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偽物でも許されたい  作者: 厚狭川五和
『幼き狩人』ラビット
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第54話「過保護な犬」

 ――孤児院、二日目の朝。


 ここの子供達にとって朝はそれほど辛いものではないらしい。

 自分が目を覚ました頃には同室のオーファンは着替えなどの支度をある程度は済ませた状態だった。まだ起きないのか、とさえ思われていたかもしれない程には彼の方が早起きだったようだ。

 それもそのはずだ。

 孤児院の子供達は日が登ってすぐに起床し、そこから洗面を済ませて着替えた状態で食堂へと向かう。自分が起きたくらいのタイミングで目を覚ましていては他の子供達を食堂で待たせてしまうことになる。

 ちゃんと集団生活としての基礎ができあがっているのだ。

 かと言って自分には準備も何も無い。

 目を覚ましたらベッドの上で体を伸ばしてから軽く毛並みを整えるだけ。着替えの必要もないため焦ることもない。


「昨日、勝手に部屋を出ましたよね」

「…………何の話だ?」


 平然と答えたように聞こえるかもしれないが実は焦っている。

 部屋を出る時も戻ってきた時もオーファンが起きている様子は無かったので気づかれているとは考えていなかった。

 抜け出している間に目が覚めて朝に問い質そうと寝直した可能性もあるがそれならそれで自分はオーファンから匂いで()()()()を嗅ぎ取れないとおかしい。

 とはいえ自分から素直に白状するのも違う。

 ここで素直に話して追い出されても困るのだ。


「詮索は無用だ。俺は犬だからな。散歩くらいは許してもらわなきゃ困る」

「いや、別に咎めたい訳ではありません。後ろ脚を怪我しているようだったので何かあったのではないか、と」


 そういえば血も止まっていたし手当もしないで眠っていたのを忘れていた。

 オーファンはしっかり対象を観察するタイプの人間。先日の時点で自分の身なりをしっかりと記憶し、細かい特徴まで捉えていたからこそ些細な変化に気づいてしまう。

 足元までしっかり見ているとは思わなかった。

 こればっかりは自分の不用心が原因なので大人しく答えるしかない。

 オーファンは何も言わずに救急箱を取り出すと手当を始める。


「…………誤魔化しても無駄だな。オーファンは弓の名手に心当たりはないか?」

「弓の名手……?」

「夜目が利いて遠くからでも獲物の動きをしっかり見ていた。いつでも狙えたはずだが確実に俺が動き出すのが遅れる行動を取ることを待ってから正確に狙ってきた奴がいる」

「そんなに凄腕の弓使いは聞いたことがありません。それにガルムの脚に掠めた程度にしては鋭利な刃物で裂かれたような傷に見えます。この孤児院にも弓を扱える者は何名か在籍していますが、貧しい者が金属製の(やじり)を使うとも思えませんし……」


 オーファンは消毒を終えて傷がそんなに大きくないため包帯を巻いて手当を終えた。

 言われてみるまで気にしていなかったが技量よりも道具が重要かもしれない。

 彼が言うようにここにいる者達は基本的に貧しいはずで、必要最低限の道具をどうにかして使っているはずなので矢の一本取っても安価なものを使っているだろう。

 例えば木を削っただけの鏃や鋭さに欠ける石の鏃とかである。

 昨日のあれは確実に物理的に存在する鏃であり自分の皮膚を簡単に裂けるほど鋭利なもの。魔法の類ではないとすれば金属並に頑丈で鋭利に加工できる物でなければありえない。

 いずれにしても子供達が易々と買える値段ではない。

 見た目から孤児院の子供だと判断したのは間違いだったのだろうか。

 自分はオーファンと共に食堂へと向かう。

 しかし、そこで記憶に新しい姿を目撃した。


「どうしました? 量はみんな同じですよ?」

「いや、あいつ可愛いなって」

「…………!」


 どうやら自分に見られているという自覚があるらしく相手はこちらの言葉に反応を示していた。

 そう、昨日会ったばかりの弓使いだ。

 暗くとも自分にははっきりと見えていたし、あの目立ちすぎる赤髪のショートヘアはどう足掻いても隠しきれない。

 オーファンは無駄に気を利かせて彼女を手招きする。

 ここの食堂は二人掛けの椅子が机を挟んで向かい合うように並べられていて、自分達の席は他に居ない。椅子に座れない犬が居るせいで片側の椅子を片付けられているせいでもあるが、それは自分の責任ではない。

 少女は困っていたがオーファンの方が孤児院での生活が長い先輩のため逆らえないのか渋々といった感じで食事を持って彼の隣の席に着いた。


「わ、わた……私は犬、苦手なんですけど」

「噛まないから平気ですよ」

「オーファン? たしかに可愛いと言ったが無理やり呼びつけることもないだろ」

「好感があるのであれば興味が失せる前に話しておくべきです。そうして機会を逃してばかり居ると生涯、孤独に付きまとわれることになります」


 妙に真実味のある言い方をされて否定する言葉も見つからない。

 たしかに広すぎる世界で一度でも出会えたら奇跡に近いのに、そこで見つけた出会いを放置してたら次があるか分からない。

 オーファンもそういう経験があるのだろう。

 孤児とはそういうものだ。

 機会に恵まれなかったか、逃してしまったか。


「何より彼女も弓使いなのでもしかしたら話が聞けるかもしれないと……」

「まあ、その……なんだ? お前の考えは正しい。正しすぎてこいつは困ってる」

「じゃあガルムの言う弓の名手はラビのことなのですか?」

「弓の、名手……?」


 オーファンの言葉に反応したのは他でもないラビと呼ばれた赤髪本人だ。

 このくらい若い者であれば褒められたら素直に嬉しいはずで、そういう意味では「名手」と呼ばれることに不快感を覚える者は少ないだろう。

 とはいえ、だ。

 昨日の今日で複雑な空気を作り出した者が純粋な気持ちで褒め言葉を受け取られても困る。

 自分は彼女に逃げられているのだ。

 まさか、そんなことがあったことさえ忘れているのであれば自分は子供としてしか見るつもりはない。

 とりあえず昨日の話を問い詰める必要はあるだろう。


「お前はちゃんと相手の動きを観察してる。動いてるわけでも周囲を気にしてるわけでもない状況を見極めて攻撃を仕掛けた。狩人としての正しい判断や冷静さは称賛に値するものだ」

「…………ごめんなさい。そこまで考えてるなんて……。獲物だと思ってた」

「考えがあろうと獣相手なら矢を射るのが狩人だ。だから俺はお前を責めたりしない。その代わり、昨日はどうして泣いて逃げたのか教えてほしい。自分が泣かせてしまったようで複雑な気持ちなんだ」


 ラビはちらちらとオーファンに視線を向ける。

 他の子供達には聞かれたくないようなことでもあるのだろうか。

 しかし、それがあるとしてもオーファンは孤児院の中で最年長でアルの代わりに彼らの悩みを聞くくらいは普通にしても良い存在だ。

 彼らの成長のことを考えるならばラビにはこの場で話させた方がいい。

 まあ、異性がいると話しにくいような内容なら少しは考えるが……。


「オーファン、アル先生に言わない?」

「孤児の間での内緒話はよくある話です。危険なことに手を出しているわけでないならば告げ口するようなことはしませんよ」

「……あの矢、すごく高いやつで……ううん、大人の人からすればそんなに変わらないかもしれないけど、でも私にとっては……」


 そんなものを自分相手に使ってしまった。

 相手を孤児院の敷地に侵入した獣と勘違いし、一本のみならず何本も……。

 悔しくてならないだろう。

 狩人として確実に獲物を仕留めるための矢を使ったのに獲物を仕留めきれなかったどころか収穫も無かったのだ。

 自分は食卓に置いてあったパンを一口で丸呑みにするとオーファンを見る。


「ど、どうしました?」

「今日の予定は何があるんだ」

「先生による教育はありません。個人で実習活動することになっています」

「実習か」


 個人での実習活動ということは学んだことを何に活かせるのか自分達で考えて行動しなさい、という意味だ。

 つまりアルの許可を得る必要もないし、子供達のペースに任せられるので毎日絶対に計画をこなさなければならないということはない。

 とても都合がいい状況だ。


「ラビ、お前は俺に付き合え」

「私が?」

「ガルム、さすがに許可を取った方が」

「必要ない。ラビの実習活動の延長線だ。他よりは先に進んでしまうかもしれないが、ラビは自主的に考えて行動して今の状態にある。ならば俺が少しくらい課外授業したところで怒られないだろう」


 必要な教育の一環として考えればいい。

 オーファンはしばらく思案していた。

 彼はアルに見張り役も兼ねて自分を部屋に招き入れているのだろう。そうでもなければ常に自分の行動を気にかけるなんてことをする必要もないし、不審な行動があった時点でアルに報告すればいい。

 昨日の件を伝えていないのは見張りが十分ではなかったと思われたくないがためだ。

 では、どうするべきか。

 簡単な話である。


「オーファンも一緒に行くか?」

「いいんですか?」

「俺はラビの教育のつもりで一緒に行動させるだけだ。デートじゃないから一人くらい増えても問題ない」

「………………」

「そもそも俺はお前のことも気になっているからな」


 彼がこの歳になっても孤児院に残っていること。

 名前の由来が()()であること。

 それ以外にも色々と知りたいことがあるため彼ともいずれは行動を共にする必要がある。遅いか早いかの違いでしかない。

 当人にとっても都合がいいはずだ。

 見張る対象が単独行動できる好機をふいにして一緒に行動すると言っている。

 少なくともメリットの方が大きい。

 ただ、それは自分がまったく害のない存在であると信頼できる場合。少なくとも通常の子供だけでは危険すぎる相手を完全に信じ切ることなどできないだろう。

 こちらとしては良い気分ではないがオーファンにはラビが囮に取られたような気分で居てくれた方が助かる。

 完全には信用できない相手が守るべき自分と同じ境遇の者と二人で行動しようとしている。万が一を避けるために自分も危険になるがついて行くべきだ、と考えてもらえればいい。

 オーファンはこちらをじっと見つめたまま固まってしまう。

 それを崩したのはラビだった。


「オーファン居てくれたら安心かも。話しておきたいこともあるし」

「分かりました。先生に外出許可をもらってきます」

「いいのか?」

「僕はラビの事情を知りません。同じくガルムのこともまだ知らないことの方が多いので、この機会に知れたらな、と」


 食事を終えたオーファンはそう言って先に席を立つ。

 残されたラビは自分と目を合わせようとはせず、咳き込みながら早々と食事を終えると立ち去ってしまう。

 苦手と言っていたのは本当なのかもしれない。



 ――ルークステラ港街。


 オーファンに一番近くにあり、品揃えがしっかりしている露店があるのはどこだ、と聞くと自分達がルークステラを訪れた際に過ごしていた港街だと言われた。

 一応、姿を偽っているから噂にはなっていないし問題はないはずだと自分は一人頷き、二人を背に乗せて走ってきた。

 街外れで背から下りた後の二人は言葉を失っていた。

 特にラビは現状の違和感を言い表すための言葉が思い浮かばないという顔でこちらを見ている。

 人間の移動方法の中で物理的に一番早いのは騎馬である。

 軍用の馬であれば重い鎧を身に着けた騎士を乗せて走るために育てられているのだから多少の重量があっても早く走れるのだから当然だ。

 そんな馬でさえ港街までは三時間はかかる。

 故に二人は呆然としているのだ。


「ありえません。専用の馬でさえ三時間の道のりをたったの()()()で走破するなんて」

「ううん、荷物も人も居なければ一時間は無理でも半分くらいで走る馬は居る。オーファン、おかしいのは私達が振り落とされてないことだよ」

「やっと俺の凄さが理解できたか? ただの野犬じゃないぞ」


 元々は戦場を走り回るように作られた体だ。人型であっても一瞬だけでも目を離そうものなら見失うくらいの速度で移動することが可能だった自分ならば犬型……特に走ることに特化した姿であれば倍以上の速さで走るのは当たり前だ。

 もっと言えば『成長』の権能がある時点で()()を軽々と超えるのは当然だ。

 ノエルから与えられた権能は力に限ったものではない。筋力や素質にも影響する。

 そこにダメ押しで魔法による抵抗の相殺だ。

 イルヴィナから無制限に魔力を供給されるから効率の悪さなど気にすることなく苦手な分野の魔法でも使うことができる。

 走っている最中は正面から風の抵抗を受けて速度が削がれてしまうが、それを風の膜をまとうような感覚で展開すれば相殺することができる。二人が振り落とされなかったのもその応用である。

 色んな権能が上手く噛み合えばこれだけの効率化が図れるのだ。


「昨日、ラビには言ったはずだ。俺は()()()と」

「犬なのに?」

「…………神様は気まぐれなんだ」


 ちゃんとした理由はあるのだが子供達にする話ではない。

 特に彼らはこれからの平和な時代を生きるべき世代。争い事から離れた話をしてやりたい。

 アルがどちらに導くつもりであろうと、な。

 ラビは自分が言った「同類」の意味を理解してくれたのか何かを決心したかのように頷く。

 何をするのかと思えば手を前にかざしただけだった。

 しかし、彼女の手元から一瞬だけ強い光が放たれるとそこには昨日も見た弓が握られている。


「それがお前に与えられた権能か?」

「オーファンにも教えてなかった。私は『狩猟』を司る神様の加護があるの。いつでも狩りができるように弓を顕現する力と、矢の精度を補正する力」

「弓だけなのか? いつでも狩りができるようにと言う割に矢がないぞ」

「そこは知らない。神様から直接聞いたわけじゃないし」


 興味を持ってやれよと思わなくもない。

 仮にもラビに力を貸してくれている時点で神様の方は彼女の生き方に寄り添う意味を見つけているのだ。他人のように扱うには可哀想な立場である。

 そんなことを今のラビに説明しても意味はないだろうか。

 あまり信心深そうな発言をしていると面倒な奴だと思われてしまわないか不安である。

 少しずつ有り難さを理解してくれればいいか。

 共感性の高い自分としては『狩猟』を司る神様が何を考えてそうしたのか分かっているつもりだ。誰も知らないよりはいいだろう。


「ラビが狩りを上手くできなかったら皆のご飯が足りなくなる。でも練習しても上手くできなくて、嘆いてたら『明日からは上手くできる』って誰かに言われた気がしたの」

「なるほどな。力を貸すのに十二分な理由だ」

「どういうことですか? ガルムはラビのこの力について知っていることがあるんですか?」

「神様は他人のために自分の時間を使える奴を無視できなかった。だからラビのために力を貸してる。弓だけ顕現させたり必中の矢を放つことができるようになる権能も確実に射殺すためのものではない。いつでも矢を番えることができれば悪用する者もいるし、確実に射殺すなんてそれこそ嫌いな奴を殺したいと考えるかもしれない」

「私はそんなことしないっ!」

「ああ。だから力を貸してくれてるんだ」


 善良な心を持つ者だからこそ過保護な権能を与えた。

 ラビの持つ優しい心を大切にするため、無駄に命を奪ったり感謝の気持ちを忘れさせないために矢は顕現させない。

 彼女自身が本当に狩るべきだと判断した時でなければ命を奪うことができないように彼女が放つ矢は『必中』であり『必殺』ではない。

 迷いが大きければ大きいほど命中する位置が逸れていく。

 皆の食べる物が不足し獲物を駆らねばならないとラビが理解しているのであれば、その時はしっかり獲物の心臓を貫くのだろう。

 ノエルにも似た過保護さを感じる。

 もし、本当に同じ類の神様で同じように考えているならば、自分は彼女が間違った方向に導かれることは避けなければならず、ちゃんと真っ直ぐに歩めるように手伝ってやりたい。


「オーファン、ラビの言葉に偽りはない。だから信じてやれ。あと他言無用だ」

「もちろん僕は疑ったりしてませんよ。たまに大人でも狩るのが難しいような大物を仕留めてくることもあったので不思議に思っていましたが、そういうことだったんですね。他の子供達のことを考えているなら一言でも相談してくれれば良かったのに」

「私みたいなの、周りに一人も居なかったから。信じてくれないと思ってたし、信じられても化け物扱いされたくなかったから……」

「そんなことはない、って顔してるが外の世界じゃ普通にありえる話だ」


 自分はオーファンに世界の現実を伝える。

 どんなに同じ種族で集まっていたとしても少しの違いから一瞬にして仲間割れを起こしてしまうものなのだ、と。

 その際にオーファンにはお金のイメージで話をした。


「何人かの男女が同じ仕事をして給金をもらいながら生活していたが、ある日に手渡された給金は一人だけ多かったらどうする?」

「共同生活をしているならば共有財産としてまとめたらいいと思います」

「孤児院の子供達はそうするだろうな。でも、もし多くもらった一人は他よりも多くの仕事をしていたとすれば? それこそ命を危険にさらすような仕事や身体を売るような仕事をしていたとすれば?」


 オーファンは理解できたのかラビに「ごめん」と謝っていた。

 彼はずいぶんと理解力に長けている。まだ説明したい部分の一つ前段階の話をしていたが、そこまでで全て理解してくれたらしい。

 今は話の流れで答えを言ったから一人だけ高い金額をもらう理由が分かった。

 しかし、それを他の四人が知らなかったら?

 自分達にの間で差をつけられた理由が分からず争うことになる。

 仮に一人が自ら理由を説明したとして全員が信じるとは限らず、それで利益が増えるならば自分もやると言い始めるかもしれない。

 犠牲の上で増えたものだと理解できないままに。

 つまりラビが打ち明けるのは危険性も秘めていたということだ。

 素直に信じてくれる者であれば優しく抱きしめてやることもできただろうが、彼女だけ特別扱いされていることに不満を訴える者も少なからず居る。

 彼女は孤児院の皆が大切だからこそ争う関係になってほしくない。

 故に相談できず心苦しい思いをしていたのだ。

 ラビは手に握っていた弓を手放し光へと戻した。


「それにしてもガルムって変な犬だね。包帯でぐるぐる巻きにされてるくせに全部が見えてるみたいな動きするし」

「視覚で、という意味なら見えていない。ただ視界が塞がっている状態の方が嗅覚や聴覚が鮮明になるから目で見るよりも本質的な部分を感じられるんだ」

「先生みたいなことを言うんですね」

「アルが?」

「見たくないことでも見えてしまう時がある。目を逸らしたくて手で覆ったとしても全てを隠せるわけではないんだ、と仰っていました」


 見たかないことでも見える?

 アルの権能は目が関係しているのだから見ないことには始まらないはずだが、権能の真化が発生しているのだろうか。

 いや、言葉の意味そのままに捉えないでおこう。

 もしかしたら見たいものを選別できず、知りたくないことでも耳に入ってしまうという意味合いかもしれない。

 気になるのは「目をそらしたくて手で覆ったとしても」が該当するのがアル自身なのか、相手に対してなのか、だ。

 とりあえずは街に来た目的を果たすとしよう。

 露店の中には大きめの武具は取り扱えずとも小さな刃物や飛び道具も専門に取扱う場所もある。

 そういうのは小さな露店でも扱いやすいのだ。


「貴重な矢を使わせてしまった詫びだ。好きなの選べ」

「でも、私はお金ないよ?」

「詫びって言っただろう。そもそもお前が自腹を切って買うようなものではない。孤児院の子供達が食うのに困らないように狩りしてるのに何で孤児が自ら金を出してる。本来ならお前に狩りを頼んでるアルが出すべきものだ」

「先生は皆のために道具とか買ってきてくれるから……」

「百歩譲ってそれは許すとして俺みたいな奴が買ってもいいと言っているなら甘えておけ。アルを困らせたくないって気持ちがあるのは分かるが他人にまで気を遣ってる余裕はあるのか?」


 厳しいことを言うようだが遠慮して生きるのは余裕があることが大前提だ。

 今のラビは余裕などない。器が大きすぎるだけ。

 彼女は大抵のことを許してしまうかもしれないが抱えた負担はきえないので限界はいずれ訪れる。

 そうならないために区分けは必要だ。

 これからも長く付き合いのあるアルや孤児院の子供達に遠慮したり苦労することを受け入れることは当たり前として、自分のような他人くらいは二度と会わないから少しくらい迷惑をかけてもいい相手と認識していなければ心が持たない。

 それでもラビは納得できないらしい。

 明らかに欲しいものが目の前にあるような顔をしているのに目を逸らす。

 自分は口で言うよりも実際を見せた方が早いと感じてオーファンに首輪に括り付けてある袋を外すように伝える。

 彼は指示通りに外すと中身を理解したのか全てではなく少しだけ掌に出すとそれをラビに見せる。

 単純な話、入っていたのは金貨だ。


「見ての通りだ。俺は別に困らない。誰かのために行動したいのに金が無いから何もできなくて立ち止まってる子の支援に使うくらい何とも思わない」

「どうして犬のガルムがこんな大金を?」

「以前の主人が包んでくれた。言葉を話せて金もあれば船だって乗れるし食うのにも困らない」

「でもそれはガルムのお金だよ」

「頑固だな。なら俺が肉を食いたいのでラビに狩りをしてもらわないと困るから道具をこの金で揃えろって言ってやろうか? グダグダ言ってないで使え!」


 ラビは申し訳無さそうにオーファンの手から金貨を一枚だけ受け取ると店主に渡そうとした。

 ちがう、それだけでは足りない。

 自分はオーファンの手の上にある金貨を二枚咥えて机の上に置く。

 不服そうな顔をしてラビがこちらを見ていたが気にしない。

 彼女はまったく自分から欲しいものを伝えようとしないから露店の店主に自分が伝える。


「月見鳥の羽を使った矢を二十と、そっちの短剣を見せてくれ」

「構わねえけど、よく月見鳥だって分かったな」

「あれの翼は小さいのに飛ぶ時に大きい身体を持ち上げるだけの力がある。その理由は羽根の一枚一枚に魔力を通すための管のようなものがあるからだ」


 自分は店主が机に置いた短剣を目視で確認しながら答える。

 月見鳥は魔物の一種で月が出ている日の夜中にしか現れない。体は成人男性より大きいくらいだが羽は比率的に考えて他の鳥型生物よりも小さく、攻撃性は少ない。名前の由来は月のある方向に向かって飛んでいくことから来ているらしい。

 彼らの翼を構成する羽根の一枚一枚は中心に細い管が存在し、そこに魔力を通すことで常に風を纏うことで浮力を得ている。

 その羽根から作られた矢は魔力を通しやすく、魔法による属性付与が行いやすいという利点がある。

 この矢のデメリットは高価な所だ。

 理由としては月見鳥が狩りにくい魔物という点が挙げられる。

 彼らは常に月のある方向へ飛んでいくため、食事の時以外に地上へ降りてくることはなく、常に風を纏っているのだから弓による攻撃は当たらず魔法による攻撃も逸らされてしまう。

 それ故に運良く地上へ降りてきたところを攻撃するしかないため素材の提供も少ない。冒険者の中で月見鳥の狩猟は常に依頼が消えることはない程だ。

 そんな珍しいものは記憶に残るし、特徴的な部分があるのだから見分けも付く。

 自分は短剣の確認を終えて店主の方を見る。


「この短剣も買う。金貨三枚で足りるか?」

「足りるも何も金貨二枚で十分だ! 月見鳥の矢を二十本もまとめて買ってくれたんだから短剣はおまけでいいくらいだぞ!」

「じゃあ残り一枚は今後とも面倒見てやってくれ、ってことで」


 商品を預かり自分達は露店を後にする。

 ちなみに矢筒と短剣を収めるための鞘も無料で付けてくれたのでラビは狩人らしい装備となっている。


「何であんな勝手なこと……」

「目先の幸せには何の意味もない。待っているのが地獄なら、な」


 あまり納得してなさそうな顔をしていたが、ラビは反論もしてこなかった。

 今は必要な物資を確保できても自分がいなくなった後にまた苦労をするのでは意味がない。

 少しでも負担になりかねないものを減らしてやるのが面倒事に首を突っ込んだ者として最低限の責任。本当なら彼女の狩りの練習にも付き合ったりしてあげるべきだが、その必要はない。

 ラビはオーファンより歳下だが自律性で言えば上だ。

 ちゃんと自分で必要なことを考えて行動できている。


「過保護過ぎ」

「そうですね。先生よりも過保護な気がします」

「うるさい、噛むぞ」


 甘やかしすぎたかもしれない。

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