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王命と旅立ち

屋敷の中がてんやわんやしている中で、イリア達のいる団欒室はひどく静かで悲壮感が漂っている。


呆然と立ち尽くすイリアと力なくうなだれて啼きそうな表情のレオナード、眉間に皺を寄せて不愉快そうな顔のライラの三人が、三者三様の表情を浮かべてセンターテーブルに置かれた勅書を見ている。


(通知書が死の宣告書にしか見えない…)


真っ白な封書に押された封蝋の家紋はまぎれもなく王家の物だ。

普通であれば婚約の打診なり顔合わせなりあるのだが、それをすっとばして…しかも婚約の申し込みではなく婚約決定とはどういうことだろう。

イリアは状況についていけず思考が完全に停止した。


「私も急なことで戸惑っているんだよ。でもイリア…さすがにこれは突っ撥ねるのは難しい。王命まで出されては…不甲斐ない私を許してくれ」

「そ、そうですよね。いえ、父様が悪いわけではないです…」


父が悪いわけではない。

イリアにその理由も聞かず、王家からの茶会の誘いをずっと断ってくれていた父親には感謝しかない。


「それでね、イリア。明日、城で婚約式を執り行うんだって」

「はいいいい?ちょ…なんでそんな急に?準備的に無理じゃないですか?」

「…とりあえず婚約内定って感じだから、立会人は私とライラ、あっちは国王夫妻だけらしいんだ」


これにはもうイリアの呼吸が完全に停止するところだった。

断罪の二文字がイリアの脳内でぐるぐると回る。


(待って落ち着いて。そもそも断罪って、具体的にどんなだったかしら…)


イリアはゲームのストーリーを思い出そうと記憶の中を漁りまくった。

その結果大筋のエンディングは2パターンであることを思い出した。


パターン1:死罪

舞踏会会場で断罪されたイリアは逆上し、ヒロインに襲い掛かるのだが衛兵によって囚われる。イリアは危険人物とされ、その後死罪となってしまうのだ。


パターン2:国外追放

舞踏会会場で国外追放を告げられる。泣き叫びながらも衛兵によって連れ出されるスチルは鮮明に覚えている。

ただし、国外追放で終わりというわけではなく、国外で野垂れ死ぬというエンディングだった。


つまり、エリオットルートではどうあがいても死が待っているのだ。


「なんで急に婚約なんて…別にイリアじゃなくてもいいじゃないか」


レオナードが深いため息をつきながら頭を抱えている。

それもそうだ。なぜ自分がエリオットの婚約者にならなければいけないのか?

お互い会ったこともなければ、人となりを知っているわけではない。


となると、可能性として考えられるのはトリステン家が筆頭侯爵家だからだ。

家柄でも政治的な意味合いでもちょうどいいのだろう。


(トリステン家のイリアが必要なのだから…私がトリステン家の人間じゃなければいいんじゃない?)


これだ。

これしかない。

自分には魔法という力があることが分かったのはきっと偶然ではないのかもしれない。

だから、イリアは大きな声で高らかと宣言した。


「私、この家を出ます!」

「な、なにを言っているんだい?」

「父様…私を勘当してください!」

「えっ?!」

「私、どうしても婚約はしたくないんです!でも、この家が取り潰しになったりしたら…弟が可哀想です!!」


イリアには一つ年下の弟がいる。

自分がこの家を出ても家督を継ぐ人間はいるのだし、逆に自分の我儘で家が取り潰しになってしまっては家族も路頭に迷う。


これから将来がある弟の未来が潰されるのも見たくはない。

だか今回の婚約は王命である。背いたからには反逆罪に問われかねない。


「このままだと王命に叛いたことになってしまいます…。だからこれしか方法がないんです」

「でも…いや、ダメだよ!可愛いイリアがこの家からいなくなるなんてダメ!!」

「じゃあどうすればいいか代替案をください!」


口を閉ざすレオナード。

そしてレオナードは先程よりも渋い顔をしてぽつりと言った。

心なしか声が低くなり怒気を含んでいる気もする。


「そうだ…王家を滅ぼしてしまえば…」


仄暗く笑う父親の姿を見てイリアはちょっとひいた。

このままではレオナードは本気で王家を気合で滅ぼしかねない。


「…うん、決めました。私、やっぱりこの家を出ます!父様、母様、今までお世話になりました!」

「待ちなさい、イリア!!ダメだ!!」


こうしてもいても状況は変化しない。

逃げたいイリアと、阻止したい父親。

しかも明日王宮から迎えがくることを考えると、今夜中…遅くとも明日の朝一には屋敷を出立しなくては逃げられない。

つまり一刻の猶予もないのだ。


「父様、こうなったら家訓に従いましょう。家訓その2、拳で語れ!」

「わかった。そんなに言うのなら私を倒して行きなさい!」


そうしてイリアとレオナードは庭で直接対決をすることになった。

立ち会いはライラだ。


「可愛いイリアにこんなことをするのは気が進まないけど…少しの間眠ってもらうだけだから」


レオナードは気功の達人で、気を乱すことで意識を失わせることもできる。

今回もそれをするつもりなのだろう。


一方、イリアはまだ気功を使えるとは言えない。マーカスのような子供であればぶっ飛ばすこともできるだろうが、大人相手には無理だ。

それを分かっているレオナードは余裕の表情を浮かべながら軽く腕まくりをして言った。


「さぁ!行くぞ!」


それを合図にレオナードは大きく息を吸い、手のひらから気の球を放った。

見えないその気の塊ではあるが、空気を乱して進むのがイリアには感じられた。

魔法の力が覚醒したことで感じることができるようになったのかもしれない。


(気の塊は空気の塊。これの起動を変えるのならば…気圧配置!)


イリアの脳内で天気図が描かれる。

熱帯低気圧は日本に張り出した太平洋高気圧の淵を通る。

それをイメージして魔法を展開する。


「なに!?」


レオナードの目が驚愕に開かれる。

自身が発した気がイリアを避けて通って行ったのだ。そしてイリアの後方で霧散した。

それを見計らったようにイリアは再び魔法を展開した。


「では失礼します、父様!」


次に思い浮かべたのは低気圧のイメージ。

するとイリアの周りに風の渦が巻き上がり、そして一気に上昇流となる。

そしてイリアは思いっきりレイナードに向けて風魔法を繰り出した!


「はっ!!!」


土を巻き上げ、砂埃を取り込みながら渦巻いた風がレオナードへと向かっていく。

枝が折れる音と、屋敷のガラスが砕け散る音がかすかにイリアの耳に入った。


「ぶへつ!」


レオナードは信じられない表情を浮かべたがそれも瞬間のことで、短く悲鳴をあげたのち、後ろに立っていた大木まで飛ばされて行った。


「レオナード!」


これには普段冷静なライラも慌てた様子でレオナードに向かって走っていく。

イリアも動揺しながらも父の元へと走った。


「うう…」

「と、父様ごめんなさい!!」


魔法というものを使うのは二度目ということもあり、原理として理解した魔法であったが加減がわからなかった。

慌てて駆け寄ったイリアに、レオナードは親指を立てて言った。


「いい、一撃だった…大人に…なったな…」


そして、レオナードはパタリと気を失ってしまった。


「と、父さまぁ…!!」


その後、ライラに気功で治療されたレオナードはそのまま寝室へと担ぎ込まれていった。

それを見送ると、イリアは自室に戻って支度を急いだ。


時は一刻を争う。

とりあえず持っていくものは最低限でいいだろう。

一つのカバンにぎゅうぎゅうと身の回りのものを詰め込んでいると、ドアがノックされ、ライラが部屋へと入ってきた。


「母様!!父様は大丈夫?」

「あぁ、もう目も覚めたし、怪我もないようだ。少し打身がある程度だから心配ない」

「よかった…でも父様には悪いことしちゃった…」

「まぁ、怪我よりもイリアが反抗期だと泣いていたがな」


情けない声を出してさめざめと泣いている父親が思い浮かべられる。


「それより、イリア。お前、魔法が使えるのか?」

「う、うん…そうみたい」

「知らなかったな。魔法の使い手は国でも稀な存在だ。まさか…イリアが使えるとは…」


突然魔法を使ったことにライラが驚いている。

自分自身でさえも今日知ったばかりなのだ。それは驚くだろう。


「そうか…風魔法の使い手か」

「あー、でも水魔法も使えるの」

「多属性を操るとは…珍しい」


しばらく考え込んだライラはイリアに告げた。


「さっきの様子だと魔法の加減が分からないのではないか?」


思いっきりぶっ飛ばされた父親のことを思い出し、イリアは頷いた。

魔法が使えるのに気づいたのも今日で、使ったのもあれが二度目だ。加減などわかるはずもなかった。


「ならば先生のところに行くのがいいかもな」

「先生?」


ライラは机に置いてあった便箋になりやら書き込むとイリアに渡した。


「辺境にすむ狸ジジイのところに行くといい」

「狸ジジイ?」

「魔法使いディボ・ストグル。国境沿いの山奥に住んでいる。紹介状を書いたから訪ねていけ」

「ありがとう」


家を出ると言っても計画性には欠けるものだったため、指針ができることはありがたい。

紹介状があるということはその魔法使いの元で暮らすことができるだろう。


「あの…王様には上手く言ってくれる?」

「その点も大丈夫だ。お前は婚約が嫌で父親をぶっ飛ばして出奔した、ということにする」


半分…いや八割くらいは本当のことだ。

イリアによって屋敷の一部が損壊している状況を見れば王の使者も納得せざるを得ないだろう。

これでトリスタン家としても王からのお咎めもないだろう。

そうして慌ただしくイリアは出発の準備を終えた。


翌朝、外門には三人の姿があった。

早朝とあって、まだ肌寒い。イリアは身軽な服装に外套を纏って大きな荷物を持っていた。

それを両親が見守る。


「うっ…うつ…私のイリアが…」

「レオナード、いい加減泣き止め。…イリア、なにか困ったことがあったらいつでも連絡してくるといい。今回の婚約話、庇ってやれなくて悪かったな」


父親はさめざめ泣き、それを窘めるライラの目にもうっすらと涙が浮かんでいる。


「父様、母様。ではさようなら!」


イリアはこうして家族に見送られながら侯爵家を後にした。

夜明けが近い。

東の空は明るく、悪役令嬢という運命から逃れるための旅立ちにも関わらず、なぜか気分が高揚している。


「よし、新しい一歩だわ!」


これからはひっそりと山奥で静かに暮らすのだ。

そう決意してイリアは国境の森に続く長い道の一歩を踏み出した。


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