恋人祭りのその後で①
謎の騎士の正体判明!
イリアを送った帰り道、リオはホクホクした気持ちで帰路を急いでいた。
今日これまでの仕事の疲れが一気に吹き飛ぶようだった。
ずっと見つめていた彼女と顔を合わせただけではなく、会話までしてしまった上、次のデートの約束を取り付けられるなど、もう奇跡以外の何物でもない。
今日ほど神に感謝したことはないだろう。
「お待ちしていましたよ」
「アイザック…こんなところまで追いかけてこなくてもいいじゃないか?」
アイザックと呼ばれた青年を見るとリオははぁとため息をついて、思わず渋い顔をしてしまった。
これまで喜びに満ちていた分、この男の顔をみて一気にその気持ちがしぼんでしまう。
「はぁ…それはこちらのセリフです。いい加減毎日ちょこちょこ抜け出すの、止めてくれませんか?」
「せっかく幸せを噛み締めていたのに、お前の辛気臭い顔を見ると気が滅入る」
森へ向かうための町はずれの道からぬっと現れたアイザックの前を素通りしてリオがそう言うと、アイザックは重いため息をつきながらその後ろに付き従った。
「私だって好きで追いかけているんじゃないです。貴方が抜け出すからですよ」
「でも仕事はちゃんとしているじゃないか」
「当たり前です。仕事しているからこうして大目に見てあげてるんじゃないですか。だいたい貴方は自覚というものが…」
云々かんぬんと文句を言うアイザックのお小言を無視して森へと入る。
草木を分け入り、獣道を少し歩いて行くと木々が開けているところへと出た。
その中央へとリオは足を進める。そして、大地に手を翳すように右手を突き出し、それに意識を集中させた。
「開錠・出現!(キャシレイ)」
リオがそう言うと、草が生えているだけの地面に白い光とともに魔法陣が浮き上がった。
「本当ストーカーですよね?…転移門まで作って」
アイザックが呆れた様子でそう言った。
この魔法陣は転移門と呼ばれるものだ。
転移装置の一種で、離れた場所まで瞬間移動できる。
ちなみに魔法を使える者でも転移の魔法を使えるのはごく一部であるし、場所と場所を繋ぐためにある程度の魔力を持った石を埋め込まなくてはならない。
それは非常に高価でもあることから転移門を作るなどかなりの魔力と財力を要するのだ。
しかしリオの住む場所からイリアの住むザクレまで、まともに移動したら優に二週間以上はかかってしまう。
少しでも一目だけでも会いたくて、リオはこうして転移門を作ってしまったのだ。
「だって…どうしても会いたかったからね」
「それで?愛しの姫君とは会えたんですか?」
「あぁ、お蔭さまで」
「それで機嫌がいいんですね」
「それだけじゃないんだよ!アイザック聞いてくれ!」
急にがばりと振り返りって詰め寄ってきたリオに、アイザックは驚きのあまり三歩ほど後ろに下がって仰け反った。
「今度はなんですか?」
「デートに行くことになった!」
「え?会っただけではなく、話までしたんですか?」
「そうなんだよ。本当、こうして会話できて一緒に歩いて帰って、デートまで行けるなんて…夢みたいだ」
顔を上気させほうと熱を孕んだため息を漏らすリオとは反対に、アイザックは怒りを含んだ低い声でリオに言った。
「目立つ行動は謹んでもらうように言いましたよね」
「でも…イリアが酔っ払いに絡まれてさ…イリアが危ない目に遭うのを見過ごせないよ」
「まぁ、目の前で乱闘が始まりそうなら仕方ないです…けど、本当にデートに行く気なんですか?」
「当たり前だよ。こんな千載一遇のチャンスないよ!これを機会にもっと彼女との距離を詰めたいからね」
リオの背後から喜びの花が舞っている幻覚を見たアイザックはもうお手上げとばかりに、再び大きなため息をついた。
「じゃあ、その分仕事してください。城に戻りますよ!エリオット殿下」
「はいはい」
「じゃあ行きますからね。転移・開始!(リビデント)」
こうして、リオはアイザックに首根っこを掴まれるように転移させられるのだった。
※ ※ ※
家に帰ったイリアは、部屋に着くとすぐに洗濯場へと足を運んだ。
手にはリオのマントが握られている。
「洗濯機で洗う前に、染み抜きしておいたほうがいいわよね」
イリアはそう言うと、研究室からトロナ鉱石から作った重曹を持ってきてシミにそれをふりかけ、熱湯を注いでもみ洗いを始めた。
まだシミになってそう時間はかかっていないので、重曹でのもみ洗いでだいぶとることができた。
その後、魔道具で作った洗濯機で洗えば、もうすっかりマントのシミは無くなっていた。
「さて…あとは乾くのを待つだけね。明日には乾くかしら」
「お、イリア。帰ってきてたのか?」
洗濯物を干していると、カインが洗濯場へひょっこりと顔を覗かせた。
「うん、さっき帰ってきたの」
「今日もお疲れ。飯は食ったか?」
そう問われてイリアははっと気が付いた。「夢の架け橋」で乱闘に巻き込まれたため、夕飯を食べ損ねていたのだ。
「ううん、まだよ」
「そっか。俺もまだなんだ。食事の用意はできているから一緒に食おうぜ」
「ありがとう」
キッチンからいい匂いがしている。
色々あって空腹を忘れていたイリアだが急にお腹が空いたので、手早く洗濯場を片づけてダイニングへと向かおうとした。
その様子を見ていたカインが不思議そうにマントを指さして尋ねてきた。
「なぁこのマントどうしたんだ?」
「あ?騎士様から預かったの?」
「騎士?」
「今日ね、実は夢の架け橋でご飯を食べようとしたんだけど…」
そう言ってイリアは食堂で酔っ払いに絡まれたこと、それを騎士であるリオに助けてもらったことを説明した。
「じゃあそのマント、騎士団に返しに行くのか?行くなら俺が代わりに行ってもいいぜ」
「ううん、大丈夫。次会った時に返す約束しているから」
「次会った時?」
「そう。今度お祭りに一緒に行くことになって、その時に返すの」
「はぁ!?」
イリアの言葉を聞いた瞬間、カインの目が大きく見開かれ、同時にイリアは肩を掴まれていた。
そしてぐっと距離を詰めたカインにイリアは驚いてしまった。
なにか変なことを言ったのだろうか?
「お祭りって…今度の休みの日にザクレでやるやつだよな?」
「うん、たぶんそれだと思うわ」
「なぁイリア…ちょっと聞くけどさ、なんの祭りかお前分かってるのか?」
「なんの?」
お祭りはお祭りだろう。
何か目的がある祭りなのだろうか?
イリアの前世の記憶では、厄払いや五穀豊穣を願ってとか、先祖の霊を慰める…的なものが多かった気がする。
だが、確かにザクレの祭りには行ったことがないイリアは首を傾げて一瞬考えたのち、首を振った。
そんなイリアを見たカインは盛大にため息をついた。
「はぁ…」
「な、なによ。何か変な祭りなの?」
「変というかぁ…その祭りは花祭りなんだよ」
「お花がどうしたの?」
「本当…どうしてこう世間知らずになったんだよ…」
「ん?なに?」
小さく舌打ちしたのちに呟いたカインの言葉が聞こえずイリアが聞き返すと、半ギレ状態でカインが言った。
「もういい!!俺も祭りに行くからな!」
「う、うん?」
「だから、俺も一緒に祭りについて行く!!」
「えっ?まぁ別に私は構わないけど」
リオにも二人きりでとは言われていないし、祭りなら大勢で回ったほうが楽しいだろう。
本当はディボも誘うかとも思ったが、多分人ごみの好きではないディボのことだから断られるのは目に見えている。
代わりに美味しいお酒でも買って帰ることにしよう。
「はぁ、お腹空いちゃった!今日はパスタ?」
「あぁ、お前の好きなアラビアータだ」
「そうなんだ、楽しみ!」
カインの作る料理は絶品だ。
丁度空腹を覚えたお腹を満たすためにイリアは意気揚々とリビングに向かうのだった。
その後ろでカインが苦々しく呟いているのも気づかずに。
「くそ…完全にデートの誘いじゃねーか。本人が鈍くて助かったけど…」
花祭り―それは別名「恋人の祭り」という。
祭りに一緒に行き、花を贈りあう。夫婦や恋人同士であれば愛を確かめるものでもあるし、片思いの人間を誘うということは半分告白に近いことにもなる。
祭りの最後に想いを伝え合うというのが習わしだからだ。
イリアはそれを知らないようだったが、相手はどう思ってイリアを祭りに誘ったのか…。
とりあえずイリアに絶対に変な虫はつかせないようにしなくては。
そう決意し拳を一度握りしめると、カインもまたリビングへと向かうのだった。
※ ※ ※
祭りの日。
ザクレの街は大いに賑わっていた。
いつもの見慣れた街並みは色とりどりの花で飾り付けられており、風が舞えば白やピンクの花が舞いあがる。
診療所に転移したイリアが窓から覗いた光景は鮮やかで、それだけで気持ちが上がった。
「カインはお祭りは来たことあるの?」
「はぁ?来るわけないだろ?そもそも一緒に来る人なんていなかったからな」
「そうなの?言ってくれれば一緒に来たのに」
「いや…まぁ…なんとなくタイミングが掴めなくてな」
祭りよりも研究が好きではあったが、たまになら気分転換に外に出ることもやぶさかではない。
一声かけてくれれば良かったのにと思ったが、カインの性格ならば自分に遠慮したのかもしれない。
「カインも初めてなら一緒に楽しもうね」
「あぁ」
そうしているとドアがノックされる。
返事をして扉を開けるとそこには予想通りの人が来ていた。
深緑に金の刺繡が施された詰襟は、赤銅色のリオの髪にも映えている。前回も思ったが少し見ただけでもかなり上質の生地で仕立ててある。
もしかして名のある家柄の騎士なのかもしれない。
「リオさん、お迎えありがとうございます」
「いいえ、お待たせしてしまいましたか?」
「ちょうど来たばかりです。あ、そうだこれお返しします」
「あぁ、ありがとうございます」
リオに洗濯済みのマントを手渡した。
幸いにしてワインのシミは綺麗に落とすことができたので、イリアはほっとしていた。
「綺麗に洗ってくださってありがとうございます。…で、あの、こちらは?」
「あぁ、ご紹介しますね」
イリアの隣に佇むカインに目を止め、リオがそう尋ねてくる。
だが、イリアが紹介する前にカインがイリアを押しのけるようにして挨拶を始めた。
「カインと言います、騎士様。本日は一緒に祭りを回らせてもらうのでよろしくお願いします」
「私はリオと申します。…ところで一緒に回る、とは?」
「今日は俺も一緒に祭りを回らせてもらいます。こいつは目を離すと危険なことに首を突っ込みかねないじゃじゃ馬なもので」
イリアとしては首を突っ込んでいるつもりはないのだが、前回の酔っ払い事件もあることから文句も言えずそれを聞いていた。
「大丈夫ですよ。私が責任をもって彼女をお守りしますので」
「いえ、養い親からもイリアの面倒を見るように言われていますから。特に変な虫がつかないようにと!」
「変な虫ですか…。そんなのは私が叩きのめしますのでご安心ください」
「その変な虫は人助けのフリをして声をかけてくるような軽薄な人間も街にはいますからね」
カインとリオが会話するたびにお互い語調が強くなっている気がする。
なにか第一印象がお互い悪かったのだろうか?
思い当たる節は無いがとりあえず二人でにらみ合っているような雰囲気があり、その場を動こうとしない。
「リオさん、せっかく誘っていただいたのに突然カインが一緒になってすみません。でもお祭りは大勢の方が楽しいと思って。ダメでしたか?」
「貴方のお願いならいいですよ。ここに立ってても仕方ないですからね。まずは祭りに行きましょう」
「カインもリオさんにあまり失礼な態度はダメよ。私の恩人だからね」
「…分かっているよ」
「じゃあ、行きましょうか!」
イリア達はこうして街へ繰り出すことになった。
街には祭りらしく道路の両脇に屋台が出ている。
日本の祭りの屋台とはやはり違い、海外のマルシェ的な雰囲気の屋台だ。だが売っているものは食べ物や飲み物、ヨーヨーや仮面も売っている。
この世界には異世界ニホンから流れ着くが、多くは王族と王族が許可した一部の人間にしか見ることが許されていないが、たまにその文化の片鱗のようなものが市井に出ていることがある。
まぁ、この世界が「フロイライン」の設定を受け継いでいるので、そういう設定が反映されているだろう。
祭りは多くの人が行きかい、賑やかで、みな浮足立っているように見えた。イリアもまた祭りの賑やかさに浮かされるように、気持ちが昂っていく。
「あれって…ダーツ投げ?」
「そうですね。初めて見ますか?」
「えぇ、初めてです」
「ダーツを三回投げてその合計得点に応じて商品が貰えるというものですよ」
「面白そうね!」
「やってみましょうか?」
「はい!」
ニホンなら射的なのだろうがこの世界ではダーツで景品を取るらしい。
棚には子供向けと思われるぬいぐるみ類や、大人向けの商品と思われるネックレスや時計などの貴金属、一般受けの食器などの景品が並べられている。
イリアは屋台の店主にお金を渡し、三本のダーツをもらって投げてみた。
だがそもそも的にすら届かない。
「なかなか難しいわ」
「なら私が投げます。そうですね…あのネックレスは貴女に似合いそうだ。プレゼントさせてください」
そう言ってリオはダーツを手に取って投げると、全て真ん中のブルに突き刺さった。
「リオさん凄いですね!」
「ふふふ。ありがとうございます」
「ふっ、ブルなんて面積が広いんだ。そんなの当たって当然じゃねーの?」
カインはそういうと、店主から奪うようにダーツを奪って構えた。
「俺ならばトリプルを狙うね。はっ!」
カインがダーツを投げると、スタンスタンスタンと小気味よい音とともに的にダーツが突き刺さった。
それを見ていた他の客がおおっと歓声を上げた。
「ふ…これで百八十点だ。俺の勝ちだな」
「カイン君、まだまだ甘いね。二十点だけ狙うなんて簡単だよ。私なら宣言したダーツボードに投げることができる」
「なら勝負だ」
「望むところ!」
「え?ちょっと!?」
イリアが口を挟む間もなく、カインとリオは睨み合うとダーツの投げ合いが始まってしまった。
お互い一歩も譲らない戦いで、実力はほぼ互角。だがなかなか勝負が着かず、結局「営業妨害だ」と店主に言われて追い出されてしまった。
その後も金魚すくい競争やヨーヨー釣り競争、アイスの早食いなどなど、とにかく行く先々でカインとリオは勝負をし、結局勝負がつかずに追い払われるということを繰り返した。
その様子を見てイリアは半分呆れてもいたが、なんだかんだでこの勝負の行方を楽しんでいた。
たまにその勝負に参加もするのだが、早々に負けてしまうのはちょっと悔しくもあったが。
続きます!