お菓子教室
ちゃんちゃか ちゃかちゃか ちゃんちゃん ちゃーん
イリアの脳内で某調味料会社の三分クッキングのテーマソングが流れる。
目の前には昨日買ってきた食材の数々。
そしてエプロンをした、イリアとカイン。外野としてリオとミレーヌがキッチンに集合している。
「じゃあ、始めるか」
「カイン先生、よろしくお願いします!」
〝ビスコッティを作ってきてあげる〟などと子供たちの前で言ったものの、イリアは正直料理は得意ではない。
リオにも言ったが料理についてはカインの方が上手だし、イリアはいつもサポートに回る。
だから「私はお手伝い程度」とリオに言ったのは間違いではないのだ。
「イリアの手作りお菓子、楽しみだな」
「私はお手伝いだけだから期待に満ちた目で見られると困るんだけど…」
「いいよ。イリアのエプロン姿が見られるだけで幸せだよ。新鮮だよ」
「…」
花が綻ぶような笑顔とはこういうことだろうか。
リオが背景に花を散らしながらイリアに言った。
ただ非常に反応に困る。エプロン姿など別に特別な装いでもない。
「まぁ俺は毎日見ていたけどな」
ふんと鼻を鳴らしてカインはにやりと笑った。
「一緒に料理を作るのもいつものことだったしな。エプロン姿なんて〝いつも〟見ていたからもう〝見慣れた〟ぜ」
カインの言葉にリオはこめかみをピクリと引きつらせた。
「あ、イリア。今日はエプロン汚さないように気をつけろよ。〝いつも〟菓子作りの時に粉だらけにするだろ?」
「うん…気を付けるね」
「〝いつも〟言っているけど、くれぐれも火傷だけはするなよ」
「分かってるって!」
「イリア様、今日は何を作るんすか?粉とリンゴ?あ、紅茶もお菓子に入れるんすかね?」
作業台には、小麦粉、ドライイースト、リンゴにアールグレイの茶葉、砂糖と油、牛乳が並べられている。
「今日はビスコッティを作るの。本当は携帯食として持っていこうと思ったんだけどね…」
「まぁ、俺たちのはまた今度作ろーぜ。まずは計量だな」
「OK!」
そう言ってイリアは意気揚々と小麦粉を計る…が、すぐにカインのダメ出しが入る。
「お前…本当に雑だな」
「…このくらいの量なら誤差でしょ」
「いいか、菓子作りは正確な分量が必要なんだよ…ほら、こうするんだよ」
そういってカインは手際よくすべての材料の計量をした。
実験によっては正確な計量が必要なものもあったが、水質を検査するためのスポイトだってぽちりとボタンを押せば自動で設定水分量を取ってくるし、顕微鏡をのぞいて岩石を構成する結晶の種類をカウントするという地味なものが多かった。
正確性を求められるのはちょっと苦手だ。
(大体料理で塩少々とかなんなの?一つまみとかだって人によって誤差発生するじゃん)
等と内心で文句を言っている間にカインは次の工程へと進んでいた。
牛乳に砂糖とイーストを入れ三分放置→油を追加して混ぜる→小麦粉を投入→へらで切るように混ぜる→リンゴ加える→スケッパーーで混ぜる→平たく成形して乾燥を防ぎながら一時間常温で発酵させる
ここまで鮮やかな手順でカインはビスコッティを作っていった。
イリアも食器洗いや材料を手渡したり…と一応お手伝いはした。
「さて、発酵まで待ち時間できたし…とりあえず作ってみたアップルクランブルを食べましょう!」
イリアはビスコッティの残りの材料を使ってアップルクランブルを作っていた。
ビスコッティよりも単純工程でできるし、お手軽にできる。
材料の計量は先と同じにカインに計ってもらっていたものだが、残りの工程は一応自分で作った。
できたてのアップルクランブルを差し出すと、取り分ける前に背後からぬっと手が伸びてきた。
スプーンで一つ掬って食べたのはカインだ。
「フライング!」
「うん、まぁうまいよ。〝いつも〟よりもちゃんとできてる」
「そう?良かった!カインにいつも教えてもらったからね!訓練の成果が出て嬉しい」
料理の師匠とも呼べるカインに褒められるのは嬉しい。
「いつも…ねぇ」
「ふん。羨ましいか?」
「まぁ…これからはいっぱい食べさせてもらうから」
「それはどうかな?俺が計量しないとイリアは菓子作りなんて無理だからな」
それは図星であるので今後は少しでも自分で作れるようになろうと思いながら、出来立てのアップルクランブルを取り分けていると、キッチンにアイザックが姿を現した。
今回のお菓子教室にはアイザックは不参加だった。
「アイザックさん、アップルクランブルを作ったのですけど、いかがですか?」
「…いいえ結構です」
「部屋にお戻りですか?」
「はい、誰かさんのせいで仕事がありますので。自室に籠ります」
アイザックが何故かチラリとリオを見た後、イリアに言った。
「ではこれお部屋で食べません?」
「不要です。失礼します」
にべもなく断られてしまった。
(うーん、やっぱりそう簡単には仲良くはなれないわよね…)
はぁと内心ため息をつきながら一口自作のアップルクランブルを頬張る。
なかなかの自信作だったが食べてもらえないのが少し悲しい。
甘さとリンゴの風味が口内で混ざり合って溶けていった。
アイザックにけんもほろろに扱われたイリアだったが、その後クランブルと紅茶を楽しむことにした。
そして発酵が終わったのでビスコッティ作りに戻る。
180℃のオーブンで20焼き、その後食べやすい大きさに切り分けた後、先ほどよりも少し低温て乾燥焼きをする。
それをひっくり返し、さらに20分ほど焼く。
「で、完成!!」
ぱちぱちぱち
思わず皆で拍手をした。
香ばしい香りがキッチンを包み、早く食べたい思いがあるがまずは約束通り孤児院に持っていくとしよう。
「さすがカイン!子供たちに喜んでもらえる!」
「あぁ。だがこれで終わりじゃないぜ」
そういってカインはごそごそと何かを取り出した。
その手に握られていたのは…包み紙とピンクや青、赤といった可愛い柄のリボンだった。
「ほら、こうしてラッピングしたほうが子供も喜ぶだろ?」
「…カイン。控えめに言って神ね」
そういってカインは颯爽とラッピングを始める。
リボンもきっちりと結び、まるで売り物のお菓子のようにラッピングされていくビスコッティを見つつ、女子力が圧倒的に負けているとイリアは痛感した。
その横でリオが感嘆の声を漏らしていた。
「確かに…これは…結構すごいね」
「うん…さすが我が家のオカン…」
「誰がオカンだよ!」
こうしてビスコッティは完成し、孤児院へとイリア達は向かうことになった。
ちょっとお遊び回ですみません
次話からはもう少し伏線入ってくる話になります