恋とはどんなものかしら?
4章開幕
ブランシェの屋敷での最後の晩餐は事業成功の前祝とイリア達の送別会をかねて豪華に執り行われた。
目の前にはカインが腕によりをかけて作ったコース料理が並んでいる。
トマトとチーズのカプレーゼとサーモンのカルパッチョ、それにキノコとジャガイモのフリッタータが一口大に切られ、丁寧に更に盛られている。
スープは玉ねぎとベーコンを使用したコンソメスープだ。深みのある出汁と玉ねぎの甘さが混ざり絶妙な塩加減がカインの腕を感じさせる。
メインは鴨のコンフィ。皮はパリパリに仕上がっているのに、中の肉はジューシーだった。またそれにあわされた赤ワインとバルサミコのソースは王都のシェフでもそうそう作れないだろう。
最後はガトーショコラにアイスを添えたものだ。アイスにはイリアの好きなイチゴのマカロンも乗っていた。…温かいガトーショコラに冷たいアイスは最強だと思う。
だが、そんな一流シェフ顔負けのカインの料理もイリアは右斜めの席に座るリオが気になってゆっくり味わうことができなかった。
リオは美味しそうにカインの食事を食べている。テーブルマナーは貴族なだけあって、洗練されていることに気づいた。
リオはゆっくりとデザートのガトーショコラを一口食べている。
それをイリアは見るともなしに見ていた。
(あの唇が…私に触れたのね…)
そっと自分の唇に触れ、同時にリオの唇に目が行ってしまった。
リオの唇の柔らかさを思い出してしまう。温かくて、とても心地よかった。
(って、何考えてるの、私!!)
あれは人工呼吸だ。間違ってもキスではない。
そう思いつつもどうしてもリオのことを意識してしまう。
不意に顔を上げたリオとばっちり目が合ってしまい、イリアは反射的に目を逸らした。
ドキドキと鼓動が落ち着かない。リオが不意にこちらを見てニコリと笑うと、頭が沸騰したようになってしまう。
先ほども声を掛けられたのに、逃げるように部屋に戻ってしまった。
「…ア、…イリア!」
「え!?な、なに?」
「お前さぁ、どうしたんだよ?ぼーっとしてよ。やっぱり徹夜の疲れが残ってるんじゃねー?」
隣に座るカインの声が頭上から聞こえ、イリアは現実に引き戻された。
心配そうなカインは、自分の皿からマカロンを取ると、イリアの更にコロンと乗せた。
「疲れた時には甘いものつーだろ?マカロン、お前が好きだから作ったんだけど、美味しくなかったか?」
「え!!そんな、カインの料理はとっても美味しいわ。マカロンもいつも以上に美味しく感じる。ふふふ、じゃあ貰うわね」
「今日は寝たほうがいいんじゃね?疲れすぎて眠れねーならカモミールティーでも淹れるか?」
さすがオカンのカインである。
イリアを気遣って色々と世話を焼いてくれる。
「ううん。大丈夫よ」
「そうか?」
「えっと…僕も早く寝たほうがいいと思うよ。さっきから上の空だし。調子、悪そうだけど…心配だよ」
リオの心配そうな顔を見ると、また心臓がバクバクと言って、なんとなくいたたまれない気持ちになる。
思わずそっと顔を背け、隣にいるカインに語り掛けた。
「そ、そうね。あ、その前に私食器洗うわ」
「そうだな。じゃあちゃっちゃと終わらせるか」
「じゃあ、僕も手伝おうかな」
「リオはいいわ。私達だけで大丈夫よ。ね、カイン、早く片付けちゃいましょ!」
(わざとらしかったかしら?)
良く分からないそわそわした気持ちの状態で、リオの隣には立つのが難しく感じだ。
カインと素早く食器を洗い、部屋へと戻ったイリアを一足早く部屋に戻っていたミレーヌが心配そうに気遣ってくれた。
「イリア様、どうしたっすか?やっぱり昨日のことも今日のこともありますし、お疲れっすかね」
「そういう…わけじゃないんだけど…」
なんと言って言いか分からず、イリアはベッドに座って床を見つめた。そして思わず深いため息を漏らしてしまった。
そんなイリアを見てミレーヌは何かを訴えるような視線を送ってきたので、イリアは顔を上げた。
「なんか悩んでらっしゃるんでしたらあたしが聞きますよ」
任せなさいとばかりに胸を張るミレーヌを見て、イリアは自分の脳内を整理するためにもここはミレーヌに話してみようと考えた。
なんと話したらいいのかも分からずとりあえず考えながらぽつりと呟いた。
「あのね、リオの顔が恥ずかしくて見れないというか…もう…自分でもよく分からないんだけど…リオを見るとなんか変な気持ちになるの。ドキドキというか…そわそわというか。落ち着かなくて」
自分は病気なのだろうか?
心臓は弱いわけではないし、風邪をひいている感じでもない。
イリアは自然魔法はチートであるが、人体については特に詳しいわけではないので医者のような見立てはできない。
あくまで前世で培った程度の医療知識なのだ。
だから自分の体が健康であるという確証はないのだが…これだけ体調が悪いということはやはり病気なのだろうか。
そう考えていた時、ミレーヌがあっけらかんと言った。
「それは恋っすね!」
「今日は晴れですね」くらい軽い言葉で言うのでイリアは一瞬理解ができなかった。
「え?こ、恋!?そんなわけないわ」
「どう見ても恋じゃないっすか」
正直幼いミレーヌに恋などと言われても説得力がない。
「ミレーヌの勘違いじゃない?」
「んなことないっすよ。既婚者の言うことですから間違いないっす」
「…え?既婚者?」
目の前のミレーヌはどう見ても可愛い少女のようだ。背は小さいし、ぴょこぴょこ歩く様子はどう見てもイリアよりも幼く見える。
「はい、旦那は陛下の近衛騎士しているっす!元々は先輩だったすけど、色々あって結婚したっす。あ、一歳になる子供もいるっすよ!
「ちなみに…ミレーヌっていくつなの?」
「あたしっすか?二十四歳っす!」
(…ええええええ!?自分より七つも上じゃない!?)
唖然とするイリアをよそにミレーヌは話を続ける。
「なんでもう恋バナばちこいっす?あたしがアドバイスするっすよ!」
「そ、そう…じゃあ、聞いてくれる?確かに、リオのことは好きだと思うの。でも異性としてっていうと正直分からないのよ」
「うーん、それはっすね、キスできるかですよ!」
「キ、キス!?」
「例えばですね、アイザックとキスできるっすか?」
「そうねぇ…」
――想像中―――
「いや…無理というか…アイザックさんはある意味恐れ多くて無理よ。嫌悪感まではいかないですけど…なしです」
「っしょ!ではカイン様はどうっすか?」
「カイン…」
――想像中―――
(…いや、恥ずかしくて死ねる)
「無理です…」
カインのことは嫌いではない。いや、好きではあるがいろんな意味で無理である。
「じゃあリオ様はどうっすか?」
リオとはすでに人工呼吸という形ではあるが口づけはしている。
足にも触れられたが、嫌ではなかった。
「嫌では…ないかも…」
「キスできるっすか?」
「そうね…まぁ…うん」
「ということは異性として好きなんっすよ!」
「そ、そうなの!?」
正直頭が回らない。
自分はリオが好き…。異性として好き…。
(で、なら私はどうすればいいの!?)
「まぁ、リオ様もイリア様を好きっすから両想いっすね」
いやー良かった良かったとか呑気に言っているミレーヌの言葉はイリアには届いていない。
自分が恋をしているという事実が理解できない。戸惑いしかない。
「とりあえず、寝ることにするわ」
イリアは沸騰して思考が停止している脳を冷やすかのように、とりあえずベッドに潜り寝ることにした。
それが逃避という行動で、なんの解決にもならないことだけは理解できていた。
いよいよ恋愛メインのストーリーが開幕です
タイトルの「恋とはどんなものかしら?」はモーツァルトの「フィガロの結婚」から。
大昔の某3分クッキングに使われていたのですが、地域限定で使われていたらしく大学の友人に通じなかった悲しい思い出があります…
ちょっと家庭の事情などがあり更新が不定期になるかもしれませんが、引き続き読んでいただけると嬉しいです




