カインの正体
ディボを見送った翌朝。
イリアは少しだけのんびりと起き、カインとミレーヌと遅めの朝食を取ることにした。
死の森を歩いていたせいか朝日が目に眩しい。
夜半に少しだけ雨が降ったらしく、石畳にできた小さい水たまりに日の光が反射してキラキラと光っている。
食堂に行けばすでにカインが席に座って待っていてくれていた。
「おうイリア。ゆっくり休めたか」
「うん。カインも休めた?」
「おう。あーこの時間だともうモーニング終わるんだと。悪ぃけど注文だけしちまったけど、カフェオレでよかったか?」
「うん、ありがとう」
今から食べるとなるとブランチの時間なのかもしれない。
カインが適当に頼んだというモーニングセットを待っている間、ミレーヌを交えて雑談をしていた。
「そういえばミレーヌもランディックに来てもらっちゃってごめんなさいね」
「いや、問題ないっすよ。不測の事態でしたしランディックまでイリア様をお送りするのがあたしの役目っすから!」
「俺たちは首都を目指すことになるんだけど、ミレーヌはこのまま北上した先にある国境の街からガイザールに戻ると良いと思うぜ」
「分かりました。でも…ちょっと心配なんで首都までお送りします!」
ガタンバタン
その時宿の外が俄かに騒がしくなった。
ドアが乱暴に開けられる音と、ドドドともバタバタとも言えない足音が響く。
「え?何?」
ただならぬ雰囲気を感じられ、イリア達も自然と緊張が高まりじっとそちらを睨むように見る。
そして食堂入口のウェスタンドアを壊す勢いで白い甲冑の兵士達が雪崩れ込むように入ってきた。
何が起こったか理解する間もなく、気づけばイリア達は兵士たちに囲まれてしまった。
(カテリナの追っ手?…でもここで魔法使ったら宿ごと吹き飛んじゃう!)
イリアを庇うように前に出てカインとミレーヌも直ぐに攻撃できるように剣の柄に手を添え、彼らを見据えている。
相手がどう出るか。
ごくりと生唾を飲み込みながら念のために魔法を繰り出す準備だけはしていると、ザッと音を立てて兵士達が一糸乱れぬ動きで道を譲るように開けた。
そしてその後ろから一人の男が現れた。
体は他の兵士よりもがっちりしていて、頭一つ大きい。
どしどしと歩く度に身に着けた真っ白な鎧が金属音を生み出すが、その重さを感じさせないほどの体躯。
赤い髪は獅子を彷彿させた。
険しい顔をしてイリア達の前に来るとピタリと足を止めた。
かと思ったら突然カインの肩をバンバンと叩きながら大声で笑い始めた。
「カイン様!お迎えにあがりました!」
「ベルナルド!お前が来たのか?つーか、昨日連絡したばっかじゃん」
「いやー、本当はもっと早く来たかったのですがいかんせん準備がありましてな。それにしてもお元気そうで何よりです」
(カインの知り合い?)
ベルナルドと呼ばれた大男はガハガハと豪快に笑い、カインと親しげに言葉を交わしている。
その様子を唖然としながら見ていると、ベルナルドはイリアの視線に気づいたようでこちらに顔を向けた。
「イリア・トリステン嬢ですな!いやーお会いできて嬉しいですぞ」
「えっ?あ、ありがとうございます?」
「うんうん、さすがカイン様が選んだ方だ。美人ですな!良かった良かった!」
ベルナルドはまた大口を開けて笑っている。
そしてイリアを見ながらうんうんと頷くと、くるりと方向転換をした。
ばさりとベルナルドの燕脂のマントが音を立てた。
「さあ、行きますぞ!」
そう言うとイリア達はベルナルドに促され、半ば連行されるように、彼に付いて行くことになったのだった。
※ ※ ※
イリアは混乱していた。
目の前には長い赤絨毯が敷かれており、そのふわふわと厚みのあるそれは高級なものであることを証明しているかのようだった。
その上をイリアは歩いて行く。
赤絨毯の脇には多くの貴族と思われる人々が並びながら傅いている。
(えっと…さっきまで宿屋にいて…なんか城に案内されて…えっ?ここどこ?)
ベルナルドに連れられた先は転移門だった。
そして気がつくと目の前には王城と言って差し支えのない程の見事な城があり、イリアは訳も分からないままその中へ入るように案内された。
(何?どういうこと?)
状況が掴めないイリアはベルナルドと知り合いであるカインをチラリと見た。
イリアの隣を歩くカインは戸惑いの様子も見せず平然と歩いていた。
イリア達は旅用の質素な格好をしており、この城の煌びやかさとはあまりに似つかわしくない。
戸惑いのまま先を進むと、やがて前方に玉座が見えた。
(玉座?…ということはやっぱりここはランディック国の王城?…でもなんで私達はここに案内されているの?)
イリアは考えを巡らせた。
だがその思考を停止させるかのように高らかにラッパが鳴った。
そして壇上に男性が現れた。
黒地に金模様の入った服の上にグレーのファーが豪華についた青いマントを羽織っている。
颯爽と登場したその男性は、カインの姿を認めると、突然壇上から駆け降りてきた。
イリアはギョッとした。
上位貴族…しかも明らかに彼はグランダィアスの王族に見えるその人物は、周りに花を散らして駆け寄る可憐な乙女のような様相でカインに抱きついたのだ。
「カイーーーン!愛しのマイ・ブラザーーーー!」
「うぁぁ!兄貴!?やめ!抱きつくなって!!」
「待ってたよおおおお!」
(兄貴?…ということはこの人カインのお兄さん?)
カインを抱きしめながら頬擦りしているこの変態のような男性がカインの兄なのだろうか。
カインはというと縋るように抱きつく兄(推定)から逃れようと必死である。
その様子を見ていたベルナルドが青年を嗜めた。
「陛下、嬉しいのは分かりますがカイン様が死んでしまいますぞ。とりあえず落ち着いてくださいませ」
「あ、すまなかったな。興奮を抑えきれなかった」
ハハハと照れ笑いするカインの兄。
だがイリアはベルナルドの言葉を聞き逃さなかった。
「陛下…?えっえっ?!」
この目の前の変態行為をしてた男性が陛下…ということはランディック国王ということになり、と言うことは、カインは…
「おかえりなさいませ、カイン王弟殿下」
ベルナルドがそう言うと整列していた貴族達が一生に唱和した。
「おかえりなさいませ、カイン王弟殿下!」
意味が分からない。
完全にイリアの理解の範疇を超えている。
反射的にカインの顔を見れば、カインは少し戸惑った顔をして深いため息の後に答えた。
「まぁ…そういうことだなんだ」
「え?え?えええええ?!」
イリアの声が場内にこだまする。
なんとか冷静になろうとイリアは頭を抱えて目を閉じた。
(と、とりあえず落ち着くのよ。こういう時は地質時代を思い出すのよ。カンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀、デボン紀…)
大学時代に習った地質時代を順番に唱え、その時代の古生物をも思い出しながら必死に冷静さを取り戻そうとした。
そんなイリアに一歩人が近づく気配がして、イリアは顔を上げた。
目の前には黒に近い緑の双眸。
その中には優しい光が見えた。
「初めまして、イリア・トリステン殿。私はレヴァイン・ランディックだ。弟が世話になってるね」
(あ、この瞳の色…カインと同じだわ)
そう思うと、途端にイリアは冷静さを取り戻した。
そして背をピンと伸ばした後にカーテシーをした。
旅服では様にはならないかもしれないが、だからこそ綺麗に礼をしなければならないだろう。
「先程は陛下の御前にも関わらず、お見苦しい姿をお見せしまして大変申し訳ありませんでした。私はガイザールから参りましたイリア・トリステンと申します。お目にかかれて光栄です」
「いや、こちらもイリア殿に会えて嬉しいよ。カイン、素敵なお嫁さんを連れてきてくれて嬉しいよ!」
「…え?嫁?」
「な?!そ、そんなんじゃ…!」
レヴァイン王の言葉にイリアは今度は首を傾げてしまった。
その横でカインが真っ赤になっている。
「いやー、カインが帰って来てくれただけしゃなくて、お嫁さんまで連れて来てくれるなんて、本当今日はいい日だ!積もる話もあるし、さ、部屋へと場を移そうじゃないか!」
「陛下、まずはお二人を部屋にご案内して、少し休憩を取っていただいた方がいいかと思いますぞ」
「おぉ、確かにベルナルドの言う通りだな。うん、まずはゆっくり寛ぐといい。夕食の時また会おう」
レヴァイン王はそう言って謁見の間から退場し、イリアは話の展開について行けないままベルナルドと共に客室へと通されることになったのだった。
古生物としてはカンブリア紀のアノマロカリスがかっこよくて好きでした。
あとはオパビニアは手乗りサイズらしいので、実はちまっとして可愛いなぁなんて思っています。
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