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偽物でも許されたい  作者: 厚狭川五和
救済と責任
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第61話「届かぬ者への挑戦/言葉の必要ない友」

 ――洞窟を進んでいたエイルは……。


 エイルが進んでいる洞窟は分岐点がそれなりの数だけ存在する。

 そろそろ真っ直ぐ進むことに飽きた、と感じる頃に分かっているかのように突然現れる別の通路は、焦っている者ならば苦痛を感じ、落ち着いている者ならばありがたみを感じるものだ。

 彼女に関しては後者だった。

 迷い込んでいるのは事実でゴールも不鮮明な通路。

 それを真っ直ぐにひたすら進むことを強いられたなら心が折れていた。

 ゴールは遠くても代わり映えのする道であれば、どこかへ進んでいるという気持ちになれる。無意味に進んでいるわけではなく先があるからこそ足を進めていると感じられる。

 それに、後ろから時折聞こえてくる物音が気になって仕方がない。

 一定の間隔で聞こえてくる訳ではなく、稀に聞こえてくる。

 獣の声なのか、水滴の落ちる音なのか。

 エイルはその正体を掴めていない。

 だが、確かめるために戻るのは危険すぎる。

 今まで進んできた道の目印は付けているが、それを消されている可能性はゼロと言い切れない。あの物音が正に自分の道標であるナイフを壁から引き抜いている音のように聞こえてならない。

 だから距離を詰められないように進み続けていた。


(あの音は何? 歩き続けていれば一定の距離から聞こえてくるけれど、少しでも遅くなると距離が縮まってる。追いつかれてはいけないの? それとも仲間かもしれないから待ってみる……? いや、それはないはずよ)


 もし合流したい仲間なら追いつこうと急ぐはず。

 こちらを警戒しているなら距離を詰めたりしない。

 その時点でエイルの中では後ろにいる何者かは敵であり、こうしてゆっくりと追ってきているのは余裕を見せつけている。

 この暗闇の中で自由に動き回れる対象ということだ。

 エイルに残されている選択肢は二つだった。

 今までと変わらず歩き続けるか、走るか。

 戻るという選択肢も待つという選択肢も選ぶメリットが無いのであれば進む一択。

 ただ、このまま歩いていれば状況が膠着するだけなので走ることによって状況を動かすという選択肢を彼女は増やしていた。

 そうすることで間の目的を図れる。

 相手も走るなら距離を離されると困る理由がある。

 追いかけてこないならば距離を離されても問題ないという意味。

 危険だとしても一石を投じなければ状況は何も変わらない、

 エイルは走り始める。鉤爪のせいで上手く走れないために一般的な人間の速度と比較すれば遅いが、その鉤爪によって速度が変わっていることを後ろの何者かに強く主張することができる。


(早く行動を起こして……! 私は長い不安に耐えられそうもないのよ)


 エイルの祈りが通じたのか対象は行動パターンを変更した。

 背後で聞こえていた物音が一切しなくなる。

 それに気がつくとエイルはすぐさま停止して状況の整理に努める。

 後方から迫っていた物音が聞こえなくなったのは距離が遠くなったからだと考えるのはあまりにも安直な考えだ。エイルが走り始めてから時間はそんなに経過していないのだから。

 つまり足を止めたと考える方が答えに近いかもしれない。

 なぜ足を止めた?

 諦めたから?

 そんなはずはないと分かっているエイルは振り向き様に自らの翼から羽を数枚毟ると投げつけた。

 何かに弾かれた音とカラカラと床を転がるような音が聞こえる。


「感が鋭すぎ。見えてないはずなのに距離詰めたってなんで分かったのよ」

「その声は……レイン?」

「そ、正解。それで、仲間に攻撃したことに対してごめんなさいは?」


 エイルは考えるよりも先に再び攻撃を仕掛けていた。

 もし本当にレインなら謝罪を強要するようなことはない。状況的に考えて不用意に近づいた自分が悪かったと謝る側のはずだ。

 エイルは彼女のことをよく知っているわけではない。

 それでも彼女が大切な人の前で強がっているだけの女の子であることくらいは理解している。

 いや、実際にレインは強い。

 今のエイルでは勝ち目がないことは分かる。

 しかし、彼女はそれでも不足だと考えていた。

 大切な者を守るにはそれでも足りない。何かを犠牲にすることなくすべてを守ろうとするならば常軌を逸脱した力が必要だと知っているから。

 つまり目の前にいるレインのように自分が上であるかのような態度は取らないはずだ。

 エイルの決断は正解と言えるが、生き残ることだけを考えるならば不正解だった。

 質問に対して言葉ではなく行動で示したエイルに対して暗闇は刃で答えた。

 その刃はエイルの翼に触れ、金属同士がぶつかり合うような音を出しながら再び闇の中へ消えていく。

 エイルは安堵していた。

 レインの『操血』で作られた武器も自分の翼ならば防げる。

 触れると同時に翼は硬質化するため切り落とされるよりも先に硬質化し、刃を弾くことができる。硬質化することが可能な翼以外に攻撃を受けない限りは安全と言えるだろう。

 だが、それが迷いとなってしまった。

 確実に攻撃を防げると分かった以上は無駄に動き回らず攻撃が通らないように自分の体を翼で覆うことで安全を確保したい。

 もし、それを優先したなら勝ちはない。

 このレインが()()()()機転が利くようなら追い詰められる。


「戦えないなら帰ったら?」

「っ!」

「戦闘経験はイマイチ。頭も悪くはないけど他で代わりができる程度。それなのにあなたがここに居る意味、あるの?」


 精神的な揺さぶりをかけるような言葉にエイルは動きを止めた。

 役に立てない自覚はある。

 有翼獣人は視力が良く、遠くのものまで見つけることができることや、自分の体重よりも重いものを運ぶことが可能という点では優れている。

 それだけだった。

 自分でできることが決まっている。

 犬獣人や猫獣人のように様々な方面に秀でた者達と比較されると劣る。

 汎用性に欠ける有翼獣人は戦闘に置いても行動パターンが単調となる。

 本当にそんな自分がここにいる必要があるのだろうか。

 ガルムがくれた機会だから?

 それを理由に自分が頼られていると考えたいだけなのでは?

 ここで諦めても誰も責めない。初めから期待されてない。

 エイルはふと、自分達のリーダーを務めている犬獣人のことを思い出す。

 彼は強いわけじゃない。頭も良くない。

 それでも前向きで、優しくて、常に全力で正面から挑んでいく。

 リーダーシップなんてあったものではないが、それでも付いていきたいと思える。

 エイルは顔を上げる。

 そして自らの翼から何枚も羽を毟ると無差別に投げた。

 彼女の翼は硬質化すれば一枚一枚が鋭い刃物と同じ。手に掴んだ時点で硬質化し、投げた後も硬質化は保たれる。


「自暴自棄?」

「そう思うなら構わない。私達のリーダーが認めた、ガルムの仲間ならそんな風に評価したりしないから」

「別人みたいな口振りね」

「だって別人だもの。私の知っているレインは、私なんかでは届かない程の高みに居る存在。力量差だけ考えればあなたも同じ。でも、あの人は()()()()()。上から見下ろしているわけじゃない。高い所から見守っているのよ」


 エイルは再び羽根を何枚か投げる構えをする。

 落ち着き払った声で自分を否定された暗闇は動揺していた。

 何か作戦があると気づき、その中身まで想像できていたのだ。


「あんた正気? ()()をやったらあんたも無事で済まないかもしれないのに何で落ち着いてるのよ!」

「言ったはずよ。たとえあなたがレインの紛い物だとしても私には到底届くはずのない存在。命でも賭けなければ見合わない。この空洞に()()()()()()()()()()なら、私の羽根同士がぶつかった火花で引火するかもね」


 エイルは微笑みながら壁に埋まっている羽根へ自分の羽根を投擲した。

 それが接触する寸前、暗闇に居た偽レインは『影渡』を使って姿を消す。

 先程のようにエイルの羽根と彼女の武器が接触しても金属同士がぶつかるような音が聞こえるだけで火花は散らない。レインの血で作られた武器はエイルの羽根を、硬質化した刃を削るほどの硬さはない。

 だから自分の羽根同士を使おうとした。

 エイルの羽根が接触した際に刃は欠け、この空洞に流れる空気と反応して火花を散らす。

 ここが坑道のようにガスが溜まっているなら誘爆を期待できた。


「本物ならハッタリくらい見抜ける。普通に呼吸している時点で引火性のガスが充満してるはずがないもの」


 レインは無敵な訳ではない。通常の武器や事象でもダメージを負う。

 単純な話、彼女らが「死から最も遠い種族」と言われるのは力を持つ者が故である。

 力量として足りていなくとも隙を突いて自分ごと爆発させるような攻撃を選択すれば回避できない。弱点として当人も理解しているのだから覚悟があることを仄めかせば逃げざるを得なくなる。

 偽物特有の死ぬことに対する恐怖が無い可能性もあった。

 そこは賭けだったが結果が全て。

 エイルは先程まで偽レインの立っていた場所に視線を向ける。

 爆発があると想像して逃げるのに使用した『影渡』の穴が残り続けている。

 それは作った本人にしか行き先の分からない異次元空間だ。


(待ち伏せされている? 入ったら出られない可能性もある。でも、このまま歩き続けても意味はない)


 覚悟を決めたエイルは一気に穴へと飛び込む。



 ――丘を下っていたガルム達は……。


 結論だけ言うと終わりなんて無かった。

 ノエルの歩幅はそんなに広くないが、それを考慮しても一時間以上は歩いているのだから少しくらい景色が変わってもいいはずだった。

 しかし、自分達の目に映る景色はほぼ変化がない。

 あるとすれば一本だけ寂しく佇む木があるだけだ。

 幸いにも果物の実る木だったらしく、食料として確保しようという話になった。

 自分が氷結魔法で足場を作り、ノエルがそこを登って回収する。綺麗な階段などは作れないが、地面とある程度は水平に作れていれば歩けるらしい。

 ノエルが回収してきてくれた果物の匂いを嗅いで食べても問題ないか確認すると、神域の外にある果物と同じものらしく異常は発見できなかった。

 この状況から察するに完全に自分達は掌の上で踊らされている。

 苦労を強いて、その上で施しを与える。アメとムチのやり方。


「犬は不満そうだね。せっかくの食料なのに」

「俺がノエルに甘えてるのは伊達や酔狂じゃない。そうしたいと感じたから甘えてると思ってくれていい。でも、それを真っ向から否定されてるような感じがする」

「そんなことなくない?」


 まわりくどいやり方で「お前は手懐けられている」と言われているようなイメージだろうか。

 こうしてアメとムチを与えて、それを感じ取らせる。

 自覚のある者はその状況を自分自身に重ね合わせるから、そこで自分の過去を振り返り否定的になる。

 一般論で考えるならば、だ。

 自分の場合はノエルからアメは好きなだけもらっている。

 ノエルの感覚では苦痛や試練は自ら持ってくるものだ。ノエルの方から課題を渡すことはほとんどなくて、自分が感じた疑問をどこかに放り投げないで向き合いなさいと言うだけ。

 簡単に言えば自由を重んじるタイプ。

 一方で自分に試練を与えている『獣』の神様とやらは手懐けたい、コントロールしたいという考えが見える。

 これが、その後で待ち受けるものを受け入れやすくするためのものだとすれば不満も募る。


「まあ神経質になりすぎるのはよくない。相手の考え通りに動きながら崩せるタイミングを伺うのが定石だろうな」

「犬、ちゃんと食べないと大きくなれないよ」

「字面の通りではあるんだけど納得しかねるな」

「あれ……兄貴達じゃないっすか!」


 いきなりの展開だったが自分は声の主に目もくれない。

 このタイミングで現れたということは「受け入れてほしい何か」が始まったということだ。

 そもそも自分には()()()()()()

 この声の主はテイムではない。

 明るい声も、恐れ知らずな足音も、働き者の汗の匂いも本物のテイムと遜色ない。

 ただ、分断された後の合流なのに油断しすぎている。

 いつものテイムなら何も考えずに近づいてきているようで警戒はしていた。仲間のために自ら危険な状況に踏み込み、早い段階で疑念の答えを示そうとする。


「誰だ、お前は」

「へ? まさか俺のこと忘れちゃったんすか?」

「ちがう、お前なんか知らない。敵対の意思がないから倒す気もないだけで迂闊な真似をするなら消すぞ」


 これが冗談ではないことくらい伝わっているだろう。

 もし作られたテイムが『獣』によって生み出されたのなら自分の素性を何も知らないはずがない。

 プロトタイプとしての能力も『罪深き異端者(ルールブレイカー)』としての役割も伝わっている。

 模造品などでは相手にならない、と。

 せめて完全な複製なら可能性もあったが、テイムの持つ『支配』の権能は他の神様に犯すことのできない特権だ。

 つまり、こいつは少し動ける程度の普通の獣人という意味だ。

 そもそも武器すら保有していない。

 向こうも戦いになれば一方的に蹂躙されると分かっているのか、足を止めて一定の距離を保とうとしている。


「洞察力が優れてるっすね」

「むしろ年単位で付き合いのあるやつを見抜けないと思うか?」

「じゃあ、最初は何で()()()()()()信用したんすか?」


 否定もできないから認めた上で本来の目的を果たそうとしているようだ。

 自分もほとんど警戒を解いてノエルが渡してきた果物を齧りながら話を聞いてやろうと考えた。

 初めから自分とは戦う必要がなかったのだろう。

 あくまで探りたいのは自分以外の状況。

 もし下手に試練だと言って戦いを挑んだ結果、喧嘩を売られたと考えた自分達彼らの陣営を潰そうとしたら困るのだ。

 それならそれでいい。

 この紛い物を送り込んできたのも情報を得たいからだとすれば合点がいく。

 しかし、改めてテイムと初対面の頃を考えると理由らしいものは思い浮かばない。

 最初の頃は戦争が嫌で逃げ出したばかりだったから、そういう世界に引き込もうとしている人間のせいで他人を簡単には信じない状態だった。

 彼の腕に噛みついた記憶まであるくらいだ。

 それなのに、彼を信用した理由……。


「あいつが、俺の嫌いなものを知っていたから」

「嫌いなもの?」

「怯えることだ。あいつは最初、俺がどんなに唸って噛みついても怯えなかった」


 自分に怯えるということは、害意を与えると思われている。

 戦争が嫌いで、誰かを傷つけるのが嫌いで、そういう自分を否定していた自分にとっては怯えられること自体が他人からの否定的な行為だった。

 怖がらせたいと思ってない。傷つけたいと思ってない。

 それなのに勝手に自分を危ない奴だと考えて怯えられる。

 悲しかった。

 本当は人並みに愛されて、人並みに誰かを愛していたい一般人で居たかったのに、その権利が自分にはなかった。

 でも、テイムは初めてそれを認めてくれた。

 もう誰も信用できなくて、誰にも普通に接してもらえないんだと諦めていた狂犬と一緒に居てくれた。


「あいつは人の痛みを、苦しさを理解できる奴だ。それを知った上で何も言わずにいてくれる。いや、あいつの場合はほとんど言葉なんて必要ない。俺は嗅覚で相手のことを理解しているけど、テイムは心で感じてる」

「お互いに傷の舐め合いをしてるってことっすか?」

「ちがう」


 ノエルが偽テイムの言葉に割って入る。

 まあ、もしノエルが否定していなかったら自分が否定していたかもしれない。

 彼との関係はそういうのとは少しちがう。


「犬にとってテイムは安定剤みたいなもの。昔の傷を癒やすための存在じゃなくて、今を犬らしく生きるための支え」

「それだと傷を抱えたまま生きてくってことになるっすよね」

「それを癒やすのはノエルの仕事」

「まあ、それでもあいつに救われてる部分もあるっちゃあるんだけどな。お互い様みたいなものだろ?」

「そうっすね」


 自分は声の聞こえた方を振り向く。

 さっきまで話していた偽テイムがバラバラになって風に飛ばされていく中、その後ろに自分がよく知ってる方のテイムが居た。

 こっちは間違いなく本物だ。

 怪我もしていないようだし無事に合流できたようだ。

 匂いを嗅いだ限りでは嘘も感じない。

 ノエルと二人だけで不安を感じていたからか、いつもは頼りなく感じてしまうのに安心している自分が居た。

 テイムはこちらを見て安堵したように胸を撫で下ろすと、何故か説教モードに入ったらしく腰に手を当てて小さくなっている自分を見下ろしてくる。

 今日はやけに彼の体が大きく感じる。


「ところで兄貴はなんでこんなに小さいままなんすか? 解散した後、招集されるまで十分に時間あったはずっすよね?」

「ノエルと大好きし合ってた。他は何もしてない」

「バカなんすか?」


 まあ、大事な予定を控えているのに大好きな女の子と過ごすことを優先して回復作業を怠ったのは自分の非だから否定できない。

 言い訳の一つもできずに落ち込んでいるとノエルが割り込んできた。

 あまり期待できそうにもない。

 彼女の語彙力は時に援護射撃というよりも誤爆の可能性を秘めている。


「ノエルと犬は一心同体だから、同調する。ノエルが元気なら犬も元気になる」

「そりゃある意味では元気になったと思うっすよ?」

「ちがう、そういう意味じゃない。たしかにいつもより犬は元気だったけど、そういうことを言いたいんじゃない」


 これは自分の口から説明した方が安全かもしれない。

 テイムもどちらかと言えばノエルと同じ思考回路をしているから少しくらい頭の回転を期待できるだけで冗談を言い始めたら終わりだ。しばらく戻ってこない。

 ノエルの言い分としては今の自分は()()()回復しているということだ。

 昨日、意味もなく誘ってきた訳ではないと考えるなら、ノエルは自分が消耗していると考えて同調しようとしていたと考えられる。

 最近は特に襲われたりもしていないノエルは万全な状態。

 それと同調するということは自分の消耗しきっている体力やらも回復できると判断したのだ。

 しかし、どれだけ同調を試みても不可能だった。


「俺の容量が小さくなってるんだ」

「兄貴の、容量?」

「そう。犬は権能により神様の足元に手を届かせようとした。その結果、いつもなら食べたら戻る程度の不具合が食べても戻らない、その状態すら損失した可能性がある。命を削ったと言うと分かりやすいかも」

「それって大丈夫なんすか?」

「大丈夫ではない。でも寿命はノエルのお陰で存在しないから、あくまで今まで生きてきた分の命を削った。つまりは犬の体がごっそり削られた感じ。だから同調しても犬という器が今のサイズで一杯なので回復しないし、食べたところで大きくもならない」

「正確にはいつもより遅い、だ。食べた分は間違いなく体が大きくなってる。いつもより遅いから半月か、一月くらいは元の大きさに戻るまで掛かるだろうって感じだな」


 自分の最大が十あったものの上限を九だけ消費して力を発動した。

 故に上限が一になっていて、それを増やすためにはいつものようにただひたすらに食事を摂ればいいという訳ではない。

 上限を何度も超えようとすればいつの間にか上限が増加する。

 最初はぴったりの服でも着続けている内に伸びていくのと同じ原理。引っ張ったり伸ばしたりしている内に拡がってしまうのだ。

 それを本来なら数年かけて行う。それが成長だ。

 自分の場合は『成長』の権能があるから圧倒的に早くそれができる。

 まだ半月程度で良かったと思う。

 これが他と同じく数年単位をかけて元に戻ろうとするなら耐えられなかった。

 短いスパンで色々と状況が動いている。

 自分がその渦中でありながら何もできずに過ごすことになるなら、いっそ災いの元として断ち切られた方がマシだとさえ考えていた。

 テイムは納得したのかいつもの表情に戻る。


「ここから戻ったら定期的に食料を届けてやるっす」

「ありがとうな」

「でも、それとこれとは話が別っす! ()()()()()()()も程々にして兄貴もちゃんと休まないとダメっすよ? じゃないと――」

「ちょっとそこどいてっ!」


 謎の声はテイムの足元から聞こえた。

 それは彼の足元にできた影から聞こえていたらしく、徐々に気配が近づいてきたかと思えばものすごい勢いで飛び出し、上に立っていたテイムを打ち上げた。

 一瞬だけ見えたが頑丈で知られるテイムが白目を向いていた。

 そのくらいの衝撃を与えたものの正体は……レインとエイルだった。


「お、俺もしかして女の子にされたんすか?」

「一応失ってないから大丈夫だと思うぞ。それより……」

「近くにほとんど影が無かったからあんたの影を使わせてもらったの! ちょっと角度が悪かったのは謝るから」

「ちょっと角度が悪かったで俺の股間を潰されたら堪ったもんじゃねえっすよ!」

「そう言わないでもらえる? この子、かなりギリギリだったんだから」


 レインが抱えているエイルは気を失っているようだった。

 何かとの激しい戦闘でもあったのだろうか。

 それにしてはエイル自身にほとんど怪我はないし、むしろレインの方があちこち汚れていたり、ボロボロに見えなくもない。

 ノエルが駆け寄ってエイルの胸に手を当てる。

 頷きが返ってきたということは重大な状態ではないという意味だ。

 エイルの体を地面に横たえさせてレインは事情を説明する。


「あたしが何とか影になる場所を見つけて『影渡』を使ったら既に空間にエイルが居たのよ」

「お前しか開けないよな」

「他の吸血姫も使えるけど、あれって自分専用の通路みたいなものなの。だから同じ人物が開かない限りは繫がることがないはずよ」


 レインが自分専用と称したことで吸血姫であればそれぞれが通路を作成し、その中で集合して会議するなどの手法は取れないということが分かった。

 ある意味、神域に似た要素だ。

 神域の持ち主は他者を自由に招き入れることができる。

 呼ばれていない者は自由に出入りできない。

 そして、今回はレインが開いた覚えのない空間にエイルが居たということは、自分の所で起きた事象を含めて考えると原因らしきものは想像できる。


「エイルの所にはレインの偽物が居たってことだろうな。俺達の所にはテイムの偽物が現れた」

「たしかに俺の所にもエイルの偽物が来たっすけど、間違った道に誘導する役割だったっすよ? もしエイルの所に偽物のレインが居たなら、その偽物が作った『影渡』は誘導したい間違った道なんじゃないっすか?」

「一類にそうとも言えないわよ。あたしの所にはガルムの偽物が来た。でも、彼は『褒美を与えるため』に姿を現したと言っていたわ。既に見定められていたって感じ」


 ノエルがそれぞれの言い分を考えているのか難しい顔をしていた。

 テイムには誤った道を教えに……。

 レインには試練を乗り越えた褒美を与えに……。

 自分の所には…………何をしに来たのだろう。

 ただ、自分が偽物だと気づいていることを伝えたら、いくつか話をして、本物が現れて終わってしまった。

 エイルの所に現れた者も何を目的にしていたのか不明である。

 考えても意味はないのかもしれない。

 しかし、自由な発想の持ち主であるノエルは答えに辿り着いたようだ。


「それぞれ別のことを試されてる。テイムは決断力。犬は心を。レインは……」

「忍耐でしょうね。ある程度の力を持ってると不可能なこと、はっきり分かるのよ。それを理解した上で続けていたら突然終わったの」

「ならエイルの試練は何だったんすかね」

「思考や力に関するものではないだろうな。エイルはグラグラ達の所でブレインとして機能してた。力に関しても測るほど複雑なものじゃない。だから俺と同じで心か何かを測られていたんじゃないか? それこそ勇気とか」

「さすがに『影渡』の通路に入るって試練ではないでしょ? もし、あたしと戦ったなら相当な勇気が必要だったはずよ」


 そうだ、レインを相手に挑もうという気持ちになれる者は少ない。

 だから無事に目を覚ましたら労ってやらなければならない。

 自分の能力の限界を知りつつ、その中でできる最適解を自分で見つけて合流してくれた。


「それぞれが試されている内容を理解したようだな」


 遠くから低い声が聞こえてきた。

 声の主を振り向くと真っ白な虎が歩いてきていた。

 人の形をした獣ではなく、獣の形をした人の言葉を話せる存在。

 珍しいものを見せられていることもそうだが、自分達と同じくらいの大きさしかない生き物から規格外の圧力を与えられれば、それが「神域の主」であると信じざるを得ない。

 自分は慣れている。

 ノエルから始まり神様のみならず、それに近しい存在と数多く関わってきた。いまさら圧に負けて声も出せないなんて状況にはならない。

 ただ、試練の温さを考えるならば彼の目的はここからが本番だろう。

 気を抜いてはならない。


「そう気を張らんでもいい。お前と話がしたい」

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