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恋人祭りのその後で②

「それにしても人が多いですね」


一通り祭りを楽んだ頃には、日が傾き始めていた。

日が暮れようとしていても行き交う人はひっきりなしで、街の熱気は相変わらずだった。


ただちょっと気になっていたのは徐々に家族連れや友人連れが少なく、男女のペアが目につくことだ。


「年に一度の祭りですしね。この機会を待ちわびている人も多いと思いますよ」

「そうなんですね」

「おい、イリア。はぐれるなよ」

「あ、うん。気を付ける」


と言った瞬間、イリアは前方からきた人にぶつかりよろめいてしまった。


「あ…あぶない。気をつけなきゃね」

「まったく仕方ないな」

「「手を繋ごう」」


カインとリオの言葉がハモった。

同時に二人から手を差し伸べられて困ってしまう。というかいくら人で混雑しているからと言って、手を握られないと迷子になるほど子供でもない。


「女性をエスコートするのは騎士の役目。イリア嬢、お手をどうぞ」

「はぁ、こいつは俺の家族みたいなものだ。気心の知れた人間の方がこいつだって安心するだろ」


イリアに手を差し伸べたまま、カインとリオは睨み合っている。

どうしてこうなっているのだろう?そんなに二人の出会いが最悪なのだろうか?


「二人とも大丈夫ですよ。そんな子供じゃあるまいし。さっきはちょっと屋台に気を取られてしまったので次は気を付けます」


イリアの言葉を聞いて一瞬同時に渋面となったカインとリオを見て、何故そんな表情になるのかが気にはなった。

だがそれ以上にイリアが気になるものがあった。


それは屋台から香ってくる甘い香り。なんだろうと道路の向こうにある屋台に目を向けた先に会ったのは驚愕の代物だった。


「え!?大判焼き!?」


大判焼きなど普通暮らしていてはお目にかかることはない。というか、この世界にあった事実が衝撃だ。

イリアは懐かしさのあまり、ふらふらその屋台へと足を向けた。


ショーケースに並んでいる大判焼きはもちろん定番の小豆はないが、チーズとハムを挟んだものやチョコ入りもの、そしてカスタードクリームのものもある。


「うわぁ、おじさんこれ大判焼きよね?」

「大判焼き?いや、これはカスタードパンケーキだよ」


名前はおしゃれになっているが、確実に大判焼きだ。


「お嬢ちゃん、何味がいいかい?」

「そうね…定番のカスタードクリームにしておくわ」

「はいよ」


薄い包装紙に巻かれた大判焼きを受け取り一口食べてみる。

あつあつで食べる大判焼きはイリアに前世を思い出させ、懐かしい気持ちにさせた。

目を閉じると夏祭りの祭囃子が聞こえてきそうだ。


「お嬢ちゃんは花、どうするんだい?」

「花?」


屋台のおやじに言われてイリアは首を傾げた。

そういえばカインにも「花祭り」と言われていた。


「お花って何か意味があるんですか?」

「は?お嬢ちゃん…年頃なのに知らないのかい?この祭りは良縁祈願の祭じゃないか!異性と祭りに来るっていうのは恋人になりたいってことだよ。最後に花を受け取れば恋人成立なんだよ」

「えっ…?」


今回のお祭りはリオが誘ってくれたものだ。

ということはリオは自分と恋人になりたいのか?


一瞬思ったがそれはありえないと思った。なぜならリオとは一度しか会っていないのだ。ということは…ナンパなのか?


遊び人には見えないが実はすごい女たらしなのかもしれない。あれだけの美形だ。火遊びの相手は事欠かないだろう。

それにカインがこの祭に同行したのも納得がいった。

イリアが騙されていると思ったのだろう。


「なるほどね」


確かに外見に騙されるところだった。

だが、意味も分からず祭りに来てしまったのは自分が迂闊だからだ。相手を怒るのは筋違いだし、いまさらお断りして帰るのも悪い気もする。


「そろそろ帰ってもいいけど…私迷子になっちゃった…?」


気が付いて左右を見回したが、カインもリオの姿も見当たらない。

大判焼きに目が眩んで一直線にここまで来てしまったが、完全にはぐれてしまったようだ。この人ごみで二人を探すのは難しいかもしれない。


とはいっても、ここで立ち尽くしていても仕方がないのでイリアは屋台を視界の隅にとらえつつ、ため息をついた後にとりあえず歩き始めた。

きょろきょろと周囲を見ていると、再び人にぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい」

「はぁ?」


ぶつかったのはいかにも柄が悪そうな男。

一言で言うならチンピラ風情の男だった。薄っぺらいシャツをだらしなく着て、ぶかぶかのパンツを履いている。


チンピラがガンを飛ばしてきて、その鋭い視線とぶつかったが、イリアを認めた瞬間その表情がいびつに歪んだ。


「おい、あんた。一人?」

「え?いえ、連れがいますけど」

「でも一人じゃん。アンタも一人で寂しーだろ?オレと遊ばない?」

「いえ、結構です。ぶつかってすみません。では」


こういう輩とまともに取り合っても仕方がない。イリアはチンピラに小さく頭を下げてその横を通り過ぎようとした。

だが、チンピラがイリアの二の腕をガチリと掴んだのでイリアはたたらを踏んでしまう。


「離してください」

「透かした態度してんじゃねーよ。いいから付き合えよ」

「ちょっと、離して!」


今日は最悪だ。

ナンパ目的の相手とのこのこ祭りに来てしまっただけでなく、またナンパされてトラブルに遭うなんて。

なにか呪いでも受けているのだろうか?


「いい加減にしないと…ぶちのめすわよ」

「え…」


度重なる不運でイリアは少々切れ気味にそう言うと、チンピラに掴まれていないほうの拳に気をため始めた。

多少周囲に迷惑を書けるかもしれないが腹の虫が治まらない。

イリアがそう思って気を放とうとした時、チンピラが急に地面にぶっ倒れた。


「え?なんで?」

「汚い手で彼女に触るな!」


見ればリオが男を足蹴にしている。

その様子をみてチンピラをリオがぶちのめしたことを理解した。


「さっさと消えろ」


そうドスの聞いた声でリオがチンピラを見降ろしながらいうと、チンピラは逃げるように去って行った。


「はぁ…間に合ってよかったです」

「一度ならず二度までも助けていただいてすみません」

「いえ。急にいなくなってしまったので慌てましたが…無事に見つかって良かったです」


リオの額にはうっすらと汗が滲んでおり、呼吸も少々乱れていることから、リオが必死になって探してくれていたことが窺われた。


「探してくださったのですね」

「当たり前です。でもこうやって会えましたし…それに二人きりになれたので結果オーライです」

「あ…そうだ。それでですね、カインを見つけて帰ろうかと思います」

「急にどうしたんですか?あ、もしやお疲れになりましたか?ならばどこかの店に入りましょうか?」


そっとイリアの手を握りながら、悪びれもなく言ってくるリオにイリアはちょっと胡散臭いものを見る目になってしまった。


これがナンパの常套手口か。さっきのチンピラは明らかなナンパで絶対警戒する感じだが、この男だとなまじ爽やか好青年に見えるので、普通の女なら警戒心が薄くなるのかもしれない。


ここははっきり言った方がいいだろう。

イリアは握られているリオの手をやんわりと外した後、背筋を伸ばして居住まいを直してリオに向かって言った。


「このお祭りのことを知らないで一緒に来てしまった私も悪いのですが、戯れのお相手にはなれないので失礼します」

「戯れ…?」

「では、私はカインを探しますので」


イリアは小さく会釈をして踵を返し、雑踏の中のカインを探そうと足を踏み出した。


「ちょ…ちょっと待ってください!」


肩をぎゅっと掴まれ、リオの方に回転させられる。

少しかがんだリオの顔がイリアの目の前に迫り、驚きのあまり一瞬息が止まった。


リオはというと焦ったような泣きそうな、そんな複雑な表情でこちらを見た。空色の瞳がイリアを捕えるので、思わず足を止めてその顔をじっと見つめてしまう。


「それは…僕が戯れに誘ったと思っているんですか!」


「先ほどお店の方にこの祭りは〝恋人になりたい異性と来る〟と聞いたのですが、リオさんとは会ったばかりですしそういう意味ではお誘いくださったわけではないですよね?リオさんなら引く手あまたでしょうし、私みたいなのを相手にしなくても良いかと。それに私も女性をナンパするような方と一緒にいたいと思わないので」


「ち、違います!僕はそんな不純な動機で誘ったわけじゃないんだ!いや…不純というか、とにかく戯れとかナンパで誘ったわけじゃないんだ!」


若干リオの口調が変わったような気もしたが、多分こちらが素なのかもしれない。

最初は穏便にことを終わらせようとしたイリアだったが、だんだん面倒になってきて、思わず強い口調で言ってしまう。


「では何が目的ですか?残念ながら財産はないですよ?」

「…結婚してください!」

「!?」


言葉の意味が分からずイリアはぽかんと口を開けてしまった。

そして脳内でその言葉の意味を反芻した。


(結婚…結婚?えっ)


「結婚!?いや、私の話聞いてました?財産なんてないですよ?なんでそうなるんですか?」

「貴女のことが好きなんです!」

「いやいやいや、まだお会いしたの二回目ですよ?どこをどうしたらそうなるんです?!」

「…一目惚れだったんです!」


リオは顔を真っ赤にしてそう告白してくる。

その様子から揶揄っているようには見えない。

その後リオは何かに思い立ったかのようにはっとして言った。


「まさか!好きな人がいるんですか!?」

「いえ、そういった人はいないですけど…」

「じゃあ結婚してもいいってことですよね?」

「どうしてそうなるんですか!?」

「じゃあどうしたら結婚してくれるんですか!?」

「どうしたらって…一般的にはお互い好きになったら結婚を考えるのが普通じゃないでしょうか?」

「なるほど…」


何故かしばし考え込んだリオに納得してくれたのだとイリアは安堵した。

丁度前方から聞き馴染みのある声がしてイリアはそちらを見た。

人ごみをかきわけるようにしてカインがこちらへやって来る。


「…もう時間切れか…」

「え?」

「じゃあ結婚しましょう!」

「だからなにが〝じゃあ〟なんですか?」

「貴女に僕を好きなってもらいます!」

「は?」

「次に会うときには絶対に好きになってもらいますから!これ、バラです!」

「えっ?」


戸惑っているうちにリオに押し付けられるように一輪の青いバラの花を握らされる。


「すみません。せっかく二人きりになれたのに…もう時間が来てしまったんです。じゃあ、また!」

「ちょ、ちょっと!!」


リオは深々と礼をするとマントを翻して人ごみに紛れていく。

戸惑いながらもイリアはリオを目で追っていると、リオの知り合いらしい男がリオと話ながら歩いていくのが見えた。


リオの知り合いと思われる男がふいにこちらを見た。群青の長い髪を持つその男は、前髪だけが白く、それに対比するように双眸が赤い。

その視線に意味深なものを感じて一瞬戸惑いを覚えていたイリアだったが、名前を呼ばれてそちらに意識を向けた。


「心配したぞ」

「あ…か、カイン」

「リオは?」

「ちょうど入れ違いに帰っちゃった」

「はぁ?お前を置いていなくなったのか?」

「お知り合いが来たみたい」

「こんな人ごみにお前ひとりを置いて行くなんて、やっぱり信用ない男だったな…って、なんだその花!?」


カインの視線がイリアの手に注がれている。

その時イリアは自分が花を握っていることに改めて気が付いた。


「あ…なんか…押し付けられた?的な?」


そう答えたイリアには特に返事もしないままカインは手を引いて人ごみを歩き始めた。

戸惑うイリアがカインの名を呼ぶがそれには答えないまま診療所まで戻ることになった。


「カイン…どうしたの?」


無言が怖い。

多分カインは怒っている。訳も分からない男と祭りに来たことも花を受け取ったことも。

謝ろうとイリアが口を開いた時だった。


謝罪の言葉を口にする前にすっとカインが手を伸ばしてくる。差し出されたのはピンクのガーベラが一本。

それをそっとイリアに握らせると、カインは転移装置へと消えて行った。


後に残されたイリアはどうしたらいいのか分からず、二本の花を見つめるのであった。


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