第64話「抑止力」
――人通りのない路地。
教会前で立っていた男に従い自分とノエルは人気のない場所まで来ていた。
彼は歩きながらアクセルと名乗った。
それはスティグから聞いた『加速』の権能を預かる者であり、自分の記憶を塗り替えた少女の仲間でもある人物。
率直に感じたままを答えるなら純粋な男だ。
強い悪意も持たず行動している。
だが、過去にしたことは消えない。
アクセルがスティグの妹から命を奪ったことも、テイムを殺そうとして最終的に自分から記憶を奪ったことも。
恨んだつもりはない。
だって記憶にないのだから。
それでも、自分を大事そうに抱えているノエルから感情の声が全て伝わってくるから、喉が静かに唸ってしまう。
それが聞こえていたのかアクセルは振り向かずに、背中を向けたまま弁明する。
「その怒り、ぶつけたいという気持ちは否定しません。それがあなた方に与えられた当然の権利」
「後で『先に手を出したのはあなた方ですから』とか言って反撃されても困るから遠慮しておく」
アクセルはくすくすと笑う。
彼の権能が『時間』に関係するものならば純粋な身体能力でカバーしきれない自分にとって、不利な相手に変わりない。
その上で彼は挑発の意味も込めて八つ当たりしろ、と言っている。
こちらが攻撃を仕掛けたなら反撃することを許可されているということだ。
あまり高圧的な態度は相手の反感を買う恐れがあるため推奨されない。それでも相手がこちらに喧嘩を売ろうという姿勢を見せている以上、考えに気づいた上で拒絶する強気な姿勢を見せておかないと次の手段に出られる可能性もある。
絶対に取ってはならない悪手は、今の自分が攻撃を仕掛けるということ。
全盛期なら不利でも善戦したかもしれないが、今は無理だ。
勝ち負けという土俵にすら立てない。
こちらの判断を見てアクセルは想定外だが面白いと考えたのだろうか。
彼にとって何が重要なのか、それが分かれば少し余裕が生まれるはずだが……。
「あなたみたいに賢い生物は好きですよ。柔軟に、手堅く生き残る手段を選んでいる」
「あくまで俺の判断だ。パートナーまで同じ考えだと思わない方がいい。怒らせたら手を付けられないのは俺よりノエルの方だと理解してくれ。カルミアを殺そうとしたくらいだぞ」
「そのようです。カルミアに聞いたより落ち着いているが静かな怒りを感じる」
アクセルの理解が早いようで助かる。
きっとノエルは自分を抱えていなければすぐにでも殺そうとしていたと思う。そのくらい自分勝手な都合で自分達の大切なものを奪われたのだから。
こちらを振り向いたアクセルは朗らかに笑う。
悪意など感じさせない表情だ。
ルークステラでカルミアと対峙した時のことを思い出す。
彼女は純粋無垢な少女の姿をしていたが、その姿でも隠しきれないほど歪な匂いをしていた。自分達で言うところの怒りのような、そのくらい強い感情を持っていたから。
それに対してアクセルの感情は平坦だ。
こうして匂いを嗅いでも過去の嫌な出来事があるから拒絶反応があるだけで、実際に敵と対峙した時の感覚とは違う。
こちらに無関心なのだろうか。
いや、関心が無ければ接触しない。単純にカルミアより複雑な考えを持っていないだけなのかもしれない。
「要件だけお伝えします。俺の権能であなたの時間を加速させてください」
「…………むり」
「さすがにストレートに断られると困りますね」
「色々と省きすぎて何が言いたいのか分からないんだよ。お前の言い方だとスティグみたいに加速されて死ねって言われてるように感じるぞ」
そんなことはしません、とアクセルはとぼける。
いや、本当にするつもりはないのだろうが安心するには上方が少なすぎる。
アクセルの『加速させる権能』がどの程度の効果を持ち、どのくらいの制限があるのか分からない以上は委ねられない。何を目的で自分の時間を加速させようとしているのかも分からない。
当然、そんな状況では自分が許してもノエルが許可してくれるわけもない。
アクセルは頭を掻き毟ると「面倒ですね……」と言いながら説明を始める。
本当は素直に従ってくれると思ったのだろうか。
「俺の権能は単純に『加速』させるもの。自他の時間を、物の移動速度を、物質の腐食を、傷の再生を。とにかくあらゆるものの変化を加速する。ただし、一度指定した加速を中止することができません。予めどこまで加速するかを指定し、それを実行するタイミングを自由に決められるだけです」
「指定した終点は他の人から見えないの?」
「見えません。というより『加速』は徐々に進むものではなく一気に進む。始点と終点しかないと思ってくれればいいと思います」
「つまり効果が発動すれば後戻りはできない。お前が嘘を吐いてて、それこそ犬が次の瞬間には消滅してる可能性もあるって意味」
ノエルの指摘に自分は固唾を飲む。
時間の加速はじわじわと変化するのではなく瞬間的に終わる。
それが事実ならノエルが言うように灰になるくらい時間を進めるとしても一瞬という意味だ。
もし試しで使わせていたら死んでいたかもしれない。
いや、そもそも気づく前に存在が消える……?
だからノエルがいつも以上に警戒している。怒りに任せて行動すれば最悪、大切なパートナーを失うと理解しているから。
ここまで聞いてしまうと彼の要望に応えられそうにない。
信じる信じないの問題ではない。
普通に考えて他人にも近しい相手からの提案をまともに受け入れられるはずがないのだ。
それも死を仄めかす発言があったなら尚更だ。
「権能の欠点まで明かしたことや素直に目的を打ち明けたことも考慮した上で信じるかどうか決めてほしいんですけどね」
「お前が真実を話したという保証はない。ノエルに信じてほしいなら自分自身にでも権能を使って示せばいい」
「自分に対して使うことができるのは移動の加速のみです。死と直結するような使い方を自分にできないように神格が制約を与えているはずですよ?」
「自分を加速しても音速で何かにぶつかったらお前もミンチになるんじゃねえのか?」
「言われてみればそうですね。自分を加速させるより物を加速させた方が有用だし、自分を加速させても走ることに変わりないから疲れるの嫌で使ったことありませんでした。試してみます? それなら信じてもらえます?」
なぜ悪意を感じられないのか理解した。
彼はきっと純粋だ。善悪の境界など存在しない。
どうなるか分からないから、躊躇いもなく悪いことでもできてしまうだけ。昔からそうだったのかもしれない。
つまり疑ったところで欲しい解答は得られない。
彼が自分を加速させたい理由を確かめる術がないのだ。
それをノエルに読ませた上で自分は思案する。
彼の目的が自分達に害することだとしても、せめて殺す意図はないということを確かめなければならない。
黙ってここから開放してもらえるとは思えないから、彼に従う他ない。
だから、従ってもいい理由が必要だ。
「なぜ俺を加速させたいのか、それを聞かせろ」
「んー、まあ組織の目的に直接関係することではないから話しても大丈夫ですかね。以前、カルミアがお二人にした話を覚えてますか?」
「犬は大した事ないけど、その周囲に集まりつつある人達が問題って話?」
ノエルさん、あまりにも遠慮しなさすぎではありませんか?
脅威になり得ないと思ってもらった方が安全なのは理解しているが、それにしても言葉を選んでほしいというか、オブラートに包んでほしい。
ノエルの隣に居たい男としては弱い、頼りないは傷つかずにはいられない言葉だ。
いじけているのが伝わったのかノエルが頭を撫で始める。
慰めるくらいなら初めから意地悪なことを言わないでほしい。
「それって要するに他を圧倒してしまう可能性があるからダメって意味なんです。過度に強すぎると均衡が崩れちゃうので」
「今回の話と何が関係あるの?」
「あなたが戦力外になったことで発覚しましたが、他の組織はあなたが持つ不確定要素に怯えていた。序列を覆しかねない権能を持つあなたが大人しくなった途端に動き始めた組織があるんです」
「それは『罪深き異端者』の存在を恐れているという意味?」
ノエルの質問に対してアクセルは微笑みのみを返した。
どのような意味に捉えてもらっても構わない、と言っているように感じる。
他にも理由がある?
だとしてもアクセルがそれを明言することを避ける理由がわからない。
いや、今は彼の目的だけに集中するべきだ。
他のことまで考えていられるような余裕はない。
「それであなたに再び抑止力として存在してほしいんです。そのために権能を扱える状態に戻してあげます。まあ、政治的手法みたいなものです」
「俺が権能を使えるようになって、お前を見逃すと思ってるのか? 自分のことは自分の不注意で納得してやる。でも、スティグの件は見過ごせない」
「あなたは契約を知らないから簡単に言えるんです」
「契約……?」
「おっと、余計なことを口走ったみたいですね。それで、どうします?」
契約という言葉はカルミアからも聞いた記憶がある。
彼らが組織に入る上で交わされた契約があるというのだろうか。
それを破ることができないからスティグの妹を殺させざるを得なかった。アクセルの言葉を信じるならばそういう考え方をできなくもない。
自分は抱えられたままノエルに視線を送る。
もし聞き逃していないならばノエルも同じ考えを持っているはずだ。
今回、結論を出すべきは自分ではない。
ノエルに守られている状態の自分が、我儘で下して良い決断ではない。
「犬を、どこまで加速するかによっては許可する」
「青年期くらいで止めようとは思ってますよ。おじいちゃんにして権威が無かったら困るし、おじさんにして大事な時に息を切らしても困りますよね?」
「それはそう」
ノエルは自分を下ろすと一歩、後ろへと下がる。
彼の権能が対象を指定しているとはいえ、範囲がないとも言い切れない。接触する程の距離に居ると影響を受ける可能性があるなら離れておくのが妥当だ。
さすがに神様だから時を加速されたくらいで消滅したりしないだろうが……。
権能を発動させようとアクセルが手をかざす。
しかし、発動する前にノエルが止めた。この期に及んで怖くなったなどとは言わないはずだが、急に止めてまで何がしたいのだろう。
「いざとなったら『退化』だからね」
ああ、そういうことか。
加速はあくまで加速。本来の成長の過程をなぞるなら『退化』によって再び削ってしまえば時間稼ぎくらいはできる。むしろ集めたエネルギーをアクセルにお返ししてもいいわけだ。
街を巻き込む可能性があるから取らない選択とはいえ、アクセルに対してはいい感じの圧力を与えられただろう。
さあ、無駄に待っていても仕方がない。
権能を使うなら早くしてくれと自分はアクセルに目配せをする。
彼は再び手をかざして「始めますよ」とわざとらしく声をかけてきた。
合図も詠唱もない権能だ。発動を知らせることも信じてもらうための過程なのだろう。
最初に瞬間的な加速だと言っていたように体の変化を感じる間もなくアクセルの権能は解除された。瞬きをして次に開いた時には視線は彼よりも遥かに高く、地面を踏みしめる足の面積が広くなった分、伝わる感触も大きくなっていた。
子犬から急に化け狼程の大きさになると思っていなかったのかノエルは自分の尻尾に埋もれている。
「これで信じてもらえました?」
「問題は無さそうだな。と、このままだと化け物呼ばわりして騎士を呼ばれかねないな」
「あっ、もうちょっと尻尾を堪能したかったのに」
本当にこれがアクセルのこと疑い続けてた者なのか疑問だ。
人型へと姿を戻し、とりあえず後ろで騒がしいノエルには尻尾を渡して黙らせる。
「それで俺には抑止力として機能して欲しいんだったか?」
「可能な限り、ですね。派手に暴れてほしいとは言いません。今まで通りに活動してください。邪魔になれば、また組織の方から接触しようとするでしょうから」
「あくまで他の妨害のために、ってことか」
「基本的には戦闘になることはありませんよ。衝突するだけ損失を受けることは結果が見えてますし。あなたが権能を発動しないのと理由は同じです。それでは失礼しますね」
アクセルは背中を向けて立ち去る。
それが完全に見えなくなるまで見送ってから自分の尻尾をいつまでもモフっているノエルを睨みつけた。
シリアスな雰囲気が台無しだ。
もしアクセルが少しでも戦う意思を見せたらどうするつもりだったのだろう。
いや、今はとにかく尻尾から剥がそう。くすぐったくて仕方がない。
アクセルの加速、嫌なタイミングで止められているようだ。
「数日ぶりのもふもふ尻尾…」
「今後も好きなだけモフれるんだから我慢しろ! お前が発情期戻させた上でアクセルが青年期まで戻したんだぞ。分かったならベタベタするな!」
「もしかして欲情しちゃう?」
「その通りなんで少しは遠慮してくれ」
「年単位で加速したから時期ずれてなかったんだね」
ノエルはしばらく唇に指を押し当てたまま黙り込む。
もしかして何か狙っているのだろうか。
人通りの少ない路地とはいえ見つかったら最後の場所で変なことをしようと考えなければいいが……。
こちらがそわそわしているとノエルは何も言わずに路地の出口へと向かい始める。
考えすぎだったのだろうか。
そう思っていると背中を向けたままのノエルが質問を投げかけてくる。
「レインの所、行ってきたら?」
「は? なんでレインなんだよ」
「ああ見えて犬のこと一番心配してたのはレイン。ノエルより犬と一緒に居た時間が長いからね」
「そうか? まあ、心配云々は別として俺に用事あるとは言ってたな」
「だから二、三日あっちに行ってても問題ない。レインにばっかり我慢させてたら可哀想でしょ?」
一理ある。
レインは何かと引くのが早いからノエルにしてもイルヴィナにしても我慢してる気はする。
それにしても長くて三日、不在でいいのだろうか。
家にはニムルが居るとはいえ、彼女はしばらく愛玩動物のように大人しく過ごしている。いきなり戦闘が始まって対応できるのか心配だ。
テイムを頼りにしても彼ができるのは定期的に様子を見に来るくらいだ。
「これでもノエルは何もできない訳じゃない。犬が少し休む間くらいどうにかして守りきれる」
「俺としては戦わないでほしいんですけどね」
「冗談。そのくらい安心していい、って意味」
それなら、まあ大丈夫か。
自分はレインに伝わるように「会いたい」と念じる。
これで用事がなければ向こうから呼び出し専用の『影渡』を開通してくれるはずだが……。
ただ、影が開いたのは足元だった。
「は……?」
体が沈むような感覚に襲われて思わず恐怖してしまう。
しかも体が落ちきる前に自分の足を何者かが掴んで影の中に引きずり込んだために余計に慌ててしまった。
その何者かは間違いなくレインだ。
誰の仕業か分かっているのに恥ずかしげもなく慌ててしまい、全身の毛を逆立てた状態で彼女の生活拠点である教会へと喚び出された。
自分は教会の床に転がされてびくびく震えながらレインの方に視線を向ける。
「ゆ、誘拐するにしても、もっと優しくできなかったのか?」
「ふん、あんたが会いたいって言うから招いてあげたっていうのに……失礼な子犬ちゃんね」
「……!」
レインは目線を逸らすと呆れたように溜め息を吐いていて、いつも通りと感じる反面で違和感があることも分かっていた。
自分はすぐに理解したのだ。
レインの匂いがいつも以上に強いということに。
先程までの態度など知ったことではなかった。
非礼を詫びるより先に飛びかかると力強く抱きしめる。自分が感じ取ったものが間違いではないと確かめるために鼻腔いっぱいに匂いを吸い込む。
自分が発情しているから匂いを強く感じているだけかもしれない。
それでも、勘違いと考えるには証拠が無い。
「ち、ちょっと! 何であんた、こんなに体が熱いのよ! 体調でも悪いの?」
「むしろ正常らしい。ノエルが『獣』に頼んで俺に発情期ってものを戻したらしいんだ。たぶん、過敏になってるから、いつもは気づかないふりしてた匂いにまで反応してるんだと思う」
「なるほどね。神域でノエルさんが含みのある言い方をしてるように感じたのはそういうことだったのか」
レインは自分の頭を撫でながら呟く。
こちらの状況を理解して許容してくれているような姿勢に気持ちが安らいだような気がして尻尾がゆらゆらと振れてしまう。
実際に彼女は受け入れてくれているような気がした。
さすがにいつまでも抱きしめたままでは顔も見れないため、体温から離れることを寂しく感じつつも離れる。
「ガルムが気にしてたら悪いから先に伝えておくけど発散に利用してるみたいで申し訳ないなんて考えないでね。あたしだってガルムと同じ気持ちなんだから」
「同じ?」
「神域で色々あったのよ。それで、あたしってガルムに自分から何かを要求することってほとんどなかったな〜、って気付いて……」
素直になりたい、と。
レインは言い淀んでしまうことをもどかしそうにしつつも心の内を伝えてくれた。
望んでいることを自分から伝えることができない。他人に遠慮して我慢の連続、結果的に引き下がらざるを得ない状況になって悶々とするの繰り返し。
それを確認できたならば十分だった。
自分は遠慮なくレインの匂いから全てを分析することにした。
本当なら相手が隠したいと思っていることも分かってしまうから無意識に感じ取ってしまう部分以外は切り捨てて考える。そうしないと対人関係的に破滅しかねないからだ。
でも、レインは素直になりたいと言っている。隠したくない、と。
だから感じ取れるもの全てを分析して自分から歩み寄る。
分析するにあたって甘い匂いが邪魔だ。
いや、この甘い匂いすら分析材料の一つなのかもしれない。
レインの思考、行動理由などを全て考慮した上で考えていくと答えに行き着いたと同時に思わず呼吸が止まりかける。
「レイン、俺の考えてることはお前のしたいことと一致してるのか?」
言葉にするのが危うすぎて思考を読んでもらうことにした。
レインは少しだけ顔を赤らめるとこくりと頷く。
要するに男女の営み的なソレだ。
今までレインが直接的にそういった行為を明言したことはなく、誘惑するのが本文と言いつつも吸血姫という種族を淫魔と勘違いされることを嫌い、自ら性的な行為を仄めかすことを極力控えていた。
今回は匂いで伝えてきている。偽りはない。
「あたしとは、イヤ?」
「そんなことない。驚いてるだけだ。レインもそういうこと考えることあるんだ、と」
「吸血姫は皆、生涯を終えるまでの長い長い時間にテーマを求める。ミィちゃんの場合だと『本物の愛』を見つけることだったでしょ?」
「そうだな。レインのテーマは何なんだ?」
肯定は返ってこない。
だが間違っている感じでもない。
レインは返答する前に一歩だけ自分との距離を詰めると両頬に手を添えてキスをする。唇を触れさせるだけの、短いキス。
思わず惚けてしまう。
「あたしは『素直な自分を見せられるパートナー』を見つけたい。どんなあたしでも、それをあたしとして見てくれる、そんな人を」
「えっと……」
「ここまで言ったら分かるでしょ?」
「まあ、俺は……レインが俺の前では素直で居られるって言うなら構わないが」
「あたしも根っこの方ではミィちゃんと同じなの。吸血姫の宿命なんて知ったことじゃないのよ。あたしが一緒に未来を紡ぐ相手があんたじゃないなら未来なんていらない」
強気な決意表明をされてしまった。
子孫を残すための生涯に一人を探すよりも自分が自分らしく居るために相応しい相手と共に過ごしたい。シンプルで分かりやすい考えだ。
ただ、それでいいのだろうか。
吸血姫がテーマを決めるのは長い時間を生きる理由を探すため。
レインのテーマが「素直な自分を見せられるパートナー」で、それが自分だと言うなら彼女の生きる理由探しは終わってしまったことになる。
こんな簡単に終わらせて良いのだろうかという疑問がある。
別にテーマに対する答えが見つかっただけで、そこが人生の終着点になるかと言われれば違うだろうが、目的が無くなってしまう。
自分が困惑しているとレインはくすくすと笑いながらこちらの疑問に答えてくれる。
「あくまでテーマは主題。その下に小さな課題が山積みになってるのよ? あたしの場合は見つけて終わりじゃない。そのパートナーと最期まで添い遂げるっていう追加目標があるんだから」
「最期とか縁起でもないこと言うなよ」
レインの言葉に寂しさを感じてしまう。
それが表情に出てしまったような気がしてレインの胸に頭を押し付けて見えないように隠す。
吸血姫は不老不死ではない。長寿長命なだけ。
最期なんて言葉を使われたら、ちゃんと終わりがあるということを伝えられたように感じて悲しい。
レインは自分の頭を撫でながら謝る。
「ごめんね、子犬ちゃんはあたしが居ないと寂しくて死んじゃうんだもんね」
「…………………そこまで言ってない」
「せめて顔見て答えたら? あたしの胸に言ってるよね、それだと」
「別に、いいだろ」
他の組織を抑止するための存在として自分は生かされる可能性がある。
でも、レインや他の仲間はどうなのだろう。
それが分からないうちは安心して、冗談として受け流すことができそうにない。
少なくとも遊戯が終わりに近づくまでは焦って行動に起こす者も居ないと思うしかない。
と、ぼんやり考えているとレインが肩を押して距離を取ろうとする。
嫌だったのだろうか、と少し悲しそうな顔をすると「そういうわけじゃない」と静かに答える。
「まだ明るい時間なんだし、またデートに付き合ってくれてもいいんじゃない?」
「デート……」
「今日は仕事とかじゃなくて本当に二人でお出かけしようってお誘いよ。その方が子犬ちゃんも気分が乗るでしょ?」
自分は有無を言わさず頷いた。
レイン曰く「日中の思い出のことを考えながら相手の顔を見れば幸せな気持ちで満たされた状態になれるでしょ?」とのことだ。
その可能性に大きな期待を寄せている。
発情期といえど完全にコントロールできないわけではない。
それなら充実した一日を謳歌しつつ、締めくくりとして……の方が望ましい。
レインは自分の手を握るとさっそく教会から連れ出そうとしてくる。
「そ、そんな慌てなくてもいいだろ」
「あたしは子犬ちゃんを幸せにしてあげたいの。そうしたら夜は子犬ちゃんがあたしのこと満たしてくれるんでしょ?」
「…………善処します」
好きな子から幸せにしたい、なんて言われてドキッとしない男は居ないだろう。
しかも、その上で夜のお誘いだ。
普通なら「喜んで!」とか「今夜は寝かせない」くらい言ってもいいのだろうが、そう簡単ではない。
相手は吸血姫だ。レインが控えめだからといって夜の種族であることを忘れてはならない。主導権をレインに握られてしまえば最後、自分が枯れ果てるまで搾り取られる未来がある。




