彼女の浪費を止めもしない」
「…そうですか」
レヴァインの言葉にイリアはぎゅっと目を閉じた。
(もっとまともな人だと思っていたのに…)
正直ショックだった。
エリオットがイリアではなくアリシアを選んだのは物語の既定路線でもあるし仕方ないとも思っていた。
だがエリオットは無能な王子ではない。
べたべたとスキンシップも多いし、ストーカーのような部分もあるが、臣下達の信頼も厚いし政治的手腕も問題ない。将来一国の王となる資質のある人間だと思っていた。
だがその期待を裏切られた。
恋は盲目とは言ったがここまでとは思わなかった。
暗く陰鬱な雰囲気になったところで、それを払拭するようにレヴァインが明るい声を上げた。
「ま、そんなところだよ。でももう君たちには関係ないことだし、この国でのんびり暮らしてくれたまえ!あ、もちろん私にできることはなんだって言っていいからね!私ののまい・すいーと・ぶらざーとその未来のお嫁さんの為ならなんだってしちゃうから!」
「いや、嫁ではな…」
「あ、イリアちゃん、私のことはお兄様と呼んでいいからね!うー、でもお兄ちゃんって呼ばれるのも捨てがたい…」
テンションの高いレヴァインに訂正する気も失せ、イリアは乾いた笑いを浮かべて曖昧に笑った。
※ ※ ※
怒涛の晩餐が終わり、イリアはカインの部屋で食後のお茶を飲むことにした。
カインが淹れてくれた紅茶には薔薇のジャムとブランデーが少し垂らしてあり、イリアの疲れた体に染み込むようだった。
「はぁ…生き返る…」
「お疲れ。なんか色々あって疲れただろ。今日はゆっくり休んだ方がいいぜ…と言っても難しいか」
「まぁ…そうね」
朝突然城に転移させられ、ランディック王に会って、そしたらカインがランディック王の弟だと知って、ガイザールの悲惨な状況を知って…
あまりにも情報過多でさすがのイリアも音を上げそうだ。
イリアは目の前のカインの顔をなんとはなしに眺めた。
いつもは黒のシャツとパンツというラフな格好のカインも今は豪華な正装に近い服を着ている。
長い足を組んで優雅に紅茶を飲む姿は確かに王族らしい雰囲気を醸し出していた。
「まさかカインがランディック王家の人間だったなんて…なんで教えてくれなかったの?」
「隠してた訳じゃねーけどさ。俺は王家との繋がりが無くなった人間だったし、国に戻るつもりも無かったからなぁ。こんな形でランディックに来るつもり無かったよ」
「繋がりが無いって?」
「まぁ…端的に言うと跡目争いとかの関係で森に捨てられたんだよ。それをディボに拾われて一緒に暮らしてたってわけ」
さらっとカインは言ったがなかなかハードな内容だ。
だが少し納得もしていた。
子供の頃、ディボに何故礼儀作法を学ばねばならないかと文句を言ったことがある。
自分はもうトリステン侯爵家には戻るつもりもなく貴族との関わりを持つことはないからだ。
カインについても同じようなことを言っていたが、それに対しディボは、「カインもイリアもご両親から預かってる大事なお子さんだからね」と返してきた。
(もしかしてこの展開になる予想をしてたとか?…いやいやいくらディボでもねぇ…)
ディボは規格外の人間だが流石に予知はできないだろう。とはいうものの…とちょっと思ってから考えるのをやめた。
真相なんて分かるはずもない。
「俺のことよりさ、ガイザールの事も気になってるんだろ?」
「うん。まさかあんな状況になってるなんて…」
「俺もショックだよ」
イリアは考えた。
このままガイザールの惨状を放置して良いものか。
エリオットとアリシアが結ばれるのが前提だったと思い込んでいたが、その結果がこれだ。
大体愛する二人の仲を裂こうとなどしてないのにあらぬ罪を着せられ、断罪されて国外追放にされるなどと、普通に考えたら逆襲してもおかしくない。
いや、むしろその権利がイリアにはあるはずだ。
(それになんなの、エリオットの奴!女にのめり込んで国を潰すつもり?)
こんな結果のために身を引いて断罪を受け入れたわけじゃない。
イリアは猛烈に腹が立った。
自分にもエリオットにも。
「そもそも逃げたのが間違いだったのよ」
イリアは怒りに任せて立ち上がった。
突然のイリアの動きにカインがギョッとして、こちらを見ているが、怒りに火がついたイリアはそれに気づかない。
(そうよ、逃げるなんて私らしくないわ!)
一度は断罪されたのだ。
もう怖いものはない。
ディボも言っていた。「じゃあ僕が一つアドバイスをしよう。悪役令嬢の物語にはざまぁがつきものだよ」と。
物語本編に出ないようにしていたが、もう物語を変えてしまえばいい。
(そうよ、ここはとことん物語に登場して、エリオットとアリシアにザマァすべきよね!)
それに死の魔石のことは見過ごすわけにはいかない。それで多くの人が亡くなっているのだ。
トリステン家家訓にもある。
『家訓その4:弱きを助け強きを挫く』
イリアはこの家訓に従いたいと思った。
「悪役令嬢か…。そうね。じゃあ思いっきり悪役になってやるわ」
「ど、どうしたんだよイリア。突然立ち上がって!悪役令嬢?なんだそれ?」
「うん、決めたわ。ガイザールを…乗っ取りましょう」
驚くカインを見据え、イリアはそう宣言した。
イリアがとうとうザマァに向けて動き出します。
今日は更新が遅くなってしまったので明日は3話更新できたらと思います。
いよいよ物語も佳境です!もう少しお付き合いくださいませ




