状況の整理
それからどうやって王宮から戻ったか記憶がない。
気づけば自室のベッドの上で呆然と座っていた。
悪役令嬢…それはゲームでヒロインの恋路の邪魔をする存在。
そしてその悪役令嬢はヒロインに対して悪行を重ね、結果断罪されてしまう存在。
(つまりそれが私…ということ!?)
悪役令嬢=断罪の方程式が頭の中で組み立てられる。
その事実を振り切るようにぶんぶんと頭を振る。
(いやいやいや…単に同じ名前がたまたま本に載っていただけかも…うん、そうだわ。そんなおとぎ話みたいなこと、あるわけないわ!)
前世で悪役令嬢モノと呼ばれる小説が流行っていたが、あれはファンタジーだ。ありえない。
そう思おうとしても自分の中に明確に前世の記憶が残っている。
誤魔化すことはできない。
「仕方ない、状況を整理しましょ」
イリアは前世の記憶を整理することにした。
自分の前世は日野薊。
享年25歳。
一般的な悪役令嬢小説の主人公としては結構年がいっている。
「私結構長生きした方なのか…」
当時は某国立大学で博士課程に進んでいた。
専攻は地学。
「結構地味かも…」
死因は不摂生がたたった事による突然死だった。
不摂生な理由は研究に没頭しすぎていたから。
趣味=研究、特技=研究、みたいな状態だった。
そのため恋愛経験が乏しく、友人の恋バナについていけないこともしばしばだった。
そこで登場するのが乙女ゲームだ。
友人曰く「ときめきは人生を豊かにする!」ということで、押し付けられたのがこの乙女ゲーム「フロイライン―剣と魔法と恋―」だったのだ。
「キラキラ男子過ぎてあんまりハマれなかったけど、声優さんのボイスはすっごく好みだったなぁ…」
で、問題なのは、この世界が本当に乙女ゲームの世界なのかということだ。
舞台はガイザール王国ですか?→はい、そうです
剣と魔法の国ですか?→はい、そうです
悪役令嬢の家族構成は父、母、弟の3人。気功の達人ですか?→はい、そうです
上二つの設定の一致ならまだこの世界がフロイラインの世界ではないことは微レ存である。
が最後の設定はどう考えても普通ではない。
自分でいうのもなんだが、侯爵家が実は気功の達人の家なんて言う設定は普通はないだろう。
そのほかにもいくつか検討した結果、この世界は限りなくフロイラインに近い世界だと言わざるを得なかった。
「ここのままでは十七歳で断罪されてしまう…!」
自分が悪役令嬢でこのままの運命をたどれば断罪されるという未来しかないのだ。
だが、さらに記憶を辿ってみると、イリアにも一縷の望みがあることに気づいた。
乙女ゲーム「フロイライン―剣と魔法と恋―」はいたってシンプルな乙女ゲームだ。
ヒロインは共通ルートを進み、その後攻略対象を選択するとそのキャラのストーリーに分岐する。
ハーレムゲームというよりは一人のキャラとの恋愛を楽しむゲームなのだ。
攻略対象は全部で
・クール系一匹オオカミタイプの青年:カイン
・年下あざと可愛い少年:ヨナ
・知的で包容力のある兄ポジ青年:ディボ
・物腰柔らかいけど少し強引な王子:エリオット
の4人だったはずである。
ちなみに言うと、ヨナは従弟だし、この国の王太子の名前もエリオット。
「うーん、フロイラインの世界である可能性が高まってしまったわ」
ただ問題はそこではなく悪役令嬢が出てくるのはエリオットルートだけなのだ。
エリオットルートでは婚約者であるイリアが悪役令嬢として登場する。
そして予定調和ではあるが突然現れた聖女にいじめをした結果、婚約破棄され断罪、国外追放もしくは死罪という流れとなるのだ。
だが他のルートでもイリアは登場するがあまり本編には出ず、モブ的ポジションでしか登場しない。
つまり一番はヒロインがエリオットルート以外を選んでくれればイリアは断罪されることはないのだ。
だが、運に頼るという点で不安しかない。
「確実に物語に登場しない方法ねぇ…」
イリアは再び考えを巡らせた。
悪役令嬢イリアが本編に登場するのはエリオットの婚約者だからだ。
つまりエリオットの婚約者にならなければ本編に登場することもないのだ。
「ということは…王子の婚約者にならなければいいじゃない!」
これは名案である。
そのためにはまずは王子との接点を持たないことだ。
王子には近づかない。もちろん王宮にも近づかない。
大人になっても王族が出席するようなお茶会も夜会も全て出ないことにしよう。
いや、そもそも目立つ行動もやめたほうがいいだろう。
ひっそりと静かに屋敷で暮らすことにする。
「うん、そうだ。そうしましょう!」
今後の方針が見えてきたことでイリアは張り詰めていた気が抜けた。
同時に、今日の疲れのせいか睡魔に襲われる。
これで断罪が回避できると安堵のうちに目を閉じ、ベッドに体を預け、夢の世界に誘われるのであった。
―――
翌日目が覚めたイリアは、自分の中に日野薊の記憶があることを確認し、少し落胆した。
昨日の出来事が悪夢だったら良かったが、現実はそう甘くないらしい。
一つため息をついて起き上がったところで、侍女達にいつも通り身支度を整えてもらい食堂へと向かった。
食堂には父と母と、一つ年下の弟がすでに席についている。
「おはようございます」
「おはよう、イリア」
イリアが挨拶をするとレオナードは目を細めて笑いながらイリアに答える。
一方母親であるライラは、イリアの挨拶に返事をせず、代わりに強い目力でイリアを見つめる。
なぜそんな視線を向けられるのか理解できない。
もしかして昨日ドレスを汚したことを怒っているのだろうか?
「あの…母様?」
「イリア…お前、何か私に隠していることはないか?」
「えっ!?…と、特には…」
一瞬昨日記憶を取り戻したことに気づかれたのではないかと思い至り、イリアは内心冷や汗をかいた。
「そうか。少し雰囲気が大人びた気がしたのだが」
「き、気のせいです」
「まぁいい。お前は落ち着きのない子だったから大人っぽくなるのは問題ないよ。足を止めさせて悪かったな。さぁ、ご飯にしよう」
レオナードは柔和なタイプだが、ライラはクールビューティーのタイプだ。
今は侯爵夫人としてマナーも所作も完璧な淑女であるが、何を隠そう元は伯爵家令嬢でありながら女騎士をしていた経緯もあり、武人の勘が働く。
今後はばれないように気を付けなくては、と思いつイリアは朝食を口に運んだ。
朝食が終わったタイミングで、父親は一つ咳払いをして一つの封筒をイリアに差し出してきた。
「これはなんでしょうか?」
「招待状だよ?」
「招待状…ですか?」
「うん、明後日のお昼、王宮でお茶会があるんだ」
「はぁ…」
「王妃様の〝個人的な〟お茶会なんだけど、イリアも招待されているんだよ。行けるかい?」
その言葉を聞いてイリアは持っていたティーカップを落としそうになった。
昨日王宮には行かないと決めたばかりなのに、もうお招きが来てしまった。
戸惑うイリアを見て、レオナードは慌てて言葉をつないだ。
「あ、無理にはいいんだよ。イリアの好きにして。無理強いして参加するほどのことでもないからね」
王妃の〝個人的な〟お茶会を無下に扱えるところにトリステン家の持っている権力の大きさを垣間見たイリアだったが、そこは感心している場合じゃない。
父親もそう言っていることだし一も二もなく答えた。
「行きたくないです!」
「うん、分かったよ。今回はお断りしようね」
父親はすぐに承知をすると、その話は終わりとなった。
安堵するイリアだったがこの後、一週間と空けず、怒涛の勢いで王宮から招待状がやってくることになるとは、その時のイリアは知らなかった。




