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偽物でも許されたい  作者: 厚狭川五和
救済と責任
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第58話「招集」

 ――孤児院食堂。


 後日、自分は子供達が居なくなった後も一人で食事を続けていた。

 正確には一人ではなく見学者が一人だけ居る。

 何故かは知らないが自分が延々と少し硬めのパンを咀嚼して飲み込む様を横で見続けている。普通ならすぐに飽きてどこかへ行くような状況なのに。

 声をかけて理由を聞けば良い?

 それは時間の許す限り食事をしていたい自分にとっては無意味な行為だ。

 もし質問しても「別に」とか返ってきてしまった場合にまた沈黙の時間が過ぎると考えたら必要ない時間。そんなことするくらいなら少しでも多く食べて早く元の大きさに戻る方が大切だ。


「ねえ」

「………………」


 話すに値する質問が投げかけられた訳ではないので無視する。

 横で自分のことを見ていたラビは怒ったのか自分の前に置かれた食器をさっ、と引いて自分の目の前から移動させると無言の圧力を与えてくる。

 話す気がないなら食事は終わりだ、と。

 面倒な子に育ってしまったものだ。

 自分は彼女にそんな教育をした覚えはないのだが……今まで彼女の教育を担当していた者の不手際だろうか。

 とはいえ食事が続けられなければ意味がないので口の中を空にしてからラビの方を見上げる。


「ずっと食べてて苦しくならないの?」

「お前は知らないのか。食事は三大欲求の一つだ。こうして食事をしているだけで俺は快楽にも等しいものを享受しているんだ。邪魔しないでくれ」

「そうなの? じゃあラビがガルムの相手してあげるって言っても食事の方がいいってこと?」


 痛い所を突いてくる。

 たしかに欲求は満たされているし快楽に等しいものを得ているとは説明したものの完全に同一のものかと言われれば話が変わってくる。

 たとえば精神的なものなのか、肉体的なものなのか。

 食事はどちらかと言えば精神的なもの。心に作用する薬のような考え方をするものだ。

 しかし、行為は別だろう。

 自分の考えだと両方に作用する。

 ただ生物的な反射として答えるならば、という意味だ。

 自分としては生存本能的な意味でも、普段の十分の一程度の肉体にされて力も落ち込んでいる今の状況的にも、食事を優先して万全な状態に戻らなければならないという気持ちにある。

 だからこそ数秒の迷いが発生する。

 ラビはそれにしっかりと気がついていた。


「やっぱり隠し事してる」

「何の話だ?」

「今朝、ガルムは私達に全部話したと言った。でも話してないことある。先生にバレないようにしてること、私にも言わないようにしてることがある」

「ラビにも欲情できるって話か?」

「スケベ犬……! でも、そうやって話を逸らそうとしても無駄。ガルムが欲しいのはこっち。つまり主導権は私にある」


 ラビは自分の体よりもパンの方にヘイトが向いていると思っているらしい。

 正解だ。

 今の自分的には七対三くらいの割合でパンの方がほしい。

 しかし、それは選択式の場合に限った話だ。

 自分は獣であり、知能がある。どちらか一方だけだと言われて大人しく片方のみを選択するほど馬鹿ではない。

 むしろ賢くないように見えるかもしれないが、自分はルーナにも提示した通り忠犬だ。

 自分の隣に屈んでいたラビの胸元に体当りする。

 勢いはあるから転ぶだろうが体重は無いので痛くはないだろう。

 そして、自分はラビの衣服に前足を掛け、いつでも下げて柔肌を露出できる状態にする。


「自分が女の子としての魅力に掛けるからパンに劣ると思ったのか? 残念だが俺はそんなに甘くないぞ。どんなに小さくても柔らかいことは変わらないからな。そのパンに比べたら」

「先生のこと呼んでもいいの?」


 先程までの勢いが嘘のように自分は震え始める。

 この状況でアルを呼ばれてしまえば自分は斬首どころの話ではない。


「今朝、お前らに説明した通りラビ、シルヴィ双方の神様と話をして同盟を結ぶことが確定した。ただ、その流れでラビの神様とちょっと揉めて試練めいたものを与えられたんだよ」

「試練?」

「そう力と力のぶつかり合い的なやつだ。当然、相手は信仰の強い神様だし、俺は半端な存在だから全力じゃなきゃ勝てない。全力、つまりは自分の身を削るような攻撃をして、今の有り様ってわけだ」

「…………食べるの続けてもいいから私の胸、肉球でぷにぷにするのやめて」


 反射的にむにむにしてしまっていたが怒られてしまったので上から下りる。

 ラビは乱れた衣服を直すと自分から取り上げていたパンを前に戻す。

 そこから自分は説明を続ける。


「俺の権能は『成長』だ。自分の体を成長させ続けられるというシンプルなものではあるが、余分なエネルギーを力として消費することができる。今回は余分どころか使ったらいけない分まで消費してしまったということだな」

「待って? ガルムは大型犬と比べて二倍ぐらい大きかったつもりだけど、それでも()()()()だったよね? それだけで神様の力を相殺できるもの?」


 ラビの疑問は正しいと言える。

 通常サイズの人間、今回は犬に置き換えるが、それが使える力を一だと考えた場合に通常の二倍に大きさが膨れたとしても力が比例するなら二倍が限界だ。

 仮に大きな力を使うならば元が大きいか倍率が大きい必要がある。

 相手が神様ならそんな一桁とか二桁の力でどうこうできるものでもない。

 ラビが言いたいのはそういうことだ。

 ただの犬が二倍程度の大きさになっただけで神様と同等の力を扱えるはずがない、と。

 そこはプロトタイプだから例外がある、で納得してくれればよかった。

 しかし、彼女は馬鹿ではない。

 そんなテキトーな説明を真に受けてくれるはずもない。


「本当は『成長』するために()()だったエネルギーだ。俺は神様に与えられた権能で終わることのない成長を与えられた。終わりがないからこそエネルギーに余分なんてない。本来、必要としたものを九割以上も注いだと考えればいい。たかがヒト一人だとしても命を賭けるのと同じくらいなんだ」

「もしかしてコントロールむずい?」

「そういうことだ。使いすぎれば消滅だってあり得る。あとはまあ、うちの神様から与えられた加護とか、知り合いにかけられた呪いみたいな」

「どんな?」

「自分を置いて死ぬのは許さない、ってやつ」


 神様の加護だけでも十分なのにほぼ永遠にも等しい時間を生きる種族から三重くらいで呪いを掛けられてればちょっとした改変が起きるのもありえない話ではない。

 それこそ死ぬ可能性のある攻撃を回避するための手段に少しくらい補正が入ってくれなければ困る。

 ラビはそれで納得してくれたのかこちらの頭を撫でている。

 食べにくくなるから今は控えてほしかったが悪い気はしない。

 と、食堂の扉が勢いよく開かれたような音が聞こえる。

 視線を向けると見覚えのある獣人が立っている。


「エイル……?」

「あなたを迎えに来たの。急ぎの要件らしくて」


 エイルはパンを咥えている自分のことなど気にも留めず抱えあげると飛び上がろうとする。

 さすがに容認しかねる状況だ。

 これだけ事態を掻き回しておきながら何も言わずに立ち去るなんて無責任なことをできるはずがない。

 せめて言伝だけでも残さなければ……。


「待て、せめて伝言頼むくらいの暇はあるだろ!?」

「それくらいならば構わないと思う」

「ラビ! オーファンに伝えてくれ。お前は客観的に考えすぎる。もっと自分の考えを主張しろ、って」

「私には?」

「……教えることはほとんどない。だから、これだけ持っていけ」


 自分は足の爪を引っ掛けて首輪に括り付けられていた革袋を落とす。

 ラビに買ってあげた矢はシルヴィ戦ですべて使わせてしまった。

 だから代わりの矢をまた買ってあげなければならないが、その時間がないなら代わるものを渡すだけ。

 彼女なら、その辺は自分で管理できるから。

 ラビが革袋を拾ったのを確認して自分が頷くとエイルは彼女の頭を撫でてから空へ飛び立つ。

 そういえばグラグラ曰く、エイルは子供のことが好きだったはずだ。

 必要なら定期的に様子を見に来てもらう役をエイルに任せればいいかもしれない。



 ――数時間後、自宅。


 エイルの胸に抱えられながら空の旅と柔らかな感触を満喫して連れて来られたのは自分の家だった。

 さすがに子犬が空を飛ぶのに耐えられそうにもないと判断してくれたのか、エイルは飛んでいる間だけ自分を両手で抱きしめるようにしながら輸送してくれたため、寒さで凍えることは無かったものの別の意味で死にかけた。

 いくら落とさないためとはいえ彼女の胸に顔を埋めることになったのだ。

 こんなことグラグラには口が裂けても言えない。

 ましてや自分のパートナーになんて……


「おかえり。エイルとの空中デートは楽しかった?」

「念の為伝えておくけど、彼はわたしに変なことしていないから」

「その必要ないもん。ね……? 満喫したんでしょ?」


 やはり拗らせている。

 着陸の前に離してもらったが、ノエルは現場を見ずとも自分と思念共有ができるのだから伝わっていたのだろう。

 残念だが自分は満喫どころではない。

 たしかにエイルの柔らかい胸の感触は記憶に残っているが、それよりも落ちたら死ぬような高度を地面を走る時のような速度で飛ばれた時の恐怖の方が大きかった。

 いくらなんでも有翼獣人の見ている景色を地上の獣が知るのは危ない。

 地上に立っても子鹿のように足が震えてしまうのでノエルの言葉に真っ向から反論している余裕さえない。


「ち、ちょっと空の旅は俺には早かったみたいだ。疲れたからノエルに甘えてもいいか?」

「…………分かった。エイルもお疲れ様。中でみんなで話そ?」


 ノエルはこちらの考えを察したのか抱えあげると家まで運ぶ。

 家に入ると既にテイムとレインが居て、メンバーとしては不思議な組み合わせだった。

 話し合いの席としては食卓用の椅子に客人三人が腰掛け、ノエルは自分を抱えた状態でベッドの縁に座る。

 別に同じ卓を囲んでも良かったはずだが自分を抱えにくいからこっちにしたのだろう。

 話し合いに関して先に口を開いたのはレインだ。


「ガルムとエイルは戻ってきて早々で悪いけど時間もないから話を始めるわ。端的に言うと『獣』を司る神様からの召集に関して」

「召集? 誰が呼ばれたんだ?」

「あんたよ。彼はあんたを指名した。あたし達がここに集まってるのは三人まで同行者の指名を許されたから」


 レインの言葉は情報量には乏しいが必要なことはすべて伝わる内容だった。

 まず『獣』を司る神様とやらが名指しで自分を召集した。

 この時点で自分という一個人が()()()()呼び出しに応じることが命じられたことが分かる。

 ルーナが自分を神域に呼び出した時と同じような状況だ。

 ちがう点があるとすれば同行者の有無。

 今回はこちらで同行者を指定することが可能になっている。

 その時点で単純な話し合いに呼ばれているのではなく、何かしらの面倒事が控えていることくらい容易に想像できる。

 しかも面倒ごとの細部は不明。

 力試しなのか知恵比べなのか知らないが人選をこちらに委任している以上は優しい内容ではないのだろう。

 危険なものならノエルは置いていきたい。

 常に一緒だとも限らない。自衛が不可能な時点で彼女が無事で居られる保証はない。

 自分だって無力な状態なのだ。

 と、口を開く前に自分の中で情報を整理しているとノエルによって自分の頬は限界まで引っ張られる。

 子犬化しているせいもあって抵抗もできないし、そもそも体が柔らかくなっているのか餅でも捏ねるかのようにノエルの玩具にされている。

 否、そういう意図ではなさそうだ。

 ノエルは何かに腹を立てているようだ。


「ノエルは絶対についていく。最近おいてけぼりで悲しい」

ひへんふぁほ(きけんだぞ)?」

「危険なのは分かってる。でも、他の神様に犬が何をされるか分からないのに待ってるだけなのは無理。犬のその姿が何よりの証拠。他の神様が絡むとロクなことにならない」

へほ(でも)……」

「それに向こうは同行者を三人って言ってたから。神様が()()増えたくらいで気にしない」


 こじつけのように聞こえるがノエルの考えに思うところはある。

 今回はたまたま全力で挑めば相殺することができただけで、もし自分があの場で命を落としていたならノエルとは別れの挨拶すらできないまま離れることになっていた。

 毎回うまくいくとも限らない。

 今の自分は力を出し切った状態でもある。

 たとえ事がうまく運ばないのだとしても一人になりたくないという彼女の考えを尊重してあげるべきなのかもしれない。

 自分は言葉ではなく視線でノエルに伝える。

 言葉でうだうだと長い口上を連ねるよりも「お前が大切だ。失いたくない」と気持ちを伝える方が早い。

 想いは伝わってくれたのかノエルは皆の方に視線を向ける。


「だから決めるのはあくまでプロトタイプの同行者。何が目的か分からない。単独にされる可能性もあるし、協力して何かしらの目的を達成するように課せられるかもしれない。ノエルとしては汎用性の高い人と、単純に強力な権能持ちが同行してほしい」

「ガルムの兄貴がその状態で行くことになるなら戦力は必須っすね」

「そうね。でも単純な力比べじゃなくて課題形式の可能性を考慮してある程度は何でもできるタイプを連れて行った方がいい。そういうことかしら」

「そうだな。俺もノエルと意見は同じだ。自衛できることが前提だろうな。あとは多少は能力が偏ったとしても支援ができる方が望ましい」


 条件に該当しそうな仲間を思い浮かべる。

 テイムは戦闘力で考えるならば優秀で一対多の状況に陥ったとしても戦況を維持できるような対応力もある。権能の汎用性も高い。

 彼に懸念する点があるとすれば無茶をしやすいことと権能の範囲だ。

 目的達成のためならば自己犠牲も躊躇わないような性格だから追い詰められたら相討ち覚悟で戦う可能性がある。権能の効果もヒトに対して有効なだけで獣や虫にまで効果はない。

 次にレインだが、戦闘能力だけ考えるならば仲間の中ではトップクラスだが燃費の悪さが問題だ。

 全力で戦うならば定期的な食事(きゅうけつ)が必要になる。

 しかも対象との関係性によって効率が変化するため、レインにとって「特別」な存在が側にいることが重要になる。

 エイルはそもそも自衛が難しい。

 空中からの制圧能力は優秀だが、単独にされてしまった場合が不安だ。

 ここに居ないメンバーで戦いにおいては優秀な者も多いが状況によって力を使い分けられるような器用さを持つ者は多くない。

 万が一を、とはいえ考えすぎなのだろうか。

 そうは言っても自分が招集された場に連れて行って何かがあったと考えたら責任を感じざるを得ない。


「兄貴?」

「ん、どうした?」

「自分じゃ頼りないっすか?」


 テイムに言われて考えを見透かされたのかと思い焦ってしまう。

 誰にでも弱点は存在するが、それを気にして仲間を信じないのは逆に失礼になってしまうのではないだろうか。

 招集された先にもよるが確実に不利な状況になるとは限らない。こちらの手の内を全て知っていたとしても全員が全員に対処できるような環境を持ち合わせているとは考えにくいはずだ。

 それなら少しの博打になるくらいで絶望的な状況とは言い難い。

 先程までは深く考えすぎていたと思うと自然と笑いがこみ上げてきた。


「実力があって、権能が優秀で、少しくらい機転が利くって点ならみんな合格ラインじゃねえか」

「決まった?」

「ここに優秀な仲間が三人いるだろ?」

「言っておくけど私以外にもグラグラやギガスを連れて行くことも可能だけど、それを考えた上で私なの?」

「こっちも同じくよ。あんたが指名するならイルヴィナやスティグに来てもらうこともできるのよ? ほんとにあたしでいいの?」


 もちろん考えていた。

 グラグラの権能は相手の図体が大きければ大きいほど有用になるが、逆に鼠や小鳥のような小さい生物には効果が薄い。それに戦いに関しては心配してないが頭の方があまりよろしくない。一人で判断するのは難しい。

 そしてレインの言うイルヴィナとスティグに関しても同じ。

 イルヴィナは制圧能力は高いが賢いとは言えず、スティグは戦闘能力が乏しい代わりに頭脳は明晰。どちらも片側に偏りすぎているため、単独となった場合の不安が多い。

 その点、ここにいる三人は割と心配していない。

 単純な話、その場さえ乗り切ってくれれば合流することができるかもしれない。

 ここにいる三人はそれができるという確証がある。

 自分が力強く頷くとノエルが補足してくれる。


「相手はたぶん戦いが目的じゃない。命まで奪ったりしないと思う」

「テイムに自信を持ってほしいし、レインも堂々と力を使えるようにしてほしいんだ。こういう場を乗り切れたら二人とも気がつくものもあるだろうし……。エイルも何か感じ取ってくれたら嬉しい。いつもは仲間がいる前提で動くかもしれないが単独の状況をどうしたらいいのか。仮に全員が一緒に臨めるとしてもテイムとレインはグラグラ達よりも合わせにくいはずだからエイル自身の感覚を伸ばすいい機会だと思う」

「合わせにくいってどういう意味よ! あたしが自己中って言いたいの?」

「間違ってはな…………いや、何でもないです。個性的で魅力的って意味だ、うん」


 レインに睨まれて無理やり誤魔化す。

 まだ何か引っかかっているようだが「魅力的」という言葉で納得してくれたのか大人しくなる。

 合わせにくいというのは客観的に見た事実だった。

 レインは吸血姫という母数の少ない種族の一人であり、母数が少ないということは目撃例も少ない。そんな種族の戦闘を見たことがある者など数えるほどしかいないし、それが情報として広まることもない。

 理由としては彼女らがそもそも戦うことに積極的ではないことにある。

 吸血を行う際も命を奪うために吸血するのではなく、あくまで食事のために吸血するため獲物は選ぶし、多くの吸血姫は性交渉などの見返りを与えることで争うことなく食事を済ませる。

 情報の少ない吸血姫の戦闘スタイルなど誰が予想できる。

 そもそもレインに関しては『操血』という方法で血を武器に変えたりする力がある。

 どちらかといえばスピード特化な動きをしたいレインは前に詰めて大鎌で一気に敵を蹴散らしたり小さなナイフを無数に作り出して逃げ場を制限して、という動きが主流だ。

 それでも主流というだけ。

 必要に応じて短い距離を飛ぶこともあるし血の消費さえ厭わないなら魔法みたいな使い方だってできる。

 少なくとも自分さえ彼女の動きは完全に予想しきれるものではない。

 初共闘で合わせられるはずがないのだ。

 テイムは吸血姫と比べたらマシかもしれないが普通の獣人と比較すると権能で不可能の幅が変わっているせいで予測しにくい。

 だからこそエイルが二人に合わせられるようになったらグラグラ達と連携する時もやれることが増える。

 エイルは悩んでいるのかしばらく口を開かずにいた。

 そして返ってきたのは意外な言葉だった。


「迷惑ではないの?」

「どうして迷惑になるんだ?」

「もし、私が上手く立ち回れなかったらあなたの陣営の評価を下げることになるはずよ。前回だって私が敵の襲撃に気づかなかったせいで皆を危険な状況にしてしまったのに……」


 どうやら前回の一件を気にしているらしい。

 ディオが入れ替わりによりエイルと一対一の状況を作り、こちら側も人質を取られた。危うくどちらの戦場でも敗北を余儀なくされるところではあった。

 しかし、それは……。


「それはエイルが悪いんすか?」


 テイムが自分よりも先に思っていたことを伝えてくれた。

 予備戦力を配置しなかった自分にも責任はある。

 もっと安全を確保できる作戦を考えることもできたかもしれない。

 そして、相手の権能なんて予想できなかった。

 この状況でエイルだけに責任があるはずもない。


「あの状況なら気がつく前にやられてた可能性だってあるんすよ? それに気づいて咄嗟に逃亡を考えた。その後も抵抗は続けていた。十分だと思うっすよ」

「そうかもしれないけど……」

「勝てない相手は必ず存在する。俺だって戦闘力皆無なスティグに勝てないんだ。あいつは種族としてのポテンシャルも高いし短期戦で考えれば権能の優位性も高い。初見で勝てないのが普通だ」

「ノエルが犬にも言ってることだけど勝てないのは倒すこと前提で話すから。極端に相性の悪い相手なら生き残ったら勝ちでいいと思う。犬がこういう姿になってでも生きて帰ってきてくれたなら、ノエルはそれでいいから」


 ほんの少し自分を抱きしめていたノエルの腕に力が入る。

 さすがに離れている時間が長かったし、いざ互いの思念伝達ができるくらいの距離まで来てみれば子犬化するレベルまで消耗したことを知らされれば正常な反応だろう。

 今回は生き残るつもりで力を使った。

 そのことに安堵しているのだ。

 自分だって、その気持ちは同じ。


「分かった。グラグラが認めたあなたがそう言うなら、私は従う」

「ちなみに呼び出しはいつなんだ? こっちから赴く必要があるのか?」

「んーん、必要ない。彼の神域に指定された者を呼び出す。明日、お日様が上がった頃って言ってた。神域は作成者がルール。彼が犬を指定して、犬が指名した三人までの侵入を許諾してる」


 そんなこともできるのか、と感心してしまう。

 たしかに神域は自分だけの空間なのだから自由にできなくては意味がないと思うし、ある程度は想像できるが他人に神域への同行者を許諾することもできるとは考えても見なかった。

 今後、必要になるか分からないが覚えていて損はない。


「とりあえずは解散でいいか? それぞれ連絡とか引き継ぎとか必要だろ」

「そうっすね。ミスティに業務の引き継ぎしに帰るっす」

「あたしも他の区長達に話しとこうかな。あとは色々と準備とかしてくるわね」

「私も独断で動いてしまっているからグラグラに伝えておくわ」

「……………………さて、と」


 それぞれが家を出ていった後で自分は激しく後悔する。

 自分と二人きりで話せるタイミングを待ち続けている存在が居たのを忘れていた。

 どんな弁明も受け付けない。

 おそらく正解など一つしかないが、それはあまりに酷なものだ。

 いや、他の者から考えれば贅沢な悩みかもしれない。

 自分は恐れながらも顔を上げる。

 なにを言うべきか分かるよね、という視線が向けられている。

 このような姿で言うのも違う気がするが、それでもノエルは気にしないはずだ。


「今なら俺のこと好きにできるんだぞ……?」

「さすがは犬。言葉選びが秀逸だね。ほんとに好きにしてもいいの?」

「まあ…………ノエルのこと好き、だし……。ノエルが嫌なことはしたくないけど、ノエルからする分には嫌じゃないってことだし、そういうことなら別にいい……のか?」


 ノエルは自分の体を撫でながら傷がないか確認している。

 たしかラビに射られた時とシルヴィに鎖で貫かれたものだけのはずだ。それ以外は目に見えて傷跡という傷跡になっていない。

 彼女は首筋にある傷を見つけると悔しそうに表情を歪める。

 守ることができなかった。

 側に居ないのだから仕方ないと言えば納得もするだろう。

 しかし、ノエルにとって側に居ないことは救えないことと同義ではない。


「あまり気にするなよ。俺がガキ一人を見捨てられなくて選んだ結果だ」

「犬が捨てる選択をしないの分かってる。だからこそノエルは悔しい。もっと強い力を貸してあげられたら犬が傷つくことも減るのに、って」

「十分だよ。みんなの役に立てて、自分が生き残るのに優れた権能だろ?」


 今のところは、負けることの方が少ない。

 勝ててもギリギリなのは自分がまだまだ弱いから。権能が悪いのではなく、使い手が育たないのが悪い。

 だからノエルがそんな悲しそうな顔をする必要なんてないのだ。

 彼女の顔を舐めて励まそうとする。

 生存して帰ってこれたのだから暗い顔よりも明るい笑顔で居てほしい。

 ノエルは向かい合うように自分を抱え直すとぎこちない笑顔を作る。


「犬はずいぶん強気だね。ノエルが好きにできるの忘れてない?」

「さっきまで落ち込んでたのは嘘だったのか……?」

「んーん、元気出た」


 ノエルは自分を抱えたままベッドに倒れ込む。

 持ち上げられた自分はノエルに傷つけるような抵抗はできないため泳ごうとする子犬のように足をジタバタさせることしかできない。

 何か嫌な予感がしているのだ。


「元気出たから犬のことも元気にしてあげる」

「だ、大丈夫だ。俺は十分元気だから」

「ほんと? なら問題ないよね。ニムルも居ないしノエルと()()()は二人きり。せっかくの二人きり、まさか明日の招集時間まで何もしないなんて言わないよね?」


 ノエルの目が怖かった。

 もはや獲物を狩る時の顔をしている。

 このハンターから逃れる術はないのだろうか。


「ほら、一応俺も子犬になってるわけだし絵面的にも、な?」

「問題ない。子犬になっても立派なものは付いてる。それに見た目上は小さくなってるだけだから実際に犬はノエルとそういうことしたいと思ってる」

「………………」


 きっとノエルはこのタイミングを待っていたのかもしれない。

 自分が力を使い尽くした時は自力で元の大きさに戻ることができないため、されるがままの状態を強いられる。

 このタイミングだけ攻守逆転できる、と。

 明日、招集の時にちゃんと自分は動けるか今から心配になってきた。

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