エリオット視点その1
時は少し戻る。
カリオスを捕縛した後、リオ――エリオットは難癖をつけてイリアを馬に同乗させて宿に戻った。
抱きしめられるのが嬉しくて、ついつい耳や髪に軽く口づけてしまった。
後ろから耳元で名前を呼んだだけで真っ赤になるイリアは壮絶に可愛いく、思い出しただけでも胸がときめく。
自分を男として意識して欲しくて悪戯程度のつもりだったのに、やりすぎてしまったかもしれない。
そんなエリオットは宿の部屋の入口でアイザックに呼び止められて一瞬で真顔になった。
「お帰りなさいませ、エリオット殿下」
「アイザック殺す」
「開口一番それですか?」
「…イリアの素肌を見るなんて許せない」
「不可抗力です。それに足が少し見えた程度ですよ。目くじら立てなくても」
「それでも不愉快だ」
「はぁ…誰が後始末をしたと思っているんですか?」
今回レオンが言ったリーナについての話を聞いて、エリオットはすぐにアイザックに命じて隣町に関連する貴族全員の戸籍を洗い出させた。
どこに引き取られたのかも分からないのでは会おうにも会えない。
それにカリオスが養子先の名を隠すのも不自然に思えた。
「全く人使いが荒いですよ。近くの転移門に行くだけでも結構な距離でしたのに、城に行って戸籍を調べるなんて…ちゃんと特別手当が欲しいところです」
「無理を言ったのは悪かったと思ってる。でも短時間で身元調査をするなんてさすがだよ」
「殿下の無茶ぶりには慣れてますからね」
「とりあえず、無事丸く収まって良かったよ。ラッカス卿に借りを作ったかな?」
イリアがカリオスを再起不能にさせた後、やってきたアイザックに指示をしてスタットを治める貴族であるラッカス卿に孤児の保護を依頼した。
一応王太子直々の命ということを伝えたが、急な命令に関わらず承諾させ手配等迅速に対応できたのはアイザックの采配によるところも大きいだろう。
「それにしても私たちの居場所が、よく分かりましたね」
「まぁ匂いを追ったからね」
先ほどイリアにも同じ質問をされた。
どうして自分たちの居場所が分かったのかと。
その時エリオットは〝イリアがどこにいても見つけられる〟と答えたのは嘘ではない。
イリアの匂いを辿れることができるからだ。
エリオットは嗅覚を含む五感が常人のそれとは異なる。
それは先祖返りによるものだ。
「厄介な体質だと思ったけど、案外使えるものだね」
王家には魔力があり、魔法を使えることができる数少ない人間である。
王家が魔力をその身に宿すのは祖先が神獣の化身であったからだ。
話はこの国の起源ある。
大昔、この地で奇病が発生し、多くの人間が命を落とした。
その時一人の聖女が祈りを捧げた。その祈りに応え神獣は人間の姿で降り立ったという。
その後、聖女と神獣が結ばれ、生まれた人間が王としてこの地を治め、脈々とその血を受け継いできたのだ。
神獣の血を受け継ぐ事こそ、王家が王家たる理由でもある。
エリオットはその血を濃く受け継いだのか、王族の中でも魔力も強く、同時に五感が鋭くなったのだ。
「まぁ、馬鹿とハサミは使いようと言いますし。その髪だって魔力によるものでしょう?」
アイザックがエリオットの赤茶色の髪を指さして言った。
エリオットはもともと淡い緑の髪をしている。
あまりにも目立つことからリオの時にはこうして魔力で髪の色を変えているのだ。
もし元の髪色だったら、イリアは自分に気づいてくれただろうか…。
(でも一度しか会ってないし…覚えていないか…)
花祭りの夜にも言ったが、イリアを好きになったのは本当に一目惚れだったのだ。
(弱いものを守ろうと矢面に立つなんて…本当、変わらないな…)
アイザックを身を挺して守ろうとしたところも、大の男を前にして怯むことなく叩きのめしたこともあの頃と変わらない。
口元に笑みを浮かべ、リオットは出会った頃を思い出していた。
幼い頃のエリオットの性格は大人しく、人見知りで、貴族のお茶会などにも参加したことがなかった。
そもそも王子としては影が薄い。だから茶会に参加しても所在無げに佇んでいることも多く、エリオットが王太子であることに気づく人は少ない。
あの日もエリオットは茶会に出ていたのだが、持っていた懐中時計を落としてしまったことに気づき、探していた。
その時マーカスという太った少年に懐中時計を拾われ、奪われてしまったのだ。
王族の中でも飛び抜けた魔力を持つエリオットは自分で魔法を制御することができず、それを制御するための装置が懐中時計組み込まれていた。
だから両親から肌身離さず持つようにと言われていたのに…。
マーカスに食って掛かることもできず、怯えて途方に暮れていた時に、風と共にシナバーライトグリーンのドレスがエリオットの視界を覆った。
鮮やかなその色と金の巻き毛の少女が現れた時には時が止まったようにさえ感じた。
その少女は自分より年も体格の上なマーカスを叩きのめしていた。
エリオットはマーカスに虐められたことよりも、自分を守ってくれた少女の存在のほうが大きかった。
だから、少女を探した。
名をイリア・トリステンと言うらしい。
翌日、すぐに婚約したいと両親に申し出たときには、突然のことに父も母も驚きに目を見開き、大口を開けて呆然としていた。
そんな姿は前にもその後にも見たことはない。
もう一度会いたくて、何度も茶会に誘っても、一向に姿を現さないイリア。
だから強硬手段に出た。
「それで…いきなり婚約ですか」
アイザックが呆れた声で突っ込んだ。
「すっごく会いたかったし…一目で好きになったから一緒に居たいって思うのは当然だろ?」
なのに、イリアは逃げるように王都から出て行ってしまった。いや…あれは本当に逃げたのだろう。
その後もイリアを陰ながら見守っていたのだが、ようやく先日真っ当に会うことができた。
花祭りに誘えたのは奇跡としか言いようがない。
「で?次はいきなりプロポーズですか…」
更に深いため息とともにアイザックは頭を抱えた。
「気持ちが抑えられなかったんだよ」
久しぶりにゆっくりと話せた喜びと、この機会を逃してはなるものかという思いだった。
同時に一緒に住んでいるカインの存在も脅威に感じていた。
彼よりも早くにイリアを射止めなくてはと焦ってしまい、またこうして王命を盾に王都へ呼び出すことにしたのだが…。
「今度は徐々に距離を詰めるように努力するよ。そのための旅だからね」
「本当ですか?さっきみたいにべたべたと一方的に触りまくるのはセクハラになりますからね。気を付けてください」
「…努力する」
好きな女性を目の前にして、どこまで自制できるだろうか?
だがあまりべたべたして嫌われて逃げられたら困る。
まぁ逃がす気はさらさらないが。
「そういえば、イリアについての誤解も解けたかな?」
「そうですね。単なる我儘娘ではないことも分かりましたし、宣言通り殿下の婚約者となった暁には、誠心誠意を込めてお仕えします」
「それは良かった」
アイザックが味方となれば百人力だ。
これからイリアと婚約する…あわよくば結婚となった時に色々と問題が噴出するのは目に見えている。
だがアイザックがいればそんな問題もすぐ片づけられるはずだ。
「あぁ、それと可能ならリーナ達がどこに売られていったのかも可能な限り調べさせてくれ」
「なにか気になる点でも?」
「奴隷商人でもいるようなら捕えなくては。この国でそんな取引などさせられない」
「承知しました」
それに少しの違和感というか…何か予感のようなものも感じていた。
形のないそれをアイザックに告げるのはまだ早い気もする。
「さーて、今度はどうやってイリアに僕を意識させようかなぁ」
「本当に…法に触れることだけはやめてくださいね」
半分本気で心配してくるアイザックに否定とも肯定とも取れない曖昧な笑みでその言葉を受け流す。
(早く…僕に堕ちてくれないかぁ)
うっすらと唇に微笑みを浮かべたまま、エリオットは自室へと入っていった。
リオ=エリオットの情報解禁!
これにて第2章は完結です
次話から第3章。新しい事件に巻き込まれます
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