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思い出した前世

今から12年前。イリアが5歳の時に話は遡る。

その日イリアは王宮のお茶会に呼ばれて王宮を訪れていた。


トリステン家は筆頭侯爵家であるため王宮のお茶会に呼ばれるのは度々あったがイリアは幼いこともあって、王族主催のお茶会には参加したことがなかった。


今回は子供が社交を学ぶ一環で貴族の子息令嬢も多く呼ばれる比較的気楽な茶会ということで、イリアも特別に連れて行ってもらえることになった。


「父様、はやくはやく!!」


王宮は煌びやかで広くて、幼いイリアにとっては夢の国の建物のように思えた。


今日のドレスは自分の若草色の瞳に合わせて鮮やかなシナバーライトグリーンのドレスである。


金の巻き毛をアップにしたイリアは自分が少し大人になった気持ちで屋敷を出た。

が…それも一瞬のこと。

王宮につけば見たことのない空間に心躍らせて父親の前を走るように歩いた。


「ねえ、父様。お城には〝いせかい〟から来た特別なものがあるんでしょ?それ見れる?」

「それは特別な部屋にあるから普通の人間は見ちゃダメなんだよ」

「えー、父様でも見れない?」

「どうだろうなぁ…」


この世界には異世界から…特に二ホンというところから稀に色々なものが流れ着くことがある。


それを聖遺物と呼び、ガイザール王国では王族と一部王族が許可した人物しか見ることが許されておらず、宝物庫に厳重に保管されている。


イリアは最近絵本で読んだ異世界に興味があり、城に行けばそれが見れると期待していたのでそれが叶わないと分かってガッカリした。

目に見えて沈む娘を見て、イリアの父であるレオナードは苦笑しながらイリアの手を取って廊下を進んだ。


「イリア。ほらもう会場だ。ちゃんとマナーは守るんだよ」

「はーい」


会場は王宮の中庭でバラの花が溢れんばかりに咲いていた。


テーブルには白磁のティーカップが並べられ、色とりどりの菓子がイリアの目を奪う。会場には着飾った貴婦人たちが華やかなドレスに身を包み歓談している。

確かに子供達もちらほらと参加しているのが見え、同世代同士で賑やかに会話を楽しんでいるようだった。


だが早くお菓子が食べたくて、うずうずとしているイリアに対し、父はというと声をかけてきた男性と話を始めてしまった。

目の前に魅惑のお菓子が鎮座しているのにお預けを食らうのは、我慢ならない。

イリアはその場をそっと離れお菓子の並んだテーブルへと向かった。


「うわぁ…!!綺麗…これもこれも…あとこれも食べよう!」


イリアはここぞとばかりに陳列したお菓子を皿にとり頬張った。

一つ二つと食べているうちにその魅惑の美味しさに手が止まらなくなってしまう。

あーん、と口を大きく開けて、ケーキを食べようとした時だった。


「ほらいこーぜ!!」


男子達の賑やかな声がしたと思ったらドンとその肘が当たる。

と、同時にケーキが思い切りイリアのドレスについた。


「あ…あああ?!」


今日のドレスは母親に強請って買ってもらったもので、絶対に汚すなと念を押されていたのだ。

悲痛な声を上げつつも、とりあえずこれをなんとかしなくてはいけない


「水で洗ったら落ちる?どうしよう…とりあえずお手洗いで洗ってこなくちゃ!!」


急いでトイレを探すが、広い庭園から宮殿に向かう道が全く分からない。

気づけば自分がどっちからきてどっちに行かばいいのかわからなくなっていた。

つまり、迷ったのだ。


「ど、どうしよう。このまま戻れなくなったら母様に絶対に怒られる…」


右往左往していると、なにやらまた男子の声がした。


「やーい、おとこおんな!そんなに欲しいなら取ってみろよ」

「か、返して…」

「お前にはもったいないからオレがもらってやるんだよ!その方がこの時計も喜ぶぜ」

「そうです、そうです!マーカス様の方がお似合いです!」


見れば恰幅の良い男子とその取り巻きと思われる男子が複数人、華奢な男の子を取り囲んでいる。


「でも…それが無いと…ボク困るんです…返してください…」

「は、下っ端貴族がオレに逆らうな!オレはラミラス伯爵家の"じきとうしゅ"だぞ!!」


その男の子には見覚えがあった。先程イリアにぶつかって謝りもしなかった奴だ。

状況を見るといわゆるカツアゲというものだろう。

華奢な少年が懐中時計を取り返そうとするが、小突かれ、尻餅をついた。


「なにしてるのよ!!」

「なんだよ、お前」


華奢な男の子を庇うようにして、イリアはマーカスと呼ばれた太った男子の前に立ちはだかった。

マーカスはイリアよりも年上と思われる。頭2つも大きく、太っているので凄まれると圧倒されてしまう。


だが、そんなことで怯むイリアではない。

逆にイリアもマーカスを下から思いっきり睨んだ。


「それ、この子に返しなさいよ!!」

「お前には関係ないだろ?!」

「でも弱いものいじめを見て、見過ごせない!大体あなたはわたしに謝るべきよ」

「はぁ?なんでオレが謝らなくちゃなんないんだよ」

「これよ!あなたがぶつかったせいで汚れたじゃない!」

「は、知るかよ。帰ろうぜ」

「ちょっと、その時計返しなさいよ!」

「やーだね、そんなに欲しけりゃオレから取ってみろよ!」


そう言ってマーカスはイリアの手が届かないように高く懐中時計を上げてぶらぶらと揺らした。

その馬鹿にした表情と態度に、イリアの怒りが低い沸点に到達した。


「それでは取らせてもらうわ!トリステン家訓その1!」

「!?」

「目には目を!歯には歯を!はぁーーーー」


イリアはそう言って手を握りしめて念を込めた。そして、はっと掛け声をあげてマーカスに飛び掛かった。


「とうや!!」

「?!」


イリアは力の限りにその顔を張り倒した。

同時に勢いよくマーカスが後ろに弾き飛ばされた。ボスんという音が静寂に響く。


「どういうことだ…?」

「マーカス様?!」


取り巻きが悲鳴を上げながらマーカスに近づき、体を起こす。


「な、な、なに?!なにが起こったんだ?」


状況を理解できないマーカスは目を丸くしながらイリアを見上げる。イリアはふんと鼻を鳴らしつつ答えた。


「ウチに代々伝わる秘技です」

「こんな真似して…父上に言い付けてやる!お前の家なんて取り潰してやる!」


殴られた頬を押さえ、負け犬の遠吠えよろしく青い顔をしながら叫ぶマーカスをイリアは一瞥した。


「ふーん、あなたはこのような年下の女の子に殴られたとお父様に言えるのね」

「な…」

「身長もあなたより小さい女の子にやられて恥ずかしくないのなら言うといいわ」

「う…ぐ…」

「まぁ、わたしがされたら恥ずかしくて父様には言えないけど…あなたは言えるのね。年下の女の子に殴られたから"ぎゃくしゅう"してって言えるの。ふーん」


言葉に詰まったマーカスは今度は顔を真っ赤にしたかと思うと「ちくしょう!!」と叫びながらバタバタと去って行った。取り巻き達もそれに続いていなくなる。


「あ…ドレスのこと、謝ってもらうの忘れてた…」


そのことに気づき、勝負には勝ったが腹立たしさは消えず、憤慨しているイリアに声がかけられた。


「ありがとう…」

「だいじょうぶ?」

「う、うん」

「よかった。時計壊れてない?」

「大丈夫。君、強いね」


少年はそう言って笑みを浮かべた。

先程までの涙目が打って変わってキラキラと輝き、花が綻ぶような笑顔だった。

目が大きくくりくりとしていて、華奢で、マーカスが言うように女の子にも見えそうだ。


「お礼…しなくちゃ」

「えっ!?お礼なんてしなくていいよ。あ…そ、それより…今日のことは秘密にしてほしいの」


先程マーカスを殴った時に使ったのはトリステン家の秘技である気功という技である。

異世界からの特別な力ということで、人前では使うなと言われている技だ。

それを使ってしまったことがバレたら、母親におやつ抜きにされた上にお稽事の時間が倍に増えることは目に見えている。


「わかった…じゃあ、ボクも秘密を教えてあげる。こっちに来て」


少年に招かれるままにバラ園を抜ける。

どこを歩いたかは分からないが、いつの間にやら大きな石造りの建物の前にいた。

分厚い鉄でできた青銅色の扉は豪華な装飾でおおわれている。だが子供の力では開きそうにはない。

どうするのかと思っていると少年が扉に手をかざして何かを呟いた。


「    」


その手が発光し、ゆっくりと扉が自然に開いた。


「こっち…ほら見て」


驚くイリアの手を少年は引っ張るようにして中へ連れていく。そして手を引かれた先の部屋には所狭しと様々な物が陳列されていた。


どれもイリアが見たことのない代物…なはずなのに、妙な既視感を覚える。


「とっておきの場所なんだ。城の宝物の部屋なんだよ。君なら自由に見ていいよ!」

「本当?いいの!見たい!!」


建物の中に並べられているのはこの世界にはないと思われる品物の数々だった。


馬車ではないが車輪が2個ついてる小さな乗り物らしきもの。ペンのような形をしているが木でできた不思議な木工品。


「あれ?…これ知ってる?自転車…、それにこれは鉛筆…」


なにがおかしい。

知らないはずのものの名前が脳内に浮かぶ。


そしてふらふらとたどり着いた本棚にある本を何気なく手に取る。

そこには「フロイライン―剣と魔法と恋―」の文字が。


(なんか…聞いたことある…かも)


「それ気になるの?手に取ってもいいよ?」


少年がそう言ってくれるのでイリアは恐る恐るその本を手に取り、ページをゆっくりと開いた。

紙には人物画とともに何やら人物紹介らしきものが描かれている。そしてイリアに一つの言葉が目に飛び込んできた。


〝悪役令嬢――イリア・トリステン〟


(あっ…!え?)


その文字を見た瞬間、イリアの脳に凄まじい速度で映像が流れる。


記憶の濁流に頭がくらくらして立っていられない。頭痛もしてきて思わずイリアはしゃがみこんで 頭を抱えた。

そしてそれが治まった後、イリアはぽつりと呟いた。


「私は…悪役令嬢だ…」


イリアは思い出したのだ。

前世の記憶を。そして気づいたのだ。


この世界は生前プレイした乙女ゲーム「フロイライン――剣と魔法と恋――」の世界だということを…。


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