満月の夜までに
「ヒトミに見せたいものがあるんだぁ。」
そうユウキに言われ、ユウキの準備した服に着替えて病院を後にした。
なぜだろう。私達は、病院を抜け出そうとしているのに看護師さん達は、建物の下に集まっている。
夜の繁華街を走り、落ち着いた外観の建物の前で立ち止まり、重い扉を開け中に入った。
甘い香りと、同じリズムで刻まれる重低音が、ヒトミの身体を一瞬にして支配していた。
白い靄がかかる中、蠢く人々の肩や肘に触れないようにユウキを追いかける。
様々な嗅いだことの無い匂いに、ヒトミは頭が割れそうなくらい痛かった。
痛みに耐えきれず立ち止まると、さっきまで見えていたユウキの後ろ姿が消えていた。
頭を左手で押さえながら辺りを見渡すと、中央の階段付近にユウキの着ていた鮮やかな蛍光色のワンピースがチラッと見えた。
ヒトミは急いで中央の階段を目指して走り、
たどり着いた、その時。
重低音の音が少し小さくなり、
「お待たせしました~~!皆さ~ん、準備は良いですかぁ?今から皆さんの選別を始めますよ~!」DJブースから聴こえる声に、
「ヴーーーーーーウ」「ヴォーーーォ」
と、声にならない声で、周りにいる人達が一斉に叫び初めた。
ヒトミは、全身から血の気が引いていくのが分かった。
「し、死んでる?」
人混みに隠れてしまったユウキを探すのに必死で、周りをちゃんと見ていなかったが、よく見ると隣で叫んでいる人達は皆、死んでいたのだ。
皆、顔が青白く目が窪み、頬が痩けていた。服の下から覗く皮膚は皺が寄り、その下には骨しか無いのだと確信できた。
その隣で叫ぶ背の高い人は、一見普通の人に見えた。だけど、ガタイのいいお兄さんの胸には、大きな鉄パイプが刺さっていた。
はぁ、はぁ、はぁ。頭が痛い……
ヒトミは、頭を押さえた。
あ、れ?
掌にヌルッとした感触がした。
見ると、深い赤い色の血がベッタリと付いている・・・
「んふふふふ。やっと気が付いた?」
「ユ、ウキ?」
いつの間にか、ユウキが目の前に立っていた。
ユウキは、嬉しそうにこう言った。
「一緒に死んでくれてありがとう。」
あぁ。
そうだった・・・・・・
入院中に知り合った、同い年のユウキが屋上で・・・
私はユウキを助けようとして・・・
落ちたんだ・・・
それから、記憶が曖昧だけど・・・
ユウキは落ちた私を、ここまで連れて来た。
「ユウキ、あなたは・・・」
ユウキは、長い髪を耳に掛けながら言った。
「私はね、まだこの世で、すべき事があるの。
私達は、まだ死んでないの。でも、向こうにいる奴らは、死後1ヶ月以内の魂。で、確実に死んでる。」
そう言うと、ユウキは真顔になって私の頭を両手で掴みユウキの頭を押し付けた。
「ヒトミ?死ぬ直前の魂同士はね、満月の夜にある事をすると入れ替われるんだよ?」
そう言って一旦離れると、私の全身をじっとりと眺め、指先で身体を撫でながら、囁いた。
「私、ずっと探してたんだぁ。理想の身体を。
あんたの身体、もらってあげるね?」
「あなたはぁ、ここでぇ、地獄に行くんだよぉ。私の代わりにっ♪
あー、満月の夜までに見つかって良かったぁ!」
言い終わると同時に、私を強く抱きしめた。
ユウキは私の耳元で、
「今日は満月。
満月にはね、死んだ人の選別が行なわれるのよ?
殺人を犯した者は地獄行き。
それ以外の罪を犯して人の身体と心を深く傷付けた者は、人間以外の生物に生まれ変わる。
そして、人に対して優しく生きた者。人に裏切られ、
傷付けられた者は、また人間に生まれ変われるの。」
「ユ、ウキ・・・・・・は・・・」
「私?私はねぇ、んふふ。
大好きな人をね、間違えて殺しちゃったのぉ。
あははははははっ」
ユウキは、笑いながら答えた。
ビーーーーーーーッ
DJが選別を開始する合図をした。
次の瞬間、ユウキが私の口にキスしてきた。
「ンー、!!」
ユウキの貪るようなキスは、とてつもなく気持ちが悪かった。
ドンッ!
前に押された様な感覚がして躓くと、私の身体はユウキに変わっていた・・・
手のひらの血も消えていたし、髪も長い。
私と入れ替わったユウキは、私の身体を確かめながら興奮していた。
「あはっ!最高っ!この身体ぁ!スタイル良いしぃ、髪はちょっと短いけどサラサラだし!顔も!小さいしさぁ♪」
自分の身体に酔っているユウキが急に、浮かんだ。
そして、蠢く人々の頭上まで浮かび、そのままステージの上に運ばれた・・・
「はっ?どういう事よ?ねぇ!ヒトミは、
私は、何もしてないでしょ?!ねぇっ!」
ステージ上で、見えない何かに自由を奪われているのか、必死に身体をバタバタさせている。
『おまえは、13人もの尊い命を奪った。従って、おまえは、地獄行きとする!』
天からのお告げにユウキは、絶望した顔になり全身の力が抜けていた。
「ヒ、トミ・・・おまえ、まさか・・・」
ユウキの顔は、絶望から恐怖に変わり声にならない声で叫ぶ。
「イヤ、イヤーーーーーー!!」
ステージ下が開き、ユウキが私を恐怖の目で見ながら、落ちていく・・・
ユウキの叫び声が、いつまでも聞こえていた・・・
「んふふっ。さ、次の満月までに良いカモ見つけなきゃっ♪」
そう呟くと、髪を鬱陶しそうに触りながら歩き、重い扉を開け姿を消した・・・